お粗末! オープン AI のアルトマン解任騒動の内情 刺し違える覚悟がないのなら、蜂起しない方がよいかも?

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 スコットがマイクロソフトの AI 部門を統括することとなったが、この分野で先んじているグーグルを追い越す必要があった。グーグルは AI 関連の優秀な人材の多くを抱えていて、ちょっとしたブレークスルーを生みした人物には数百万ドルの報酬を提供していた。過去 20 年間、マイクロソフトは独自 AI 開発に数億ドルを費やして競争に挑んできたが、ほとんど成果は無かった。経営陣は、20 万人以上の従業員を抱え、いくつもの階層があり、官僚体質が蔓延っているマイクロソフトのような企業には、AI 開発に必要な機敏性と柔軟性が備わっていないと考えるようになった。「時として、小さい方が良いこともある。」と、スコットは私に言った。

 そこで彼はさまざまなスタートアップ企業を調べ始めた。ひときわ目を引く企業があった。それが、オープン AI である。同社はミッション・ステートメントで、「汎用人工知能(AGI:Artificial General Intelligence)とは、経済的に価値のある仕事において人間を凌駕する高度に自律的なシステムを意味し、全人類に利益をもたらす」ことを保証すると誓っていた。オープン AI は既にマイクロソフトと取引をしたことがあった。同社はマイクロソフトのクラウドコンピューティング・プラットフォームであるアジャー( Azure : 訳者注 アジュールと発音する人がいるが、アジャーが正しい)を利用していた。2018 年 3 月、スコットはオープン AI の本社(サンフランシスコ)のエンジニアとミーティングを実施した。彼は、数十人の若者たちを前にしてとても喜んでいた。彼らは、成果物が 「人類を傷つけたり、権力が不当に集中することに与しない」との誓いを立てている組織で 18 時間労働をするために、大手テック企業( big tech firms )からの数百万ドルの報酬を捨てて移ってきたのである。主任研究員のイリヤ・サツキーヴァー( Ilya Sutskever )は、人類のほとんどの問題を解決するかもしれない、あるいは洗練されすぎていて大規模な破壊と絶望を引き起こすかもしれない AI の出現に備えることに特に関心を寄せていた。一方、アルトマンは、AI を使いやすくし、利益の源泉にしようという決意を胸に秘めたカリスマ起業家だった。オープン AI の感性は、スタートアップ企業にとって理想的なものであるとスコットは感じた。「オープン AI には、最も大きな影響を与えることにエネルギーを集中する風土がある。」と、彼は言った。「必死に取り組むのは当然のことであるが、最も重大な問題に取り組み、それが解決したら、また次の問題に取り組む。そうした素晴らしい企業文化が根付いている」。

 オープン AI は、既に目を引く成果を上げていた。エンジニアたちが、ルービックキューブ( Rubik’s Cube )を解くことができるロボットハンドを作り上げていたのだ。指どうしが絡むというこれまでに遭遇したことのない課題を乗り越えていた。しかし、スコットが最も感心したのは、その後の会議で、オープン AI の経営陣が、ロボットハンドは将来性が十分ではないと認識したので、それ以降の研究開発は進めなかったと話したことだった。「最も賢い技術者たちは、時として最も管理するのが難しい。なぜならば彼らは頭の中に幾千ものアイディアを持っているからだ。」と、スコットは言った。しかし、オープン AI のエンジニアたちは、とにかくやるべきことに集中していた。熱心さという点では、オープン AI はアップ・ウィズ・ピープル( Up with People:多文化主義、人種平等、ポジティブ シンキングなどのテーマを促進する歌とダンスのパフォーマンスを上演する団体)とクリシュナ教団( Hare Krishnas )の同レベルにあり、いずれのエンジニアも仕事に真剣に取り組んでいた。今年の 7 月に私がサツキーヴァに会った直後に、彼は、「 AI によって人間の生活のあらゆる領域がひっくり返される。」と言った。AI によってヘルスケアなどが現在よりも 1 億倍良くなる可能性が高いという。そのような自信過剰ぶりが、一部の潜在的な投資家を尻込みさせた。しかし、スコットにはそれが魅力的に映ったのである。

 とあるオープン AI の元上級取締役が私に言ったのだが、同社に漂っていたこうした楽観主義は、当時マイクロソフトに蔓延していた陰鬱な雰囲気とは対照的なものだった。彼によれば、当時マイクロソフトのすべてのエンジニアが、AI 開発では学習するデータの多さが肝であり、それについてはグーグルに大きなアドバンテージがあることを認識していたという。それで、決して追い付くことのできない圧倒的に不利な立場にあると考えていたという。その上級取締役が私に言った、「スコットがこのゲームには別の闘い方があると説明して皆に信じ込ませるまで、ただただ絶望的な雰囲気が漂っていたのを覚えている。」と。マイクロソフトとオープン AI の文化は全く異なっており、異質な組み合わせのように見えなくもない。しかし、スコットとアルトマンは、お互いの欠点を補完できるので協業することは理にかなっていると感じていた。ちなみに、アルトマンはオープン AI の CEO になる前に、シードアクセレーター( seed accelerator:起業家や創業直後の企業に対し、事業を成長させるための支援を行う組織)の Y コンビネーター( Y Combinator )を率いていた。

 オープン AI の設立以来、掲げる目標はどんどん大きくなっていったが、それを実現するための強力な演算能力が必要であったし、経費も急増していた。莫大な資金力を持つパートナーがどうしても必要だった。そのような支援を得るため、オープン AI は営利部門を立ち上げた。それによって、パートナー企業がスタートアップ事業の株式を購入して保有できるようになった。つまり、投資できるようになった。しかし、オープン AI の企業統治形態は通常の企業とは異なった形のままであった。営利部門が非営利事業の理事会によって統治されていたのである。その理事会は学者たち、非営利団体の幹部たち、起業家たちで構成されていた。奇妙なことだが、IT 業界で全く成果をあげたことのない人物も混ざっていた。非営利団体の幹部たちは、新規事業に資金提供や投資はしていなかった。同社の定款には、「非営利事業の主な受益者は人類であり、オープン AI の投資家ではない」と規定する文言があった。しかし、彼らにはオープン AI の CEO を解任する権限があった。その上、新規事業の発明が社会に過度のリスクをもたらすと感じた場合に、その技術を封印して放棄する権限も有していた。

 ナデラ、スコット、そしてマイクロソフトの AI 開発に携わるエンジニアたちは、オープン AI の奇妙な統治形態に特に不満は無かった。というのは、オープン AI と協力することで自社製品を強化できると信じていたからである。しかも、オープン AI の優れた人材を活用できるし、活気のある風土の醸成につながる。とはいえ、一番大きかったのは、オープン AI が人工知能開発競争の先頭を走っていたことである。2019 年にマイクロソフトはオープン AI に 10 億ドルを投資すると決定した。それ以降、同社はオープン AI の営利部門の株式を 49% まで買い進めた。それによって、オープン AI が過去に発明したものも、今後発明するものも、自社のあらゆる製品に組み込むことができるようになった。ワード、エクセル、アウトルック、その他の製品(スカイプや Xbox ゲーム機を含む)のアップデート版に組み込まれるであろう。全く新しいアプリケーションが開発される可能性もある。