昆虫の黙示録(insect apocalypse)って何?毛虫の研究が暗示する多くの昆虫に迫る絶滅の危機!

9.博物館での昆虫の展示

 会議の2日目には、安全ベストとヘルメットを着用し、皆がコロンブスアベニュー(Columbus Avenue)に建設中の博物館の新棟に向かいました。今年後半にオープンする予定のこの建物には、ソロモン・ファミリー昆虫館(Solomon Family Insectarium)が入ります。生きたゴキブリ(cockroaches)やカブトムシ(beetles)、葉刈りアリ(leaf-cutter ants)などが展示される予定です。そこに向かって歩いている際に、私はモザンビークのゴロンゴサ国立公園で働く昆虫学者のピョートル・ナスクレッキ(Piotr Naskrecki)と話をしました。彼は、博士課程にいた時にワグナーの指導を受けたことがあります。

 「デイブ(ワグナーのこと)は私にとってヒーローでした。今でも私は刺激を受け続けています。」と、ナスクレッキは言いました。「彼は、私が取り組んでいることが重要だという信念を、再認識させてくれる力を持っています。その1つの例は、私が博士号を取得するための研究をしていた時のことです。私は、サイドプロジェクトで、ハチドリ(hummingbird )の鼻孔で棲息するハチドリ花ダニ(hummingbird flower mites)の系統発生に関する研究に取り組んでいました。私はその研究の結果をデイブに見せました。その時、私が思っていたのは、デイブに『サイドプロジェクトなんかに時間を費やさずに、本筋の研究に集中しろ!』と言ってもらいたかったんです。しかし、彼はそんなことは言いませんでした。彼は、『この研究結果は素晴らしい!』と言ったんです。」

 土曜日だったのですが、私たちが到着した時、昆虫館は工事関係者でごった返していました。床から巨大な金属製の花がいくつも立ち上がり、天井からは合成樹脂製に見える20フィート(約6メートル)もある琥珀色のハニカム(honeycomb:蜂の巣)が1つぶら下がっていました。この場所は明らかに、子供たち(とその同伴者)に喜びと驚きを与えるべく設計されていました。同時に、壁などに掲示したある内容を見たところ、この道の専門家のための施設であることも分かりました。「昆虫は全世界で減少していると推測されます。しかし、その原因はまだ解明されていません。」と、新しく作られたプラカードには書かれていました。

 偶然にも、この博物館では昆虫に関する一時的な展示が行われていました。展示されていたのはすべて写真でした。いずれの写真も、同館が所蔵している昆虫の標本を極度にクローズアップしたものでした。同館は膨大な昆虫コレクションを収蔵しているわけですが、その中から、絶滅の危機に瀕している種や既に絶滅した種を中心に写真を撮ったようでした。そうすることで、地球上の多くの昆虫が危機に瀕していることを強調しているようでした。会議では休憩時間が何回かあったので、私はその展示をぶらぶらと見て回ってみましたが、その展示を見ている人は、多くありませんでした。博物館の他の場所に人が結構いたのとは対照的でした。2人の少年が、昆虫をクローズアップした写真をさらに拡大するためにディスプレイ・モニターのダイヤルを調整していました。2人の内のどちらかが、虫のケツの穴(butthole)が見たいと言っていました。それが私にも聞こえたのですが、少年たちの両親にも聞こえたようで、気まずそうに顔を見合わせていました。

 ナミハナアブ(hourglass drone fly)をクローズアップで撮った写真が1枚あったのですが、ドーベルマン(Doberman)ほどの大きさに拡大されていました。その写真を見ると、ナミハナアブの2つの複眼のレンズがくっきりと見え、頭頂部にある3つの単眼(ocelli)も見ることができました。ナミハナアブはそれらの眼を使って空間の中で自分の位置を確認していると考えられています。その写真の解説文には、「ナミハナアブは、かつて北アメリカ北部の大部分で見られました。しかし、現在ではほとんど姿を消してしまいました。」と書かれていました。

 展示されていた写真の中には、サンホアキンバレー・オオミダスバエ(San Joaquin Valley giant flower-loving fly)のものもありました。その横顔を捉えた写真だったのですが、長くて先のとがった鼻が拳銃を入れるホルスターのような形をして垂れ下がっていました。サンホアキンバレー・オオミダスバエは、絶滅したと考えられていたのですが、1990年代に2カ所で久方ぶりに生息が確認されました。しかし、2006年にはその内の1カ所では、開発によって生息が確認できなくなりました。現在、生息数は数百匹ほどしかないと推測されています。カリフォルニア州ベーカーズフィールド(Bakersfield)東部に1つの砂丘にいるだけだと推測されています。

 後ろ足を伸ばすとスキーのストックのように見えるロッキーマウンテントビバッタ(Rocky Mountain locust)の写真もありました。かつてロッキーマウンテントビバッタは、無数にいました。時に、大量に発生して、大群を作るので、太陽を遮るほどに感じられることもありました。特に1875年には大量に発生したことが知られていて、大群は約20万平方マイルに跨がり、個体数は3兆個と推定されています。その30年後に、ロッキーマウンテントビバッタは絶滅しました。この数兆個がゼロになってしまったという話は、実は他にもありました。20世紀初頭にリョコウバト(passenger pigeon)も同じ様に姿を消してしまいました。ロッキーマウンテントビバッタが絶滅した理由は、誰にも分かりません。推測でしかありませんが、その原因はおそらく農業にあったと思われます。「多くの入植者が西部の元々は先住民が住んでいる土地に勝手に入って住むようになりました。入植者たちはロッキーマウンテントビバッタの棲家となっていた場所を開墾して田畑や牧場に変えてしてしまいました。」と、その写真に添えられた解説文には書かれていまいた。

 全部で昆虫の写真が40枚展示されていました。そのすべてが成虫の写真でした。私が何となく感じたのは、幼虫の写真が全く無いのはなんでなんだろうということでした。