5.
今から 5 年前、マイクロソフトはオープン AI に投資したのとほぼ同じ理由で、ギットハブ( GitHub )を買収した。ギットハブは、ソースコード管理サービスである ギットハブ( GitHub )を提供しており、ユーザーはコードを共有し、ソフトウェアを共同開発することができる。ギットハブには、若々しく、機動的で、伝統や慣習にとらわれない企業文化が根付いていた。マイクロソフトに買収された後も、ギットハブはマイクロソフト傘下で独立した運営を続けた。独自の CEO と意思決定権限を有している。スタートアップ企業の活力が希薄にならないようにする配慮があった。この戦略が上手くはまった。ギットハブの企業風土は損なわれなかったし、多くのソフトウェア・エンジニアに愛され続けている。ユーザー数の伸びも順調で、1 億人を突破した。
そこでスコットとムラーティは、コードをオートコンプリート(自動補完)できるツールの開発に相応しいマイクロソフト内の部署を探していた。その開発が上手くいく保証は無かったが、試してみる価値があったからである。そこで、ギットハブの CEO であるナット・フリードマン( Nat Friedman )を頼った。結局のところ、ギットハブでもコードをオートコンプリートするツールを直ぐには作れなかった。ギットハブに投稿されたコードには時々エラーが含まれていた。フリードマンも、そのツールをいずれは完成させたいと考えていた。彼が思ったのは、オートコンプロートするツールを完全に信用してはいけないということを人々に知らせる方法を考えなければならないということであった。
ギットハブのエンジニアたちは、このツールの名前をブレインストーミングで考えた。いろんな案が出た。コーディング・オートパイロット( Coding Autopilot)、自動ペアプログラマー( Automated Pair Programmer )、プログラマラマ・オートマット( Programarama Automat )などである。フリードマンは自家用飛行機の操縦免許を持っていたが、それらのネーミング案はいずれも” Auto ”という語を含んでおり、自動操縦をイメージさせると感じていた。しかし、このツールが完璧にコードを完成させるものではないことを考慮すると、” Auto ”という語を使うのはいたずらに人々を惑わすだけだと思った。むしろ、このツールは副操縦士( co-pilot )のようなものだと感じていた。副操縦士は、コックピットでパイロットと一緒に考えて提案をしたりするが、時には的外れな提案もしてしまう。通常は副操縦士の言うことは耳を傾けられるが、時には無視されることもある。スコットは、フリードマンが選んだギットハブ・コパイロット( GitHub Copilot )という名前がしっくりすると思い、すっかり気に入った。「なかなか良いネーミングだと思った。」と、彼は私に言った。「長所も短所も完璧に表現できている」。
しかし、ギットハブが 2021 年にコパイロットを立ち上げようとした時、マイクロソフトの他部門の一部の幹部は、このツールはときどきエラーを起こすので、マイクロソフトの評判を落とすことになると抗議した。「大揉めだった。」と、フリードマンは私に言った。「でも私がギットハブの CEO で、素晴らしい製品だと確信していたので、反対を押しきってリリースしました」。ギットハブ・コパイロットがリリースされると、すぐに成功を収めた。「コパイロットは文字通り私の心を虜にしたわ。」とあるユーザーはリリースから数時間後にツイートした。「どんな魔術だよ!」と投稿したユーザーもいた。マイクロソフトはこのアプリに月額 10 ドルの課金を開始した。1 年も経たない内に年間売上が 1 億ドルを突破した。この部門の独立性が功を奏したのである。
しかし、ギットハブ・コパイロットにネガティブな反応を示す者も少なくなかった。多くのプログラマーたちが掲示板等にさまざまな不満を投稿していた。このようなテクノロジーは自分たちの仕事を奪うかもしれない、サイバーテロリストに力を与えるかもしれない、等々である。また、誰かが自動補完(オートコンプリート)されたコードをデプロイする前に見直すことを怠るか、不具合を見落とせば、混乱を引き起こすかもしれないという不満もあった。AI 開発の先駆者たちを含む著名な学識経験者たちは、2014 年の故スティーヴン・ホーキング( Stephen Hawking )博士の宣言を引き合いに出した。それは、「完全な AI が人類の終わりを告げるかもしれない。」というものである。
ギットハブ・コパイロットのユーザーが、これほど多くの破滅的な可能性を見出していることは、ギットハブやオープン AI の幹部たちにとっては驚きであった。同時に幹部たちが気づいたのは、このツールを使えば使うほど、その能力と限界についての理解がより深まるということである。「しばらく使っていると、このツールについて、何が得意で何が不得意かということが直感的にわかってくる。」と、フリードマンは言った。「使っている内に正しい使い方が分かるようになる」。
マイクロソフトの経営陣は、AI の開発を今後も推し進めていくべきとの結論に達した。それに注力し、あらゆる責任を負うべきと考えていた。スコットは「 AI コパイロットの時代( The Era of the AI Copilot )」というタイトルの付いたメモを書き始めた。それは、2023 年初めに同社の技術畑の管理職全員に送信された。そこに記されていたのは、マイクロソフトが AI というテクノロジーを世界に説明するための強力なツールを手にしたことは非常に意義深いということであった。「コパイロットは、コパイトット(副操縦士)という名が示す通りの役割を果たすものであり、困難なタスクを成し遂げようとするユーザーを専門的見地から手助けし・・・(中略)・・・ユーザーがこのツールの能力の限界を理解する手助けをする」。
ChatGPT は、多くの人が AI を使うきっかけとなったわけで、歴史上最も急速に成長する消費者向けアプリケーションとなる可能性があった。とはいえ、それはあくまで可能性であって、まだリリースされたばかりである。しかし、スコットは、これから何が起こるかを見通せている。自然言語を介した AI と人間とのやりとりが可能になり、誰もが(プログラミングを全く知らない人々を含む)、自分の欲することを言うだけでコンピュータのプログラムをコーディングできるようになるのである。これこそ、彼が追い求めていた公平な競争の場( the level playing field )である。オープン AI の共同設立者の 1 人がツイートしたように、「最も人気があり最新のプログラミング言語は英語である」。
スコットはメモに書いていた、「自分のキャリアの中で、自分の専門分野でこれほど大きな変化を経験したことは無かった。何が可能で何を為すべきかを再考しなければならない。再考する機会があるということを、非常にエキサイティングであると捉えるべきである。」と。次なる課題は、出来上がった素晴らしい製品であるギットハブ・コパイロットをいかにして利益に繋げるかということであった。それで、マイクロソフトの最も人気のあるソフトウェアに組み込むことが決定された。コパイロットの基幹部分は、オープン AI が新規に開発したものである。ネット上に公開されている膨大なデータを取り込んで学習して構築された巨大な大規模言語モデルである。1 兆 7000 億ものパラメータを学習したとされており、それはこれまでに作られたどの大規模言語モデルと比べても 10 倍以上である。当然、もっとも革新的である。オープン AI は、それを GPT-4 と名付けた。