スウェーデンのコロナ対応を検証!集団免役の早期獲得を目指し、ロックダウン行わず。あれから1年、死者数は?

4.スウェーデンの緩やかな対応策 現時点では評価不能

2020年の夏に、スウェーデンの感染者数は減少し始めました。私が8月末にテグネルと話した時、彼は最悪の事態は脱したと言っていました。その数週間後、彼と他の国際的な疫学者たちが、英国のボリス・ジョンソン首相にレクチャーをしました。内容はスウェーデンが緩やかな対応策で如何にして感染者を減らしたかということでした。彼は言いました、「私たちは今後の見通しを楽観視しています。今後どうなるかということですが、第2波が来て感染者が急増するような状況にはならないと思います。」と。しかし、実際には、感染者の減少は長く続きませんでした。12月には、感染者数と入院者数は、パンデミックが始まった頃よりも増えました。ストックホルムとスウェーデンで3番目に大きな都市マルメの重症者用病床は満床になりました。ストックホルム県の健康福祉部のビョルン・エリクソン部長は記者会見で、「想定していなかった状況に陥りました。」と述べました。社会保健省への支持率は10月には68%でしたが、12月には52%まで低下しました。スウェーデン政府は、パンデミックに対するスウェーデンの対応策を評価するための調査委員会を立上げました。任命された委員は全て外部の者としました。また、各県が必要に応じて企業活動の停止を指示することを可能とする新しい法律が制定されました。
 テグネルの予測は、感染者数が徐々に減っていき、早期に集団免役が獲得できるというものでした。しかし、その予測は外れました。スウェーデンの人口あたりの感染者数と死亡率は、近隣の北欧諸国のどことくらべても数倍は高くなっていました。他の北欧諸国はいずれも早い段階でロックダウンや移動禁止やイベント自粛といった措置を講じていました。スウェーデン全体では、新型コロナによる死者は13,000人に達していました。ノルウェーは、人口はスウェーデンの半分ほどですが、より厳しい対応策を実施した結果、死者は約700人でした。そうした事実からも、スウェーデンの対応策には何らかの修正を加える必要があるように見えました。特に老人ホームへのお見舞いを制限するとか、マスク等の防護具の供給を増やすとか、医療従事者の陽性検査を実施する等の施策が早々に実施されていれば死者数はもう少し減っていたのではないかと思われます。また、スウェーデンの緩やかな対応策は、経済にも大打撃を与えていました。スウェーデンのGDPは3%ほど減少していました。それはヨーロッパの平均と比べればマシでしたが、北欧諸国の減少率はもっと低い数値でした。
 ウメオ大学教授でウイルス研究の権威のフレドリック・エルグ(テグネルの元上司)は、スウェーデンは他の北欧諸国が実施しているのと同様の厳しい対応策をとるべきだと考えています。エルグは言いました、「なぜスウェーデンでは、他の北欧諸国が実施したような対応策をとれなかったのでしょう。同じようにしていれば、もっと感染者も死者も減らせたはずです。」と。スウェーデンのCOVID-19による死者の約50%を老人ホームで亡くなった人たちが占めていますです。老人ホームへの不要不急なお見舞いを早々に禁止し、そういった施設で勤務する者たちにマスクを着用させ、陽性検査を常時行っていたら、死者数は数千人単位で減らせたのではないでしょうか。テグネルの対応策の支持派も反対派もいずれも、新型コロナの影響をもっと軽減することは可能だったと確信しています。テグネルも、責任は社会保健省だけに責任があるとは思わないものの、そう思っていました。「高齢者を守るという視点で見ると、スウェーデンの対応策は失敗でした。」と、元最高裁首席判事で現在はコロナ対策委員会の委員長を務めるマッツ・メリンは私に言いました。2020年12月には、カール16世グスタフ国王が自国で新型コロナの感染者と死者が多いことに関して政府を批判しました。また、自国の新型コロナ対応策は完全に失敗だったと指摘しました。また、首相のステファン・ロベーンは記者団に言いました、「非常に多くの人々が亡くなったという事実を鑑みると、失敗と言わざるを得ない。」と。
