アメリカ ワクチン忌避者多くない?感染拡大を防ぐには接種義務化が必須!義務化のデメリットは無いのか?

4.ワクチン接種義務化をするなら、人手不足対策が必須となる

 1981年、行動経済学者のアトモス・テベルスキーとダニエル・カールマンはサイエンス誌で論文を発表しました。その論文の元となった実験で、被験者は、米国人600人が致命的な感染症によって生命を脅かされているという状況下にあるという前提を認識するよう求められました。次に、2つの選択肢が明示され、感染拡大を防ぐためにどちらかを選ぶのが被験者に与えられた役割でした。選択肢①は、それを実行すると200人は存命するが、400人は死ぬというものでした。選択肢②は、実行すると各人の生きる確率が33%で、死ぬ確率が66%というものでした。2つの選択肢は数学的に見たら同義です。しかし、選択肢を明示した際に、選択肢①は200人も生き残る人がいるという明るい側面を強調して説明した場合には、被験者の4分の3は選択肢①を選びました。対照的に、選択肢を明示した際に、選択肢①は400人もの人が死ぬという暗い側面を強調して説明した場合には、被験者の4分の3は選択肢①を選択せずに選択肢②を選びました。

 ワクチン接種の義務化では、選択肢は2つあって、義務化する選択肢と義務化しない選択肢があって、いずれを選んでも結果が同じというわけではありません。間違いなく義務化した方が救える人は多いでしょう。それでも、トベルスキーとカーネマンの研究によって明らかになったように、何を強調するか、何を重視するかということが心理的に影響して、選択肢を選ぶ際にも影響を及ぼします。ワクチン接種義務化を選択したということは、その負の側面よりも、正の側面を重視しているのだと思います。負の側面があることは分かっていて、多くの者が解雇され医療現場は人手不足に陥り混乱するということが想定できたはずですが、その可能性はほとんど考慮されず見過ごされてきたのです。ワクチン接種義務化は、しばしば抽象的な政治的問題、つまり、個人の自由と公共の利益との対立と解されることがあります。たしかにそれもありますが、ワクチン接種義務化は、もっと単純な政治的問題も提起します。それは、雇用の条件としてワクチン接種を義務付けた際に、得する人は誰で、損する人は誰かということです。医療関係者は割を食っています。医療に携わっているという理由だけで、既に他のどんな業種よりもワクチン接種率が高かったにもかかわらず、さらにもっと高い道徳心を持つことを強要され、さらにもっと高い接種率を求められているのです。医療業界以外を見回すと、米国全体では、ワクチンの接種対象であるのに1度も接種されていない人が6千6百万人もいます。その一部が解雇されるとなると、現場が回らなくなる職場がたくさん出て、経済的な損失も大きくなるでしょう。

 カッツは、ニューヨーク市の公的医療制度を統括しているわけですが、最終的には、全国的にワクチン接種を義務化しなければ感染は収束しないだろうと考えています。ここ数カ月間、非常に感染力の強いデルタ変異株の蔓延が米国経済回復の足を引っ張っています。米国の1日当たりの新型コロナ関連死者数は再び1千人以上を記録するようになりました。地域によっては、病床が逼迫しており、医療従事者が不足しがちな状況に陥っています。カッツは、どこかの時点で、パンデミックを収束させるためには、ワクチン接種の義務化が必要になるだろうし、日常生活のさまさまな場面に制限を課さなければならなくなるだろうと言っていました。飛行機や列車に乗る際には、ワクチン接種証明書の提示が必要になるかもしれません。大学の授業に出る際やさまざまな社会活動に従事したりする際にも必要になるでしょう。経済を回していくためには必要な措置だと思われます。

 ワクチン接種義務化は感染拡大を防ぐ有効な手段だと思われますが、より社会の分断を深刻化させるでしょう。低所得者層ほど、大きな不利益を被ってしまうからです。というのは、低所得者にはワクチンを忌避する者が多いので、解雇される確率がより高いからです。医療業界で人員不足が露呈すると推測されていますが、他の業種で人員不足が発生する可能性も低くはありません。小売業や飲食業では、現時点でも既に労働力不足に苦しんでおり、一部のエコノミストが指摘しているように、ワクチン接種義務化による状況のさらなる悪化が懸念されています。接種を受けずに解雇される者は、特にパートタイマーに多いと予測されています。とりわけ多くのパートタイマーを雇っているウォルマートで、多くのパートタイマーが感染する危険に晒されていることも懸念材料です。ウォルマートでは、ワクチン接種が義務付けられるのは本社の従業員と全米を飛び回るマネージャー以上の職にある者のみです。最前線の店頭で働く従業員はワクチン接種を義務付けられないのですが、そのことは、彼らがワクチンを接種されないままでウイルスに感染しやすく、ウイルスをばら撒く可能性が高いということを意味します。

 いくつかの証拠があるのですが、ワクチン接種していない同僚と一緒に働く可能性があると、それが嫌で職場を去るワクチン接種済みの者が存在していることが判明しています。今年の夏にデルタ変異株の感染が猛威を振るっていた頃、ウイルス感染の恐れから休職する者が急増したことが判明しています。休職者の数は1.3倍も増えて320万人に達しました。多くの企業が新規採用が出来ず人手不足が深刻化しているとの報道を良く耳にしました。そんな状況下でもワクチン接種率が高い州ではここ数カ月間は新規雇用者数が大幅に増えています。ですので、ワクチン接種を義務化するということは、経済的にも公衆衛生上も効果が大きいと推測されます。景気回復のためには、新型コロナの感染を封じ込めなければなりません。必要であれば、ワクチン接種の義務化措置をとるべきで、そうすれば、もうじき冬を迎えるわけですが、米国の景気は底堅く推移するのではないでしょうか。カッツは私に言いました、「理想を言えば、ワクチン接種をしたくないと思っている人に無理やり接種するようなことは避けるべきです。しかし、ワクチン接種はもはや個々人の嗜好の問題では無くなっています。社会全体の利益を優先するという観点で考えることが重要で、ワクチン接種を義務化すべきだと思います。」と。

 それでもバイデン政権が全国一律のワクチン接種義務化措置をなかなか講じないわけですが、それには理由があります。多くの米国人は、新型コロナワクチンが接種可能となって1年近く経ったのに接種を拒んでいる人に対して非常に不満を抱いています。ワクチンを忌避する者は、結局は職を失ったりして悲惨な状況に陥るが、それは自業自得だから放っておくしかないとい言う者も少なからずいます。しかし、目を背けてはならないことがあります。それは、ワクチン接種を拒否して経済的損失を被る人の多くは、全体的な傾向としてワクチン接種を受けた人よりも貧乏で、学歴が低いということです。ですので、彼らは正しい情報をあまり得られていない可能性がありますし、普段から保健行政の恩恵を受けることも少なく、社会保障の給付も受けられていない状況にあるのではないでしょうか。彼らは、不信感、誤った情報、見当違いの恐怖心が元でワクチン接種を忌避し、感染に対して無防備なままで生計の糧をも失いかけているのです。たしかにワクチン接種の義務化は現状を鑑みると的を得た施策だと思われますが、ワクチン接種を忌避する者たちの抱えている問題への対処も必須です。結局のところ、ワクチン接種の義務化をして効果が十分得られるか否かは、ワクチン忌避者がワクチンを接種するか否かにかかっているのですから。

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