8.
オープン AI の取締役会のメンバーの一部は、アルトマンが一貫して正直ではないと感じていた。たとえば、この秋初めに彼は取締役の 1 人であるジョージタウン大学安全保障・新技術センター( the Center for Security and Emerging Technology, at Georgetown University )所長のヘレン・トナー( Helen Toner )と対立していた。理由は、彼女がオープン AI に批判的な論文を共同執筆していたことにあった。その論文では、「オープン AI は AI の成長にのみ焦点を当てすぎて安全性を過小評価している。」との不満が示されていたからである。トナーは自らを弁護すべく反論した。しかし、後に、彼女はこの論文がどのように受け止められるかを十分に理解していなかったとして取締役会で謝罪することとなった。アルトマンは、トナーを解任すべく動き出した。他の取締役会メンバー数人に個別にトナーの後任にならないかと相談していた。相談された取締役たちは、それぞれが相談された内容を比較して確認したところ、アルトマンが意図的に虚偽の説明をしているように感じられた。彼はトナー以外の取締役メンバーはすべてトナーの解任を支持していると説明していたのだが、それは事実ではなかった(少なくともその時点では)。「彼は他の人の考えについて虚偽の説明をした上で、互いに争わせていた。」と、同社の取締役会の内情に詳しい関係者は私に語った。「実はそのようなことが何年も続いていた」。なお、アルトマンの近しい関係者の 1 人によれば、アルトマンが取締役会メンバーの 1 人を解任させようとした際の行動が不器用であったことを認めているが、彼は決して取締役会を操作しようとしたわけではないという。
アルトマンは、狡猾で好戦的で争いを恐れない人物として知られている。それが、過去にはオープン AI の発展にうまく役立っていた。実際、そのおかげで 2018 年に同社の初期の取締役会メンバーだったイーロン・マスク( Elon Musk )による組織を乗っ取るための買収を阻止できた。アルトマンは情報をコントロールする能力に非常に長けている。ときには公然と、ときには秘密裏に情報を操る。その能力を駆使して、さまざまなスタートアップ企業に投資して互いに競争させて、ベンチャー投資家( venture capitalists )を魅了してきた。彼の戦術的手腕は非常に恐れられていた。それで、取締役会のメンバー 4 人、トナーとディアンジェロとサツキーヴァ、ターシャ・マッコーリー( Tasha McCauley )が彼の解任について議論し始めた時、アルトマンに動きを悟られないようにすることを決めた。「アルトマンがその動きを知ったら、すぐに取締役会を弱体化させるためなら何でもすることは明らかだった。」と、4 人に近しい関係者は語った。
不満を抱いていた取締役会メンバーが感じていたのは、オープン AI の使命は AI が危険なものになりすぎることを警戒することにこそあり、アルトマンがいる限りこの義務を遂行することはできないということであった。4 人に近しい別の関係者は、「当社には、全人類に確実に利益をもたらす AI を提供するという使命もある。しかし、信頼できて責任を果たせる CEO がいなければ、それを達成することはできない。」と語った。しかし、アルトマンの見立ては違った。彼の側近のある人物によれば、彼は同社の取締役会では非常に健全に議論が行われていたと認識していたという。しかし、同時に認識していたのは、一部の取締役会メンバーがビジネス規範を理解しておらず、自らの職務の重圧に怯んでいるということであった。この人物は、「汎用人口知能( AGI )の開発を進めていたわけだが、完成が近づくに連れて彼らの重圧は極限にまで高まっていた。」と語った。
取締役会のメンバーが知覚を持った AI の出現を恐れていたのか、それともアルトマンの暴走を恐れていたのか、それを知ることはできない。いずれにせよ、彼らは敢然と闘うことを決意したのである。彼らはアルトマンを解任する手続きに着手した。彼らは、マイクロソフトが彼らの蜂起に呼応すると信じていた。残念ながら、それは誤った認識だった。
