意外?ニューヨークにはバスフィッシング・スポットがいっぱい!わざわざ遠くまで行く必要無くない?

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The Lure of Urban Fishing
アーバン・フィッシングの魅力

A day at Prospect Park Lake with Esther Wang, a local journalist who takes readers into the polluted rivers and murky ponds of New York City, which are home to a surprising number of fish.
地元ジャーナリストのエスター・ワンとプロスペクト・パーク・レイクでの一日。驚くべき数の魚が生息するニューヨーク市の汚染された河川や濁った池に読者をいざないます。

By Eric Lach  July 19, 2023

  昨年、ジャーナリストのエスター・ワン(Esther Wang)は、ローカルニュース動画配信実施局(local news organization)を立ち上げようとしていた知人たちに声をかけられました。それで、2つの条件を付けて参加することに同意しました。1つめの条件は、彼女自身はポッドキャスティングをしないということでした。もう1つは、彼女がその頃夢中になっている趣味についてのコラムを書きたいということでした。その趣味は、ニューヨークの汚染された川や人工の池、運河などで釣りをすることでした。ワンの知人たちは彼女が出した条件を受け入れました。彼らが立ち上げたウェブサイト「Hell Gate(ヘルゲート)」は2022年5月に開設されました。ワンが担当する釣りに関するコラムのコーナー「OnlyFins」も同月に作られました。

 「どういうわけか、知人たちは私にポッドキャストをするよう説得してきたんです。それで、私は断りきれずにポッドキャストもやることに決めたんです。」と、ワンは先日ブルックリンのプロスペクト・パーク・レイクの湖畔で語っていました。ワンは手首のスナップを効かせて、濁った水面にルアーをキャストしました。ルアーは、黒っぽいプラスチック製のワームでした。それが水面にドボンと落ちました。彼女はゆっくりとラインを巻き取り、アタリを待ちました。ニューヨークの5つの行政区すべてで、適切な許可を得れば誰でも釣りをすることができます。特にハドソン・リバー(Hudson River)には沢山の釣り人が訪れます。全米でも有数のシマスズキ(縞鱸:striped-bass)の産卵地です。ボートや桟橋や川に面した道路からロッドを振る人がたくさんいます。ニューヨークの釣り人の多くが、この魚が半年ごとに回遊してくることを知っています。時に50ポンド(約23キロ)もの大物が釣り上げられます。そういえば、この魚のことがタイムズ紙(the Times)で報じられたことがあります。「ニューヨークの水辺をこれほど象徴する魚はいない。」と、記されていました。ニューヨークでは、淡水魚を狙える場所もたくさんあります。ブルックリンに唯一残っている湖であるプロスペクト・パーク・レイク(Prospect Park Lake)には、ブラック・クラッピー(Black crappie)、イエロー・パーチ(yellow perch)、ブルーギル(bluegill)、コイ(carp)などが生息しています。「その湖で5ポンド(2.3キロ)のバスが釣れるという噂を聞いたことがあるでしょう。」と、ワンはロッドを引き上げて、釣り針(hook)に何も付いていないのを確認して渋面で言いました。水面には数匹のカメがゆらゆらと漂いながら、私たちの方を見つめていました。彼女は言いました、「以前、カメが釣り針に喰い付いたことがあるんだけど。もう、本当に最悪だったわ。」と。

 ワンは、電子タバコを一口吸い、再びロッドを振りました。彼女はヘルゲート(Hell Gate)のロゴが付いた野球帽をかぶっていて、黒髪が後ろから突き出ていました。このヘルゲート(Hell Gate)という名前は、1916年にイースト・リバー( East River)に架けられたアーチ型の鉄道橋にちなんだものです。ワンと知人たちは、この橋をニューヨークを象徴するものと見なしています。古く、良く見ると優美に見えなくもなく、莫大な修繕費用を必要としています。ワンらが立ち上げたウェブサイト「ヘルゲート(Hell Gate)」はニューヨークエリアの政治に目を光らせていて、特派員はそのエリアをくまなく回っています。自ら立ち上げた「OnlyFins」というコラムのコーナーの題材を求めて、ワンはニューヨークで年に1度だけ開催される淡水魚の釣りトーナメント大会に参加したり、州当局によって法廷に連行された漁師たちから話を聞いたり、最も汚いゴワナス運河(Gowanus Canal)でキャスティングすることを空想したり、シマスズキ(縞鱸:striped-bass)が驚くほど生息していることを調査したりしました。彼女はバスに関する記事の冒頭に書いていました、「私はここ2、3カ月の間に、通常の1年間に吸う量よりも多くのタバコを吸いました。また、現在はシマスズキ(縞鱸:striped-bass)を釣り上げることに人生を捧げ、暇さえあればブルックリンの海辺の様々な桟橋に出かけています。餌を切り刻んで血まみれになった手で釣り糸と格闘しています。」と。

