The Averted National Rail Strike Is a Parable of Contemporary American Capitalism
景気に大打撃を与えかねない鉄道ストライキは一旦回避されました。しかし、現代アメリカの資本主義の問題点は何ら解決していない。
Railroads are prioritizing payments to Wall Street stockholders over everything else, including serving the public interest.
鉄道会社は、投資家への配当を増やすことを何よりも優先しています。公益に資することが最優先ではないのです。
By John Cassidy December 6, 2022
年の瀬に向かって忙しい世の中になりつつあるわけですが、先週、鉄道会社の労働組合がストライキに突入しそうであることと、それを阻止するためのバイデン政権が介入したことがニュースとなっていました。どうやらストライキは回避されたようですが、労使の対立という問題は根本的には手つかずのまま放置されました。一部の鉄道労働者の組合が政府の介入を拒否したために、11万5千人の鉄道労働者は、ホワイトハウスと下院が彼らに押し付けた契約条件の下で働くことを強いられることになりました。非常に対照的なのですが、鉄道会社の経営側は、昨今では非常に潤っています。というのは、多くの鉄道会社はほぼ無競争で独占的に利益を上げられそうな状況下にあるからです。
アメリカの鉄道会社における労使紛争に関する報道では、経営側が労働者に有給休暇を与えることを拒否したことに焦点が当たっています。そういう報道を目にすると、鉄道会社の経営側が非常に強硬な姿勢をとっているように感じるわけですが、しかし、それは現在のアメリカの資本主義体制下で繰り広げられている事象の中のほんの小さな部分でしかありません。アメリカで最も古くから存在していて、非常に各方面に対する影響力も大きい鉄道産業において、労使紛争が発生しているわけです。鉄道産業では、規制緩和が進み、多くの企業が淘汰されて統合合併が進みました。従業員削減も進み、十分な設備投資も行われず、労働強化が進んでいるのです。しかし、今回の労使紛争で最大の争点となっているのは、利潤の分配方法です。会社側は、羽振りの良い株主に配当という形で利益を還元することを何よりも最優先しようとしています。それで、労働者にも利益を還元することや社会に貢献するということが蔑ろにされています。
新型コロナのパンデミックの初期のロックダウン期間中に、多くの鉄道会社で人員削減が大胆に進められました。同時に輸送能力の削減もかなり進められました。昨年、輸送需要はそれなりに回復しましたが、多くの鉄道会社は慢性的な荷物の遅延や物量の減少に直面して苦しんでいました。西海岸とシカゴを結ぶ主要路線で鉄道の運行が一時的に停止するような事態も発生していました。下院の運輸・インフラ委員会(House Committee on Transportation and Infrastructure)のピーター・デファジオ(Peter DeFazio)委員長は、今年初めに開かれた公聴会で発言していました、「鉄道会社のサービスは酷いものだ。鉄道会社のサービスが滞っているおかげで、多くの荷主に余分なコストが発生しています。荷主はそのコストを吸収すべく、身を削ぐような努力をしたり、時に価格に転嫁したりすることを余儀なくされています。その結果、多くのアメリカ人がツケを払わされる状況に陥っています。食費は増加していますし、ガソリン代も高騰しています。」と。
1980年に鉄道に関する厳しい規制制度が部分的に解体され、鉄道業界では大胆に規制緩和が進められました。それまでは、19世紀後半に導入された時代遅れの厳しい規制が残っていたのです。それらの規制は、ジェイ・グールド(Jay Gould)やジェームス・ヒル(James Hill)やエドワード・ヘンリー・ハリマン(Edward Henry Harriman)といった鉄道王の所有していた鉄道会社で数々の不正行為が発生したことを受けて導入されたものでした。1980年に民主党下院議員のハーレー・O・スタッガーズ・シニア(Harley O. Staggers, Sr.)主導でスタッガーズ鉄道法(Staggers Rail Act of 1980)が制定されました。それによって鉄道会社に経営上の自由裁量権が付与され、不採算路線を廃止することが可能となりました。また、それまで連邦政府が州間通商委員会(Interstate Commerce Commission)を通じて決定していた運賃を、鉄道会社が独自に設定することも可能となりました。当時は、規制緩和が意図していた通りに進んだように見えました。多くの地域で健全な競争が行われたおかげで、運賃はかなり下がりましたし、貨物輸送量も増大しました。鉄道輸送はそれまで何十年もトラック輸送の後塵を拝していましたが、シェアを取り戻し始めました。それは、労働者にとっても経営者にとっても環境にとっても良いニュースでした(鉄道輸送は、トラック輸送よりもはるかに二酸化炭素排出量が少ないのです)。