ナデラがアルトマンの解任を知ってスコットや他の幹部たちをテレビ会議に招集した直後、マイクロソフトはプラン A の実行を開始した。それは、取締役会がこれほど衝動的な決定をした理由を突き止めつつ、ムラティを暫定 CEO としてサポートすることで状況を安定させることだった。ナデラは、「マイクロソフトは、この次の時代の AI を顧客に提供するために、引き続きミラ・ムラティ CEO とオープン AI を支援していく。」という声明を発表することを承認していた。個人の X アカウントとリンクトインアカウントでも同様の意見を述べていた。彼はムラティと頻繁に連絡を取り合って、オープン AI の取締役会の内情を常に把握し続けた。
しかし、ムラティから得られる情報はそれほど多くなかった。アルトマン解任の前夜にオープン AI の取締役会メンバーはムラティにその旨を通知していた。その際、彼女はそれを口外しないことを約束させられていたのである。取締役会メンバーは、彼女が口外しないことに同意したので、彼女が解任を支持している、あるいは彼らと争う意志を持っていないと解釈した。また、多くの従業員も解任に反対しないだろうと想定していた。彼らは完全に状況を読み間違っていたのである。オープン AI の社内では、取締役会メンバーに対する不満の声が高まっていった。ムラティや他のオープン AI の経営幹部たちが不満を表明していたし、一部の従業員の中には、取締役会メンバーの行動をクーデターとみなす者もいた。オープン AI の従業員は取締役会メンバーに質問を送ったが、全く反応は無かった。取締役会の内情に詳しい 2 人の関係者によれば、取締役会メンバーは機密保持条項の制約により沈黙を貫くしかなかったのだという。さらに、アルトマンの解任が世界的なニュースになってしまったことで、取締役会メンバーはその状況に圧倒されてしまい、マイクロソフトを含め、外部と関わることに限界を感じていたのだという。
解任の翌日、オープン AI の最高執行責任者( COO )であるブラッド・ライトキャップ( Brad Lightcap )は全社にメモを送った。そこには、「取締役会の決定は、不正行為や会社の財務、安全性の慣行に関連して行われたものではない。」と、記されていた。「これはサム・アルトマンと取締役会の間のコミュニケーションの齟齬によるものである」。しかし、当初取締役会メンバーはアルトマンを一貫して率直なコミュニケーションをとっていないとして非難していたわけだが、それについての具体的な説明を求められるたびに口を閉ざした。アルトマンがトナーと対立していたことについての言及も避けていた。
マイクロソフトの経営陣は、この顛末をばかげたできごとだと捉えていた。この時点で、オープン AI の価値は約 800 億ドルだったと伝えられている。同社取締役の 1 人は私に語った、「オープン AI の取締役会メンバーは意思決定を下すたびに、不可解なことに考えられる限り最悪の選択をしているようにしか見えなかった。会社自体を崩壊させることが目的ではないかと疑われる状況だった。」と。グレッグ・ブロックマン( Greg Brockman )に追随して多くのオープン AI の従業員が辞職を表明した。しかし、それでも取締役会メンバーは沈黙を保った。
プラン A は明らかに失敗だった。そこでマイクロソフトの経営陣はプラン B にスイッチした(プラン B は、オープン AI に約束しながらまだ引き渡していない数十億ドルを含む自社の大きな影響力を行使し、アルトマンを CEO に再任させ、取締役会メンバーを入れ替えるというもの)。ナデラは、アルトマンを CEO に復帰させる方法についてムラティと協議し始めた。その協議をしている頃には、クリケットのワールドカップ( the Cricket World Cup )が開催されていた。ナデラはオーストラリアとの決勝戦に進出したインドチームの熱狂的ファンだった。決勝戦では、インドのスーパースターのヴィラット・コーリ( Virat Kohli )が記録的なラン数を記録し気を吐いていた。ナディアはときどき途中経過を確認し、仕事を忘れ緊張を解くこともあった。(ナデラの同僚の多くは、クリケットの用語が全くわからないため、ナデラが何を言っているのかさっぱり分からなかった。)
