The Lessons of Pandemic Inflation
新型コロナによるインフレから学ぶべき教訓
As the inflation rate continues to fall, a new White House study emphasizes the central role that supply-chain disruptions have played in the economy.
インフレ率が下がり続ける中、最新の大統領経済諮問委員会の報告書は、サプライチェーンの混乱がインフレの主因であったと強調している。
y John Cassidy December 5, 2023
健全な経済成長が続きインフレ率が低下しているにもかかわらず、なぜアメリカの景気は良くならないのか?エコノミストや識者がさんざん議論を続けているが、インフレ率は着実に低下し続けている。先週の商務省( the Commerce Department )の発表によると、連邦準備制度理事会( FRB )が最も注視する指標であるPCEデフレーター(個人消費の物価動向を示す指標、名目 PCE を実質 PCE で割ったもの)を見ると、2022 年 10 月から 2023 年 10 月までの消費者物価の上昇率はわずか 3% だった。 FRB の目標値である 2% には遠く及ばない値である。しかし、ガソリンや中古車など一部の品目では、価格の上昇率が低いどころか下落に転じている。
通常、物価上昇について異なるさまざまな尺度を参考にすると、話が複雑になり分かりにくくなる。私には全く理由が分からないのだが、多くのエコノミストは、エネルギーと食品価格を除いたコア・インフレ率を最も重視している。商務省が発表したコア個人消費支出( PCE )価格指数を見ると、コア・インフレ率は 3.5% と依然として高止まりしている。しかし、 8 月から 10 月までの 3 カ月間のインフレ率は年率換算でわずか 2.2 % である。経済調査コンサルタント会社のパンテオン・マクロエコノミクス( Pantheon Macroeconomics )は顧客向けの書簡で、「現在、短期的な物価上昇率は、ほぼ目標付近にあって落ち着いている。」と指摘している。
2021 年と 2022 年にインフレ率が急上昇した際には本当に大騒ぎだった。そのことを考慮すると、今年はそれが急激に下落しているのに、意外にもこのことがそれほど歓迎されていない。総合インフレ率が 9.1 % を記録した昨年 6 月以降、物価上昇度合いを示すあらゆる指数が劇的に低下している。そして、直近の数値も下落していることで、インフレタカ派( Inflation hawks )たちの中にも、見通しを楽観視する者が出てきた。ハーバード大学のエコノミストのジェイソン・ファーマン( Jason Furman )は、PCE デフレーターが発表された後、 X (旧ツイッター)で、「私は他のエコノミストより慎重な立場であるが、アメリカ経済がソフトランディングする確率が高いと認識している。」と書き込んだ。一方、元 FRB のシニアエコノミストで、2021 年のアメリカ救済計画法( the American Rescue Plan of 2021 )を精力的に擁護してきたクラウディア・サーム( Claudia Sahm )は、これまで 1.9 兆ドル規模の救済法がインフレの元凶であったとしてインフレタカ派からさんざん非難されてきた。しかし、インフレ率が落ち着いてきたことでホッとしているようである。彼女は、サブスタック( Substack:アメリカ発のサブスクリプション形式で使えるコンテンツ配信オンラインプラットフォーム)に 「 I was right (私は正しかった) 」というタイトルで投稿をした。
インフレ率が多くのエコノミストや FRB の予想以上に急速に低下した。また、金利上昇にもかかわらず雇用と国内総生産が継続的に拡大している。それは数字を見れば明らかで、厳然とした事実である。昨年 6 月に、ハーバード大学のエコノミストのローレンス・サマーズ( Lawrence Summers:元財務長官、民主党指示、インフレタカ派で有名)は、「インフレを抑制するためには、 5% 以上の失業率が 5 年間続く必要がある。あるいは、 7.5 % の失業率が 2 年間続くか、 6% の失業率が 5 年間続くか、 10% の失業率が 1 年間続く必要がある。」と言っていた。現実には、失業率が 21 カ月にわたって 4% を下回わっている( 1960 年代以来の低水準)にもかかわらず、インフレ率が低下しているのだ。インフレ脱却のためには景気後退が必要だという主張は、まったくの誤りであることが判明している。
なぜインフレタカ派の予測が外れたのだろうか?理由の 1 つは、インフレタカ派がインフレ率は主として総需要( over-all demand )によって決まるという教科書的モデルに依存していたことにある。そのモデルでは、需要は失業率や GDP で示されるため、インフレ率を抑えようとすると、雇用と生産をある程度犠牲にする必要が出てくる。ちなみに、インフレ率変更費用は、犠牲率( sacrifice ratio :インフレ率を 1% 下げるのに年間実質GDPが何 % 失われなければならないかを示す数値)によって表される。大統領経済諮問委員会( the White House’s Council of Economic Advisers:略号CEA )の最新の報告書には、このアプローチを過去10年の実際の景気動向に当てはめた場合の欠点が例示されている。