カーター(Carter)政権が航空業界の規制緩和をした後の数十年間で起こったことと同様なのですが、鉄道業界も激しい競争の時代から、次第に合従連衡と暗黙の共謀の時代に移行していきました。鉄道会社の合併がいくつも行われた結果、1980年には33社あった大規模な鉄道会社(1級鉄道会社:Class I Railroad)は現在は7つしかありません。現在では、その7社が貨物輸送市場の80%以上を支配しています。「CSXコーポレーション(CSX Transportation)とノーフォーク・サザン(Norfolk Southern)の2社でシカゴ以東の鉄道輸送を独占しています。また、ユニオン・パシフィック(Union Pacific)とBNSFでシカゴ以西の鉄道輸送を独占しています。また、カナディアン・パシフィック(Canadian Pacific)、カナディアン・ナショナル(Canadian National)、カンザスシティ・サザン(Kansas City Southern)の3社で、中西部を南北に走る鉄路のほとんどを支配しています。」と、アメリカの非営利組織”American Economic Liberties Project”の上級研究員マシュー・ジヌー・バック(Matthew Jinoo Buck)は、今年初めに”The American Prospect”誌に寄稿した記事で指摘していました。
大手鉄道会社は、環境に優しいことが求められる時代になったのですから、本来であれば事業拡大すべきだったのですが、そんなことはしませんでした。代わりに、規制の無い、もしくは規制の緩い業界の独占企業や二社で寡占体制を築いている企業で典型的に見られる行動をとりました。それは、事業の合理化、労働力の削減、コストを大幅に上回る価格設定です。1996年に廃止された州間通商委員会(Interstate Commerce Commission)に代わって設立された陸上運輸委員会(Surface Transportation Board)によると、インフレ調整後の鉄道貨物運賃は2004年から30%も上昇しています。一方、鉄道の総貨物輸送量(積荷のトン数)は2006年から減少傾向が続いています。ここ数年で、鉄道業界では従業員数が約3分の2まで減りました。昨年、陸上運輸委員会の現委員長であるマーティン・J・オーベルマン(Martin J. Oberman)は講演で発言していました、「それだけ従業員を削減してしまうと、鉄道会社はサービスの質を下げざるを得ません。より信頼性の高いサービスを提供することも難しくなるでしょう。トラック輸送と競合するためには、遅延を減らすことが重要なのですが、それに取り組むことも難しくなるでしょう。」と。
一方で、鉄道業界の企業収益は高まりましたし、株主への配当は急増しています。オーベルマンによれば、2011年から2021年の間に、大手鉄道会社は配当と自社株買いに1,091億ドルを費やしたそうです。その額は鉄道業界がインフラへの投資に費やした1,038億ドルをはるかに上回っています。「もし、この1,091億ドルの内の相当部分がインフラ投資に回されていたなら、どうなっていたでしょうか?サービスが拡充されたでしょうし、より予測可能で信頼性の高い、遅延の少ない輸送サービスが提供できるようになったのではないでしょうか。それは、鉄道利用者にとって非常にありがたいことです。もちろん、鉄道労働者や一般市民にとっても大きな恩恵となったでしょう。」と、オーベルマンは言いました。
コスト削減や労働力削減が進んだのは、モノ言う株主たちの影響力が強まったことによります。ウォール街の活動的な投資家の多くが鉄道会社に目を付けてこぞって出資するようになり、変革を進めてより利益を生み出すよう要求してくるようになりました。こうした動きは、10年前にロンドンに拠点を置くヘッジファンドのチルドレンズ・インベストメント・ファンド・マネジメント(Children’s Investment Fund Management)がCSXに投資した頃から顕著になり、それが現在も続いています。今年初めには、以前からカナディアン・パシフィック(Canadian Pacific)に投資していた億万長者でヘッジファンド・マネージャーでもあるビル・アックマン(Bill Ackman)が、同社の株式を買い増しました。オーベルマンが指摘しているのですが、ウォール街の投資家たちが鉄道会社への出資比率を高めつつあり、設備投資をして収益増を狙うのではなく、コスト削減を優先させるよう圧力をかけているようです。そうした圧力は年々高まっているようです。