アルトマンの解任を巡る騒動はさらに大きくなった。IT 関連報道記者のカラ・スウィッシャー( Kara Swisher )は、「 @OpenAI の馬鹿さ加減はとてつもなく壮大だ( This idiocy at @OpenAI is pretty epic )。」とか、「取締役会メンバーは一貫して間抜けな姿を晒し続けている。」とツイートした。ナデラは取締役会メンバーに質問をし続けていた。取締役会メンバーは今後どのようにするつもりなのか?とか、取締役会メンバーはどうやって従業員の信頼を取り戻すつもりなのか?といったことである。しかし、GPT が壊れてしまった時のように、取締役会メンバーは理解できないような答えしか返せなかった。オープン AI の従業員は反乱を起こすと脅し始めた。ムラティは、マイクロソフトの支援をバックに、オープン AI の一部の幹部とともに、取締役メンバー全員に辞任を要求し始めた。最終的に、彼らの何人かは、後任が受け入れられる人物であると判断できる場合に限り退職すると同意した。彼らが示唆したのは、アルトマンが CEO でなく、また、取締役の身分も与えられないのであれば、彼の復帰を拒まないということであった。
サンクスギビングデー前の日曜日( 11 月 19 日)には、誰もが疲れ果てていた。ケビン・スコット( Kevin Scott )は同僚に、目が覚めると狂気の沙汰がさらに悪化しているのが確実だから、できるだけ眠らないようにしているという冗談を言った。多くの記者たちがオープン AI のオフィスとアルトマンの自宅に張り込んだままだった。オープン AI の取締役会メンバーは、ムラティに秘密裏に相談したいことがあるので単独で話し合いに応じるよう求めた。そこで、彼女が相談されたのは、密かに新しい CEO を探していて、ついにその職を引き受けてくれる者が見つかったということだった。
この時点では、ムラティ、オープン AI のほとんどの従業員、そしてマイクロソフトの関係者は、最後の藁を掴むしか手が無かった。つまり、プラン C が開始されたのである。日曜日( 11 月 19 日)の夜、ナデラはアルトマンとブロックマンに、マイクロソフト社内に新たに立ち上げる AI 開発部門を統括する職に就くよう正式に依頼した。必要なだけ資金を使う権限とあらゆることを自由に決める権限が与えられるという条件だった。2 人はそれを受け入れた。マイクロソフトは、この部門に加わると想定される数百人のオープン AI の従業員のためのオフィスの準備を開始した。ムラティと何人かの同僚は、オープン AI の取締役会メンバーに送る公開書簡を作成した。そこには、「私たちは、能力、判断力、当社の使命と従業員への配慮が欠けている者たちと一緒に働くことはできない。」との記述があった。その書簡に署名する者は、取締役会メンバー全員が辞任し、アルトマンとブロックマンが復帰しない限り、全員が退職し、新たに立ち上げられると発表されたマイクロソフトの子会社に移るとコミットすることになる。数時間以内に、ほぼすべてのオープン AI の従業員がこの書簡に署名した。スコットは、X で次のようなツイートをした。「オープン AI で共に働く親愛なるパートナーの皆様へ:私たちはあなたがたの請願を拝見し、マイクロソフトが新たに立ち上げる AI リサーチ・ラボ( AI Research Lab )でサム・アルトマンと一緒に働きたいというあなたたちの要望を快く受け入れます。認識していただきたいのは、あなたがたはマイクロソフトで重要な役割を与えられ、それに見合った報酬を受け取るということです。崇高な使命を果たすべく皆で力を合わせましょう」。(スコットの X でツイートするといういささか刺激的な提案方法は、テクノロジー業界の誰もが不快と感じるものでしかなかった。すぐに彼は同僚に次のようにメッセージを送った。「今朝、私はかつて無いほど業務に関連して注目を浴びてしまった。悪い意味でだ。ツイッター上では、クソ野郎呼ばわりされているよ。―― まあ、クソ野郎で結構さ。そんなことは百も承知なんだ」。)