 ニューヨークに住む人の多くは、身近にいる動物についてのニュース記事に昔から敏感で、かなり興味を持っています。もちろん、ピザラット(pizza rats:訳者注-マンハッタンの地下鉄駅の階段でスライスしたピザを運んでいたネズミの動画がバズったが、そのネズミのこと)、害虫などの話は非常に注目を集めますし、セントラルパークのフクロウ(owls in Central Park)やブロンクス川のイルカ(dolphins in the Bronx River)が話題になり保護すべきだという機運が盛り上がったこともありました。ワンは、コラムでそれらについて記したこともありました。彼女は言いました、「身近な動物の記事は決して最も人気が出るようなことはありません。Hell Gate(ヘルゲート)のいいところは、私たちがジャーナリストとして、特にデジタルニュースサイトでは気にするように教えられてきた、ページビュー数や ユニークユーザー数やクリティカルパスや様々な指標を気にする必要がないことです。」と。Hell Gate(ヘルゲート)は、従業員によって所有されているサイトなわけですが、最安プランでも月額6.99ドル必要なのですが、数千人の有料購読者を獲得しています。また、Craigslistの創設者であるクレイグ・ニューマーク(Craig Newmark)のような少数の裕福な後援者からも支援を受けています。

 ワンは、ブルックリンに住んでいます。40歳です。テキサス州サンアントニオ育ちです。大学卒業後に初めてニューヨークに来ました。マンハッタンのチャイナタウンで、テナント・オーガナイザー(tenant organizer:物件のオーナーや管理会社などと契約し、テナントの入居者を募集する者)をしました。今から約7年前、彼女はジャーナリストに転向しました。中絶、家賃高騰、アジア系アメリカ人のアイデンティティなどをテーマに雑誌「イゼベル(Jezebel)」や「ニューパブリック(The New Republic)」などに記事を寄稿していました。彼女が釣りを始めたのは、パンデミックがきっかけでした。家の外に出て、頭をリフレッシュすることが目的でした。ユーチューブ(YouTube)で釣りをいろはから学びました。すぐに道具を買い揃え始めました。必要なものは財布を気にせず買いました。最初はプロスペクト・パーク・レイクで釣りをしました。それから、他の釣りスポットにも足を伸ばすようになりました。今では少なくとも1日おきに釣りに行っています。彼女は言っていました、「釣りをするのは、難しいことではありません。ぜひ、釣りをしていない人は始めてほしいですね。そしたら、なぜもっと早く始めなかったのかと思うはずですよ。」と。

 キャッツキル山地(Catskills)であろうとブルックリン・クイーンズ・エクスプレスウェイ(the Brooklyn-Queens Expressway)の下など絶好の釣りスポットが方々にあるわけですが、ほとんどの釣り愛好家はそれを教えてくれません。私はワンにブルックリンのどこでシマスズキ(縞鱸:striped-bass)を釣ったのか聞いてみました。しかし、彼女は教えてくれませんでした。ワンは多くの釣り愛好家たちから信頼を得ているようです。そうなったのは、彼女が彼らが期待する社会的規範を受け入れているからでしょう。私と一緒にいる時、彼女は、近づいてくる初老の釣り愛好家に「ハイ、ビル!」と声を掛けました。ビルの釣り歴はかなり長いそうです。ビルは彼女がルアーを2〜3回キャストするのを見ていました。青白い目で彼女のルアーを追っていました。

 ビルは何十年もニューヨークで釣りをしてきました。今はプロスペクト・パーク(Prospect Park)のすぐ南に住んでいます。彼は言いました、「海に行くのは遠すぎるから、ほとんど淡水魚しか釣っていないんだ。バス停でバスに乗らないといけないし、いろいろと厄介なんでね。」と。ワンはスマホを取り出して、最近釣ったシマスズキ(縞鱸:striped-bass)の写真をビルに見せました。二人はプロスペクト・パーク・レイクのことについてあれこれ話し合っていました。つい先日の朝のことですが、ワンはその水辺でたくさん魚の入った袋が捨てられているのを目にしたそうです。ビルは言いました、「ここは密猟者(poachers)が多いんだよ。」と。ビルがプロスペクト・パーク・レイクで釣った最大の魚は6ポンド(2.7キロ)だそうです。ビルはワンの釣り糸を見ながら言いました、「でも、ここにはもっと大物がいるんだよ。コイだよ。30ポンド(13.6キロ)の大物もいるんだよ!」と。