 スウェーデンの新型コロナ感染状況は北欧諸国の中では最悪でした。しかし、UCLAの社会学教授で各国の新型コロナによる死亡率を研究しているパトリック・ホイヴェラインが指摘していますが、ヨーロッパ全体で見たら最悪というほどでもないのです。ホイヴェラインは言いました、「スウェーデンの感染状況は、実際のところイタリア、スペイン、英国、ベルギーほど悪くありません。」と。テグネルは、スウェーデンの緩やかな対応策を擁護する際に、同じような理論を持ち出していて、スウェーデンの感染状況は人口密度の低いノルウェーやフィンランドと比較すべきではなく、他のヨーロッパ諸国と比較するべきであると主張しています。また、スウェーデンは他の北欧諸国と比べると外国人が多く、人口は都市部に集中しているとテグネルは主張しています。しかし、多くの感染症研究者はそうした主張には懐疑的なようです。ホイヴェラインは言いました、「外国人の割合と新型コロナの死亡率の間に相関関係はありません。実際、外国人の割合はデンマークとイタリアが同じくらいで10%ほどで、ノルウェーのそれは両国より高いのですが、新型コロナの死亡率を見ると、イタリアが一番高く、次がデンマークで、ノルウェーが一番低くなっています。」と。エルグやホイヴェラインや他の感染症研究者の多くは、スウェーデンの人口構成を見ると、ヨーロッパ全体と比較するより、他の北欧諸国と比較するのが相応しいという意見で一致しています。北欧諸国では、いずれもヨーロッパの他の地域よりも新型コロナの感染は遅くに始まりました。北欧諸国の各国政府は、他のヨーロッパの国と比べると新型コロナウイルスの危険性に対処し準備する時間は少なりありませんでした。それらのことを考慮すると、スウェーデンの感染状況は他の北欧諸国と比べるのが理にかなっていると言え、他のヨーロッパ諸国と比べるべきではないのです。
 それでも、スウェーデンの死者数は緩やかな対応しかしなかった割には多くはありません。どうしてそのような結果になったのか、正確に理由を特定することは容易なことではありません。先日の当誌(the New Yorker)の記事で、シッダールタ・ムカジーが記していましたが、パンデミックによって、感染爆発が起きて膨大な数の死者が出た国もあれば、予想したほど死亡率が高くなっていない国もあります。ムカジ―が指摘したように、そうした差がなぜ生まれたのかは、疫学的には解明されておらず、謎のままです。スウェーデンの対応策を評価しようとすると、対策が緩かった割には効果が高かったように見えます。スウェーデンではレストランやバーの営業は制限されませんでしたし、パーティーなどで人が集うことも可能で、緩やかで寛容な措置しかとっていませんでした。デンマークのロスキレ大学感染症研究者ローン・シモンセ​​ンは、2020年の春の終わりから初夏にかけて、多くのデンマーク人が自国のロックダウンを逃れて余暇を楽しむためにスウェーデンに短い旅行をしていたと言います。彼女は言いました、「ここコペンハーゲンとスウェーデンのマルメはエーレ海峡を挟んで30キロしか離れていません。コペンハーゲンがロックダウンされていた時、マルメに行けば2つの全く違った社会、ロックダウンされている社会とされていない社会を体験することが出来ました。」と。しかし、スウェーデンでは、ロックダウンをしていなかったとはいえ、ほとんどの高校と大学はオンライン授業を行っていました。また、外出禁止令は出ていなかったものの、スマホの移動データを分析して判明したのですが、スウェーデンの人たちは外出を大幅に減らしていました。シモンセンは、スウェーデンのとった対応策の中で、2つの制限、集会の人数を制限したことと老人ホームへのお見舞いを制限したことが、感染の拡大を防ぐのに大きく貢献したと考えています。