CEA は、過去 10 年間のインフレ動向を説明するために、1 つの統計モデルを使用した。そのモデルには、過去のインフレ率、予想インフレ率、輸入物価指数、労働市場の需給逼迫の程度等の指数が組み込まれている。先週の CEA の報告書には次のような記述があった。「この統計モデルを使って近年の PCE (個人消費支出)コアインフレ率を分析したところ、 2021 年、 2022 年、 2023 年の急激なインフレについては、まったく説明がつかなかった。このことが示唆しているのは、新型コロナのパンデミック後のインフレ率の上下動を説明することは、この統計モデルに組み込まれた変数だけでは無理だということである」。
この統計モデルに欠けている変数は何か?明白に欠けていると思われるものが 2 つある。それは、新型コロナのパンデミックと、それによってもたらされたグローバル・サプライチェーンの崩壊である。この 2 つの欠落を補うため、 CEA はニューヨーク連銀が開発したサプライチェーンの混乱に関する新たな経済指標を追加している。グローバル・サプライチェーン圧力指数(略号:GSCPI 、輸送費、航空運賃など27の変数を基に算出)である ( 2020年と2021年には、一部の輸送費は4倍以上に跳ね上がった。過去1年ほどの間に、ほぼ新型コロナパンデミック前の水準まで下がった )。グローバル・サプライチェーン圧力指数を変数に加えることで、 CEA の統計モデルはインフレ率の急上昇をより詳しく分析し解明できるようになった。また、分析結果を掘り下げて分かったのは、グローバル・サプライチェーン圧力指数の動きは、他のどの要因よりもインフレ率の急上昇を正確に説明できるということである。つまるところ、このことが示唆しているのは、急激なインフレ率上昇とその後の急落の主要因はサプライチェーンの崩壊であったということである。
CEA の報告書の内容は、サプライチェーンの崩壊にすべての責任をおっかぶせるものではなかった。その報告書には、「サプライチェーンの崩壊は、インフレ率を押し上げた唯一の要因ではなかった。」との記述がある。その報告書は、旺盛な需要(失業率の低さがそれを証明している)が、新型コロナパンデミックによってアメリカ経済のさまざまな部分にもたらされたインフレの歪みをさらに増幅したことを指摘している。サプライチェーンの混乱は、需要が低迷している時よりも、需要が旺盛な時に発生した方が、よりインフレを引き起こしやすい。このことは直感的に理解できる。ある物品(たとえば新車)が供給不足の時、それを買い求める顧客が列をなしている場合には、その物品やそれに似た代替品(中古車)の価格は急騰する可能性が高い。それと同じ現象が、ここ数年間にアメリカのいたるところで起こっていたのである。
さて、そうした状況を踏まえて、今後のインフレ政策はどのようになっていくのだろうか。論争が続いており、さまざまな主張があることは認識しておかなければならない。 CEA の報告書は、インフレハト派( inflation doves )の主張をおおむね正当化しているようである。インフハト派は、雇用の安定を重視する立場から金融緩和を指向し、利上げには極めて消極的である。彼らは、過渡的派( Team Transitory )と呼ばれることもある。というのは、彼らはもともと、インフレ率上昇は新型コロナパンデミックによる一時的(過渡的)なものだと主張していたからである。また、 CEA の報告書は、 2021 年 7 月にバイデン政権がサプライチェーン混乱タスクフォース( Supply Chain Disruptions Task Force )の設置を決定し、港湾の混乱の解消と物流正常化に尽力したことも非常に評価しているようである。確かに、インフレはインフレハト派やバイデン政権が予想した以上に長引いてしまった。しかし、彼らが主張していたことは、今回のインフレの原因のほとんどは新型コロナパンデミック関連の混乱にあるとするものであったが、あながち間違いではなく正しいものと思われる。また、インフレ率の上昇が世界的な現象であったという事実も考慮すると、やはりこの主張は正しいと言わざるを得ない。実際、アメリカほどの景気刺激策を実施しなかった国々でも物価が急上昇していた。もしインフレ率急上昇の主因が大型財政出動であるとするならば、そうはならなかったはずである。
ここで注意しなければならないのは、インフレタカ派の主張も決して間違っていなかったということである。彼らが警告していたのは、拡張的金融政策(量的金融緩和)と財政支出拡大政策をセットで実施することはインフレを著しく悪化させるということである。それは、まったく的外れなわけではないし、まさしく真実である。この政策セットは、 2021 年から 2022 年初頭にかけて実際に実施された。 FRB が利上げを開始する前のことである。「その期間には旺盛な需要とサプライチェーンの崩壊が相まって、著しく物価上昇圧力が高まった。」と、 CEA の報告書には記されている。「新型コロナパンデミック下でのインフレ率急上昇の経緯を説明するためは、需要面と供給面の両方からの分析が必要である」。
将来、再び新型コロナのような感染症が蔓延することがあるかもしれない。その際に政策立案者は今回得た教訓を活かすべきである。しかし、ここでより大きな教訓を思い起こす必要もある。それは、新型コロナによる急激なインフレは 1970 年代のインフレの再来とはならなかったということである。そう、昨年一部の心配性で人騒がせな者たちが警告していたような事態には陥らなかったのである。足元の数字を見ても、インフレ率は落ち着いている。過度に心配する必要はどこにも無いのである。 CEA の報告書にあった文言をここでもう一度引用したい。「インフレは着実に緩和されつつあり、労働市場は依然として堅調を維持している」。こうした傾向が2024年まで続けば、いずれそれが世論調査にも反映されるはずである。♦
以上
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