鉄道会社各社は、労働力を削減したものの効率化を進めてきており輸送能力は落ちていないと主張しています。近年、鉄道会社はさまざまな新技術を導入していますし、残った従業員には精密定期運行(Precision Scheduled Railroading)と呼ばれるシステムを維持するために新しい労働規則を受け入れさせました。精密定期運行とは、簡単に言うと、より速く、より長く連結して列車を走らせることです。同時に、サービスレベルは必要最低限まで落とし、余剰施設や余剰人員を極限まで減らし、システム投資も必要最低限に留め、安全性も蔑ろにされがちです。多くの鉄道会社が労働者に有給休暇を与えることに消極的だったのは、この精密定期運行システムが導入されたことが主な原因だったわけです。ギリギリの人員でやりくりしているという背景があったのです。就業予定の車掌や機関士の中から1人でも急病で休む者が出ると、鉄道会社は欠勤者の代わりを務める人員を手当しなければならないのですが、それにはコストがかかりますし、そもそも都合よくそんな人員を探し出すのが不可能な場合もあります。そこで鉄道会社各社は、有給休暇の取得を認めることはしなかったわけですが、代わりに賃金を引き上げ、さらに従業員の医療保険への拠出額を引き上げないこととしました。経営側のこうした姿勢が示しているのは、非常に少ない従業員を超フレキシブルなシフトで勤務させる体制を維持することが、彼らが掲げている精密定期運行システムを維持するために非常に重要であるということです。
今回下院が労使紛争に介入して新たな労働協約が結ばれたわけですが、それによって経営側はより精密定期運行システムを維持しやすくなりました。各社は、これまでと異なる人員手配の仕組みを導入することが可能となり、経営側は乗務員のスケジュール調整がより容易になりました。また、欠勤者が出ても容易に補充をできるようになりました。鉄道会社で働く機関士のロス・グルータス(Ross Grooters)は、鉄道労働者連合(Railroad Workers United)という鉄道労働者が結集した産業別労働組合の共同議長も務めているのですが、レイバーノーツ(Labor Notes:一般労働組合員と草の根労働活動家のためのアメリカの非営利組織およびネットワーク)のウェブサイトで新たな労働協約の影響について言及していました、「これまでは、自分より先に勤務する予定である者が何人かいて、その内に自分の出番は10番目であることがと判明し、10番目の列車が来たら自分が乗り込むことが判明し、その列車は明日来ることが判明するという感じでした。明日の勤務に備えて準備して待機する必要がありました。該当の列車が明日の何時頃に来るのかは直近にならないと正確には分かりませんでした。そうした状況が大きく変わってしまいました。突然呼び出されて、15分後には列車に乗って仕事をしなければならなくならないこともあります。経営側は、列車を運行するためであれば、必要だから出勤しろと誰かに呼び出しをかけることが可能になったのです。」と。
鉄道会社でストライキが行われそうであるということが大々的にニュース等で報道されたわけですが、新たな労働協約について詳細が報じられることはほとんどありません。新たな労働協約は何千人もの鉄道労働者の生活に大きな影響を与える可能性があります。一方で、ウォール街の投資会社等の利益は増え続けるでしょうし、支払われる配当金も増えるでしょう。今後、ますます鉄道輸送業界での労使対立は激しくなっていくでしょう。多くの鉄道会社は、すでに列車の乗務員を半分に減らすことを推進しています。自動運転システムが急速に進歩していますから、鉄道企業が無人貨物列車を導入する日もそう遠くないでしょう。オーストラリアでは、鉱山会社大手のリオ・ティント(Rio Tinto)が鉱山から何百マイルも鉄鉱石を運ぶために自律運転貨物列車を既に導入済みです。ウォール街の投資会社などは、利益を増やし、株主への配当を増やさせるために絶え間なく鉄道会社の経営陣に圧力をかけ続けています。その結果、鉄道労働者が安らげる時間は減りつつあります。また、環境負荷の少ない輸送システムの構築などの優先順位は下がりつつあります。♦
以上
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