彼女は言いました、「スウェーデン以外のほとんどの国が、同時に沢山の施策を実施しました。ですから、それぞれの施策にどれくらいの効果があったのかを知ることは出来ないのです。」と。また、彼女が言うには、スウェーデンの対応策は緩やかではあるものの、一貫して着実に継続的に実施されていました。他の多くの国が制限を緩めたり厳しくしたりを繰り返していたのとは対照的です。彼女は言いました、「私の国デンマークでは、新型コロナ対策は強化されたり緩和されたりの繰り返しが続いています。感染者や死者が増えれば制限が強化されますし、それらが減ると制限は緩和されます。」と。
 私たちがまだ認識できていない要因があるのかもしれません。エール大学で公衆衛生を研究しているハワード・フォーマン教授は私に言いました、「新型コロナについて、まだ分かっていないことが沢山あります。謙虚に研究して分析を続ける必要があります。」と。効果があると思われていたさまざまな予防策が実施されましたが、時間の経過とともに思っていたほど効果が無いと判明した予防策も出てきました。ホイヴェラインは言いました、「以前、マスクが感染を防ぐ効果が10%~15%しかないことが話題になりました。かなり低い数字に感じるかもしれません。しかし、それくらいの効果しかなくても私はマスクの着用を推奨するのを止めるべきでは無いと思います。」と。また、ホイヴェラインは新型コロナのパンデミックの初期の頃のことについても言及して言いました、「ドイツがパンデミックの初期に死亡率を低く抑え込めていた理由を認識する必要があります。ドイツではパンデミック迎撃態勢が他国に比べて整っていました。ドイツは、素晴らしい医療機関が整っており、人工呼吸器付きのICU病床数も多く、人口あたりの病床数も十分に多かったのです。」と。しかし、現在ドイツは近隣諸国と同様の厳しい状況に陥っていますが、その原因は良く分かっていません。かつてテグネルはスウェーデンの新型コロナの対応策を評価するのであれば、1年経った後で評価して欲しいというようなことを言っていましたが、ちょうど今パンデミックが始まってから1年経ったところです。テグネルは、現時点でもスウェーデンの対応策を評価するのは時期尚早だと言います。彼は言いました、「いまだにパンデミックは収束していません。ですので、現時点ではスウェーデンの対応策が良かったとか悪かったという最終的な判断を下すことは不可能です。」と。
 スウェーデンでは、政府のパンデミック対応について賛否両論が巻き起こっています。2020年12月18日に、各医療機関がクリスマス後の感染者の急増に対応できるよう準備を進めていた頃でしたが、ついに社会保健省はマスクの着用を推奨し始めました。とはいえ、マスク着用を推奨するのは、公共交通機関に込み合う時間帯に乗る時のみに限定されていました。そうなったのは、テグネルが社会的距離をとることの方がマスクの着用より効果が高いと見なしていたからです。テグネルは、マスク着用は万能薬ではなく、マスク着用が推奨されるのは社会的距離を確保できない時に限るべきだと考えていました。マスク着用が初めて推奨された数日後、私は、マスク着用の効果を示す証拠が依然として無いままなのかテグネルに尋ねてみました。するとテグネルは、残念ながらマスク着用の効果を証明する新たな証拠は何も無いと言いました。テグネルは、マスク着用を奨励するようにしたのは、何もしないよりはマシだからだと言いました。テグネルは言いました、「現在パンデミックが収束する気配が無い状況ですから、効果が小さい施策や有効性の証明が十分でないような施策でも実施すべきなのです。」と。スウェーデンでは、ようやくマスク着用がコロナ対策で推奨されるようになりましたので、夫の両親はマスクを購入してバスやトラムに乗る際に着用するようになりました。また、引き続き知人と少人数で集まって会食しています。しかし、クリスマスは2人だけで家で祝いました。クリスマスとはいえ、孫たちとはパソコン越しに会話しただけでした。

以上