プラン C (アルトマンと最も優秀な彼の同僚たちを雇い入れ、マイクロソフト社内に実質的にオープン AI を再設立するというもの)とオープン AI の社員のほとんどが退職するという脅しは、効果絶大だった。オープン AI の取締役会メンバーは折れるしかなかった。サンクスギビングデーの 2 日前( 11 月 21 日)、オープン AI は、アルトマンが CEO に復帰すると発表した。ディアンジェロを除く取締役メンバー全員が辞任し、より著名な人物が代わりに加わる予定であることも発表された。フェイスブックの前 CTO (最高技術責任者)でツイッター会長のブレット・テイラー( Bret Taylor )や元財務長官のラリー・サマーズ( Larry Summers )などである。同社の企業統治にはさらなる変更が加えられ、オープン AI の企業構造の再編も検討されるだろう。オープン AI の経営幹部は、CEO としてのアルトマンの過去の言動を含め、何が起こったのかについて独立した調査を行うことに同意した。
プラン C は想定していた通りの結果をもたらした。プラン C に着手後、マイクロソフトの経営陣は現在の状況が望みうる最良の結果であったと結論付けている。オープン AI の多くのスタッフをマイクロソフトに移すことは、費用がかかるし、訴訟で時間を無駄にする可能性があるし、政府が介入する可能性すらあった。新しい体制の下で、マイクロソフトはオープン AI の取締役会に議決権のないオブザーバーとして迎えられることとなった。それによって、規制当局の監視を受けることなく、より大きな影響力を行使できるようになった。
実際、この茶番劇の結末はマイクロソフトの大勝利であり、AI 開発に取り組む同社の姿勢が強く支持されたものとみなされている。あるマイクロソフトの経営幹部は私に言った、「サム・アルトマンとグレッグ・スコットは非常に有能な経営者だ。彼らはどこに行くこともできた。しかし、彼らはマイクロソフトを選んだ。また、オープン AI の社員全員が、4 年前に設立されたばかりのオープン AI に夢を持って移ってきた者たちだが、マイクロソフトに移ろうとした。これは、私たちが開発したした AI が優れていることと、当社の取り組み方法が間違っていないことを彼らが認識していることを示すものである。彼らは皆、ここが自分たちの仕事を続けるのに最適な場所であり、最も安全な場所であることを知っている。」と。
一方、解任された取締役会メンバーたちは自分たちの行動は誤っていなかったと主張している。「完全かつ独立した調査が行われることを希望する。アルトマンに追随するだけの者を多数取締役会に加えるのではなく、必要であれば彼に立ち向かうことができる人物を新たに加えるべきである。」と、彼らに近しい関係者の 1 人は私に言った。また、トナーは私に言った、「アルトマンはとても活動的で、説得力があり、何でも自分の思い通りに進めることに長けている。そして今、彼に人々の注目が集まっていて、当然、調査が行われるだろう。取締役会が最も重視していたのは、オープン AI が使命に対する義務をいかにして果たすかということだけである。」(アルトマンが側近に語ったところによると、彼は独立した調査が行われることを歓迎しているという。今回の騒動がなぜ起こったのかを知り、それを防ぐために別の方法で何ができたのかを理解する一助になるからだという。)
AI 研究者の中には、この結果に特に満足していない者もいる。ハギング・フェイス( Hugging Face:機械学習アプリケーションを作成するためのツールを開発しているアメリカ企業)の倫理科学責任者のマーガレット ミッチェル( Margaret Mitchell )は私に言った、「オープン AI がアルトマンを解任した時、取締役会メンバーは全く正しい仕事をしたのだ。彼が復帰したことで、新しい取締役会から活発な議論は消えるだろう。社内で声を上げる人はますます減るだろう。なぜなら、そんなことをしたら解雇される可能性があると感じられるからである。そうして、経営幹部がこれまでよりもより無責任に行動することになる」。
CEO に復帰したアルトマンも、自分には非がないと認識している。「私たちは、適切なガバナンス体制を維持し、取締役会メンバーが一丸となって、今回の件について独立した調査を行う予定である。私はそれを非常に楽しみにしている。」と、彼は私に言った。「私はみんながここでさらに前進して幸せになって欲しいと願っている。当社の使命を果たすべく邁進するだけである」。