ハト派の FRB 議長パウエルが利下げ示唆に転じた理由?クリスマスが近いからチキンになったわけじゃない!

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The Federal Reserve Is Trying to Catch Up with Falling Inflation
FRB のインフレ率低下への対処


With price increases having greatly moderated, Jay Powell and his colleagues are trying to stick a “soft landing” for the economy.
物価上昇が大幅に緩和されたため、パウエル議長ら FRB の理事たちはアメリカ経済をソフトランディングさせるために必死である。

By John Cassidy

December 15, 2023


 ウォール街には幸せな日々が再び到来した。パウエル米連邦準備制度理事会( FRB )議長の発言は歓喜をもって受け入れられた。水曜日( 12 月 13 日)と木曜日( 12 月 14 日)、パウエル議長や他の FRB 理事たちが政策金利( key interest rate )を来年 3 回引き下げる可能性が高いと示唆した。それを受けて、株価は急騰した。FRB の決定の影響を受ける市中金利( market interest rate )は、中央銀行の政策の転換が現実になることを予期して急落した。

 つい 2 週間ほど前、過去 2 年にわたってインフレ抑制に奮闘してきたパウエル議長は、利下げを検討するのは時期尚早だと述べていた。しかし、水曜日( 12 月 13 日)開催の連邦公開市場委員会後の記者会見で、パウエル議長は「政策金利は金融引き締めサイクルのピークか、その近辺にある可能性が高い」と述べた。金利・経済見通しでは、19 人の政策担当者の内 17 人が 2024 年末にはFRBが管理する FF レート( federal funds rate :フェデラル・ファンド金利)が現在よりも低下するとの予想を示した。その中央値は 4.6% であった。金融市場は、こうした数字から 2024 年に 3 回の利下げ( 1 回 0.25% )があることを織り込んだ。世界 4 大会計事務所( Big 4 )の一角を占める KPMG のチーフエコノミストのダイアン・スウォンク( Diane Swonk )はウォール・ストリート・ジャーナル紙( the Wall Street Journal )に、「パウエルは少し早めにサンタクロースを演じた。」と語った。

 投資家にとっては、確かに有り難いことである。その影響は株式市場だけにとどまらない。FF レートの引き下げは、あらゆる借り入れコストに波及する可能性がある。住宅ローンや自動車ローンが引き下げられるし、事業用資金の調達コストも下がる。住宅ローン金利は既に少し下がっていて、木曜日( 12月 14日 )には7%を割り込んだ。資金調達コストの低下は、2024 年の大統領選挙にも影響を与える可能性がある。(ジョージ・H・W・ブッシュ( George H. W. Bush )は、1992 年の大統領選でビル・クリントン( Bill Clinton )に敗れた際に、当時の FRB 議長だったアラン・グリーンスパン( Alan Greenspan )の金融引き締め政策が敗因であるとして非難していた。)なぜクリスマス前のこの時期にパウエルらFRB の幹部は、サプライズを狙って来年の利下げを示唆したのだろうか。意義深いことなので、その背景を分析したい。

 この時期に来年の利下げを示唆した理由で一番大きかったのは、直近のインフレ率の急低下であろう。物価上昇率が FRB が目標とする 2% にかなり近づいたため、FRB は軌道を修正せざるを得なくなったのであろう。パウエル議長が数カ月前から繰り返し主張していたのは、インフレ率の進展を注意深く見極める必要があり、十分に低くなったと確信できるまでは利下げは正当化されないということであった。現在、インフレ率は 3% 程度まで低下し、FRB の目標まであと 1 ポイントというところまで来た。それで、今度は、インフレ対策をやり過ぎたことによる景気後退懸念に対応せざるを得なくなったのである。「インフレが急速に収束したため、FRB は急激に舵を切らざるを得なかった。」と、長年にわたって FRB を分析し、現在はSGHマクロ・アドバイザーズ( SGH Macro Advisors )のチーフエコノミストを務めるティム・デュイ( Tim Duy )は私に語った。「 もしインフレ率が下がったのに FF レートを据え置くとなれば、それは実質的には金融引き締めとなるわけで、FRB はそれを望んでいない」。

 ここで留意しなければならないのは、名目金利( nominal interest rate )と実質金利( real interest rate )の違いである。名目金利 5% が継続し、インフレ率 5% も継続した場合、金利から物価上昇率を排除して求められる(名目金利からインフレ率を差し引いて計算)実質金利は 0% となる。もし、インフレ率が 5% から 3% に低下しても名目金利が 5% のままであれば、名目金利は変わらないにもかかわらず実質金利は 2% に上昇してしまう。それが今年 3 月以降にアメリカで起こっていることである。FRB が FF レートを 5.25 ~ 5.5% に維持したため、年率 5.0% だった消費者物価上昇率は 3.1% にまで低下した。インフレ率がこの水準にとどまると仮定して計算すると、この 9 カ月で、ほぼゼロに近かった実質金利が約 2% まで上昇したことになる。

 ほとんどのエコノミストは、実質金利はあらゆる種類の支出や消費に影響を及ぼすと考えている。そこには住宅投資、企業投資なども含まれる。もし、FRB が実質金利の上昇に対応しなければ、アメリカ経済は今まさに間近に迫っていると思われるソフトランディングに失敗する可能性もある。そうした観点からすれば、今回の FRB の政策転換(来年の利下げを示唆したこと)は、インフレに対する勝利宣言というよりも、必要な予防措置と見ることができる。パウエル議長は水曜日(12 月 13 日)の発言の中で、FRB は FF レートとインフレを結び付けるいかなる算術規則にも従っていないと強調していた。しかし同時に、実質金利は「 FRB が非常に意識し、注意深く監視している」ものであることも認めていた。先月、FRB の理事の 1 人であるクリストファー・ウォーラー( Christopher Waller )は、インフレ率の低下は、他の経済指標がどうであろうと、事実上どのような政策ルールに基づいても金利引下げを正当化すると主張していた。それは、今回の政策転換を予感させるものでもあった。

 確かにパウエル議長は、FRB の目標はインフレ率を 2% に下げることであり、その達成を最優先し、必要であれば再び利上げに舵を切ると繰り返していた。「利下げするというのは、あくまで来年の見通しであって、FRB がそれを決定したわけではない。」と、パウエル議長は記者会見で述べた。「経済が予測通りに進展しなければ、金融政策も適切に調整される」。しかし、パウエル議長は、FRB はさらなる利上げを予想していないとも述べていた。金融市場関係者の大方の予想では、3 月にも最初の利下げが行われるとされている。木曜日(12 月14 日)、ゴールドマン・サックス( Goldman Sachs )は、3 月の金融政策決定会合から3回連続で利下げが行われるとの予想を示した( 4 月は行われないので、3 月、5 月、6 月)。FRB がこのスケジュールで利下げをした場合、おそらくそこから 2024 年後半まで金利は据え置かれるだろう。パウエル議長は、FRB の政策決定に政治の関与は全く無いと主張していた。しかし、事実上すべての FRB 議長が、大統領選挙の年には可能であれば目立たないことを望んでいる。♦

以上