昆虫の黙示録(insect apocalypse)って何?毛虫の研究が暗示する多くの昆虫に迫る絶滅の危機!

Annals of Science March 20, 2023 Issue

The Little-Known World of Caterpillars
あまり知られていない毛虫の世界

An entomologist races to find them before they disappear.
昆虫学者は、新種の発見にしのぎを削っています。が、この瞬間にも多くの種が絶滅の危機に瀕しています。

By Elizabeth Kolbert March 13, 2023

1.昆虫学者デビッド・ワグナー(David Wagner)

 テキサス州南西部を流れるデビルズ川(Devils River)は、アメリカで最も不毛な地であるチワワ砂漠(Chihuahuan Desert)の端を流れています。デビルズ川へのアクセスは限られています。その上流に行こうとすると、カヤックを使うか轍の多い未舗装の道路を通るしかありません。数年前、デビッド・ワグナー(David Wagner)は、その道を通っていた際に、ある低木に目を留めました。その低木は、彼にとって大きな可能性を秘めているように見えました。

 ワグナーはコネチカット大学(University of Connecticut)で教鞭をとる昆虫学者です。彼は銀髪を短く刈り上げていて顎は角張っています。バック・ターギッドソン将軍(訳者注:映画「博士の異常な愛情」の登場人物)を演じるジョージ・C・スコット(George C. Scott:俳優)に似ているところがあります。お気に入りのレストランがある人は、そこに何度も通いたくなるでしょう。また、美しい景色に感動した記憶のある人はそこへ再び行きたくなるものです。同様にワグナーは、その低木を覚えていて、何度も足を運んでいます。彼にはデビルズ川沿いに家を持つ友人が何人かいるのですが、彼らを訪ねるたびに、その低木に立ち寄って調査をしています。しかし、これまでは特に何も発見できませんでした。この10月に、私は彼と一緒に車を走らせていたのですが、彼はまたしてもその低木に寄って調査をしだしました。彼は、白いビニールシートを地面に敷き、棒でその低木を叩いて、付着しているものを下に落としていました。

 「オォ!信じられない!」と彼は叫びました。私も暇つぶしに近くにあった草や木を棒で叩いていたのですが、ワグナーが手を差し出してきました。彼の手のひらには4分の3インチ(0.6センチ)ほどの毛虫が1匹のたうちまわっていました。ちょっと見た感じでは、茶色がかった普通の毛虫にしか見えませんでした。しかし、ルーペで見てみると、体表全体に黄色と赤の斑点が並んでいて、それが派手な縞模様のように見えて、背中には黒い角のような突起が2本出ているのが分かりました。ワグナーは、じっくりとその毛虫に関する分類学的な考察を重ねて、それがウルシア・フルティバ(Ursia furtiva)という非常に珍しいガの幼虫(毛虫)であることを確信しました。

 「過去には誰も見たことがないんだよ。」と彼は私に言いました。思うに、ワグナーが初めてウルシア・フルティバの毛虫を見た人物であるとするならば、私は2番目にそれを目にした人物ということになります。いや、これってちょっと凄いことじゃない!

 鱗翅目(epidoptera:簡単に言うとガやチョウのこと)の幼虫が毛虫です。甲虫(カブトムシなど前翅のかたい昆虫)やハエ等も同様ですが、成虫になる前の段階でいったん幼虫になります。自然が好きな人で昆虫好きな人でも、幼虫を嫌いな人はたくさんいます。チョウの愛好家が10人いたとしたら、おそらく毛虫の愛好家はほぼ0人でしょう。その理由は、多くの人にとって明白でしょう。あの見た目は、誰もが好きになれるものではありません。また、毛虫がリンゴの木に湧いたりして悪さをすることも好きになれない理由です。

 ワグナーは毛虫を専門に研究しています。いや、毛虫の虜になっていると言った方が正確かもしれません。あまりにも毛虫が好きなことが原因で、彼は未だに独身です。おそらく、彼はアメリカの毛虫についてこの国で誰よりも知っているでしょう。また、毛虫全般について地球上の誰よりも知っているはずです。彼は旅に出ると、スーツケース一杯の標本を持って帰ってくることもあります。それは決して珍しいことではありません。持ち帰る標本のほとんどはエチルアルコールを注入したものです。しかし、中には生きた状態で小瓶に入れたものもあります。生きながらえるように餌となる葉っぱなども小瓶の中に入れています。

 2005年に出版されたワグナーの著書”Caterpillars of Eastern North America”(未邦訳:北アメリカ東部の毛虫)は、500ページ弱のボリュームがあります。本当に沢山の種の毛虫の生活史(life history)が書かれており、この分野の携帯用図鑑(field guide)の決定版とされています。現在、ワグナーは、さらに野心的なプロジェクトを進めている最中です。既に13年を費やしています。そのプロジェクトの成果は、”Caterpillars of Western North America(北西アメリカの毛虫)”という著書にまとめられて出版される予定です。全4巻となるそうです。

 ワグナーの著書を読むと、彼のこだわりを感じずにはいられません。どんな幼虫も重要である、小さな幼虫も、ふにゃふにゃな幼虫も、目立たない幼虫も重要であるという信念を彼が持っているように感じられるのです。彼は沢山の毛虫の新種を発見して蒐集してきました。その1つ1つが地球の過酷な環境を生き抜いてきたわけですが、それらをつぶさに見ると、人間が学ぶべきことも少なくないように思えます。それぞれがユニークな存在で、しばしば驚くような物語を持っています。

 「もっと読みたいと思ってもらえるように、それぞれの毛虫の説明文を充実した内容にしたいんです。」と彼は言いました。「ページをめくる手が止まらなくなるような本にしたいんです。」