2.アメリカで何でも返品できるようになった経緯
子供ならいざ知らず、アメリカでは多くの人が、いや、ほとんどの人が思い込んでいるのだが、初めて気軽に商品の返品や交換に応じた企業はネット靴店のザッポス(Zappos)社である。ザッポスは1999年に創業した。同社の成長に多大な貢献をした元CEOのトニー・シェイ(Tony Hsieh)が、購入後1年間返品無料を打ち出した。顧客が多種類の商品をサイズ違いも含めてたくさん購入することを奨励した。徹底した顧客サービスに裏打ちされたこの方針は人気を博した。同社の売上は4年間で6倍以上に成長した。アマゾン社はエンドレス(Endless)と呼ばれる同様の靴とアクセサリーの販売サイトを立ち上げた。が、ザッポスに対抗することはできなかった。それで、最終的には、ザッポスを12億ドルで買収した。
実際には、アメリカで初めて気軽に返品を受付けた人物はシェイではない。その人物は、シェイが生まれる100年前にミズーリ州北西部の農場で生まれた。1902年にワイオミング州ケムメラー(Kemmerer)に移り住み、雑貨店の共同経営者になった。その店は、ゴールデン・ルール(Golden Rule)という小さなチェーンに加盟していた。数年の内に、彼はパートナーから経営権を買い取った。さらに多くの店舗をオープンさせ、1913年には株式会社化した。社名はJCペニー(J. C. Penney)とした。自身の名前を冠した。J. C.はJames Cashのイニシャルである。彼の革新に1つは、何でも返品できるということだった。何の制限も無かった。この取り組みに、サム・ウォルトン(Sam Walton)は深く感銘を受けた。彼は、ミズーリ大学(the University of Missouri)を卒業した直後の1940年にデモイン(Des Moines)のJCペニーの店舗に就職した。それから22年後にウォルトンは自らのチェーン店を設立した。ウォルマート(Walmart)である。JCペニー同様の寛大な返品ポリシーを採用した。そのポリシーは今でも維持されている。「サム・ウォルトンは、とても顧客中心主義(customer-centric)だった。」と、2005年から2012年までウォルマートの返品担当責任者を務め、現在はゴーTRG(goTRG)の最高戦略責任者であるチャック・ジョンストン(Chuck Johnston)は言った。「シアーズ(Sears)で購入した商品を返品しに来る人もたくさんいました。そうした返品も喜んで受け付けていました。何故かって?ただ単にお客様に喜んでもらいたいからですよ」。そういえば、アニメ「ザ・シンプソンズ」の主人公のホーマー・シンプソンも同じようなことを口にしていた、「お客様はいつも正しい、だから皆に好かれるんだ(The customer’s always right; that’s why everyone likes us.)」。
100年前、JCペニーの平均返品率はおそらく2%程度であった。ネット通販が本格的に普及し始める前は、小売店の返品率は8〜10%程度だった。現在、ネット・ショップの返品率は平均20%近くに達している。衣料品に限ると返品率はそのほぼ2倍である。返品理由はさまざまだ。届いた商品が掲載されていたイメージと異なっていたというのが多い。サイズが思っていたよりも大きい、小さいというのも多い。色や素材感がネットで見たイメージと違うというのも多い。
新型コロナのパンデミックはネット・ショッピングの成長を加速させた。その間、返品件数も増加した。リモートワークが増えた弁護士は、ネクタイの購入数を減らしたが、スウェットパンツやスリッパの購入数を増やした。突然自宅で仕事することを余儀なくされた者は、デスクやチェアやパソコンを注文した。2021年にUPSが私の家に大きな組み立て式の収納庫を届けた。本当は隣の家に届けるべきものだったが、私は気付かずに開梱してしまった。というのは、ちょうど同じような商品を注文していたからだ。パンデミックで家に居ることが多くなっていたので、隣の家の人も私と同じように、家の中に増えたガラクタを整理して収納棚に入れようと考えたのだろう。隣の家の人にメールしたら、車で引き取りに来た。返品すること無く、家で使っているようだ。 パンデミックが始まる前、何かを買う際に多くの人が、実店舗で欲しい物を見て吟味し、購入はアマゾンでしていた。そうして数ドル節約していた。パンデミックで実店舗での買い物が制限されてしまった。その際に、商品を比較して購入する最善の方法は、いくつも発注して要るもの以外は返品することだった。
ネット・ショップ側からすると、返品は費用がかかる。送料が返品された商品を再販して得られる額よりも高いことも少なくない。多くの小売業者は、返金窓口を縮小したり、送料やいわゆる返品手数料を取ることで対応している。返金ではなく、ストアクレジット(store credit:その店でのみ使える金券)を提供する店もある。今ではアマゾンは、返品の多い商品には「高返品頻度商品(frequently returned item)」というラベルを表示している。購入希望者に対して、注文前にその商品の説明文やカスタマーレビューを再確認するよう促している。メガネ販売のワービー・パーカー(Warby Parker)社のネット・ショップは、非常に簡単に返品できる。それが同社のビジネスモデルの根幹になっている。顧客は、リスクなしで5フレームまでであれば、自宅で無料試着が可能である。同社は現在もこのオプションを提供している。しかし、返品コスト削減のための取り組みにも余念がない。洗練されたオンラインツールを採用し、顧客がバーチャルでメガネを試着できるようにしている(実店舗もいくつか展開しているが、視力検査と試着のみでその場で購入することはできない)。通信販売が隆盛していた頃には、LLビーン(L. L. Bean)は靴を購入する顧客に、足の形を紙にトレースしたものを注文書と一緒に封筒に入れることを推奨していた。返品を減らす良い方法だった。しかし、顧客からすると、2足注文するよりも手間だった。
返品を気軽に受けることはコストがかかる。それでも、小売業者は、止めることができない。止めると、消費者の購買意欲が減退し、収益が下押しされることを恐れる。返品を気軽に受け付けることは、送料無料と同様に重要である。消費者がどこで買い物をするかを決める際の決め手になることもある。しかし、結局のところ、最終的にはコストは消費者が負担することになる。ほとんどのネット専業のマットレス小売業者は、無料で返品を受け付けている。最長1年間受け付けるところもある。使用済みのマットレスは再販売されない。その損失は売上の約8〜9%である。それは価格に織り込まれている。ジョンストンは言った、「返品を気軽に受け付けるポリシーを変更する場合は、慎重に行動する必要がある。顧客が競合他社に流れてしまう。」と。
そうした状況の下、さりげなく返品の条件を厳しくする企業もあれば、あからさまにそれをする企業もある。一部の企業は、返品をより容易にできるようにする方法を模索している。ターゲット(Target)社は、一部店舗にドライブスルー返金窓口を設けた。多くのネット・ショップでは、もはや返品商品を再梱包する必要が無い。ショップのサイトでQRコードを取得し、商品は箱から出したまま指定された場所に持っていくだけだ。アマゾンは、プライム会員(Prime customers)向けに一部のアパレルやアクセサリーについて7日間のトライ・ビフォー・ユー・バイ(try before you buy)キャンペーンを実施している。支払いは、返品しなかった商品の分だけになる。顧客が要らない商品を送り返さなかった場合、ショップ側が喜ぶかもしれない。しかし、その顧客に不満が残ってしまうと、そうはならない。リバース・ロジスティクス協会のカンファレンスで最も人気のあったプレゼンの1つは元メジャー・リーガーのスペンサー・キーブーム(Spencer Kieboom)によるものだった。彼の会社、ポーレン・リターンズ(Pollen Returns)社は、ライドシェアやウーバー・イーツなどの配送プラットフォームで手が余っているドライバーを活用して購入者の自宅まで不要商品を無料で引き取りに行く。購入者がUPSまで荷物を運ぶ手間を省いている。
小売業者の中には、特定の商品については返金だけするところも出てきた。商品を送り返す必要は無い。「100ポンド(45キロ)のドッグフードを返送されても、業者は送料分の赤字が増えるだけですからね。」と、ジョンストンは私に言った。私の妻は高校の同窓会用に奇抜なポスターを1枚注文した。しかし、奇抜さが度を超えていた。妻が返品しようとしたところ、アマゾンから返送不要との指示があった。全額、32.72ドルが返金された。意外かもしれないが、ソファーベッドやダイニングテーブルなど、かさばる重い商品を販売する企業も、同じような対応をすることが多い。返送費用が高額になるからである。
「返品無料は、既に廃れた概念だと思っている人がいます。しかし、これはアメリカで成功している小売業に特徴的なものです。」と、デール・ロジャーズは私に言った。「買い物をしやすくし、顧客のリスクを減らす。そうすれば、顧客を末永く繋ぎとめておけるのです」。世界の2大小売企業がいずれも非常に返品しやすいポリシーを採用しているわけですが、これは偶然ではないのです。ちなみに、2022年の売上高はウォルマートが5,730億ドル、アマゾンが4,690億ドルでした。