 ビルとワンは、一緒にプロスペクト・パーク・レイクの別の釣りスポットに移動しました。遊歩道沿いのスポットでした。彼女は言いました、「今日は釣果ゼロで残念だわ。」と。彼女はルアーをジグリーワーム(jiggly worm)から、スリングパック(sling pack:斜めがけのカバン)のタックルボックス(tackle box:仕掛けを入れる箱)から取り出したもっと魚っぽいものに変えました。日が落ち始めていました。小さな女の子がワンを覗き込むようにしばらく立ち止まってから、両親に追いつこうと走っていきました。カップルが乗った貸しボートが水面をゆっくりと漂っていました。数羽のアヒルと一羽の白鳥もくつろいでいました。ビルはふらふらと歩き出しました。ワンは、公園のメインのランニングコースが見える木の下で1人の若い男が釣りをしているのを見かけました。その男の釣果はなかなかのものでした。名前はジョー・トーレス(Joe Torres)です。ほど近いフォートグリーン(Fort Greene)にある薬局で働いています。ワンは尋ねました、「どこかでお会いしたことがありますよね?」と。トーレスは答えました、「キセナ湖(Kissena Lake)で釣りをしている時に会った気がします。」と。キセナ湖はクイーンズにあり、大昔には冬になると氷が切り出されて重宝がられていました。トーレスは普段はそこで釣りをしています。彼は言いました、「あそこではいいサイズのバスがたくさん釣れますね。でも、簡単じゃないですけどね。」と。

 ワンとトーレスがシマスズキを釣るアプローチは微妙に違っていました。ワンは大きなルアーを使うのを好みますが、トーレスは比較的小さなルアーを好みます。トーレスはしかめっ面で言いました、「フライフィッシングをする友人がいるんですが、彼は『象はピーナッツを食べる』と言っていたんですよ。シマスズキは、豆粒みたいな大きさのものには何の疑問も抱かないでしょう。それが、近くに来ればパクっと食いつくでしょう。でも、もし大きな光り輝くものが近くに来て、それを見て観察するのに十分な時間があったとしたら、食いつきますかね?」と。ワンは言いました、「それは一理あるわね。」と。

 釣りはジャーナリズムと似ているところもあります。いずれも、まったく成果が得られると感じないまま一日を過ごすことも珍しくありません。ワンは、その日、まだ何も釣れていなかったので、プロスペクト・パーク・レイクの南端にある木々の切れ目の下で、最後の運試しをすることにしました。空はオレンジ色に染まっていました。ハゴロモガラス(red-winged blackbird)がワンに向かって鳴いていました。背後の茂みからざわめきが聞こえてきました。振り向くと、一匹のアライグマ(raccoon)がゆっくりと木に登っていました。そのアライグマは警戒心ゼロでした。ワンはルアーを投げ続けました。彼女に言わせれば、釣りの魅力の1つは、思いがけず街中に残っている自然を肌で感じられることです。地元の報道機関で働くことにも、同じような魅力があります。ワンは、シマスズキに関するコラムに記しています、「この街では急速に平等主義(egalitarianism)が失われつつあると感じざるを得ませんが、シマスズキ釣りでは全てが平等です。フライフィッシングは、エリート主義的な匂いを想起させますし、紳士ぶった者たちがトラウトを狙うイメージです。オオクチバス(largemouth bass)狙いのアングラー(angler)と言うと、グラスファイバー製のボートに気軽に何千ドルもかけることできる人をイメージさせます。シマスズキを狙う釣り愛好家は、そうしたイメージとは縁遠い人たちです。光り輝くピンストライプの体を持つシマスズキは、東海岸のいたるところで釣り愛好家に愛されています。特にニューヨークでは愛されています。ニューヨークでは、春になるとシマスズキの大物を狙って、大勢の釣り愛好家が街はずれの水辺に大量に押し寄せます。」と。

 私はワンに、今日はもう終わりにしようと言いました。彼女はうなずいたものの、ほとんど水面から目を離しませんでした。彼女はまだロッドを振り続けていたので、私は彼女を置いて立ち去りました。その数分後、彼女からメールが来ました。メールには、「信じられないと思うけど。文字通り、たった今!」と記されていて、写真が添付されていました。写っていたのは、背中が緑色の美しい10インチ(25.4センチ)のバスを抱えたワンの姿でした。そのメールには記されていました、「家に帰ろうと自転車に飛び乗ったんだけど、途中で亀のいた辺りに立ち寄って何回かルアーをキャストしてみたのよ。なぜか釣れそうな気配を感じたのよ。」と。彼女は、偶然にもジョニーに出くわしました。ジョニーはプロスペクト・パーク・レイクで毎日のように釣りをしているので、お互いに面識があったのです。ジョニーがワンに言ったのは、前日の夜に彼女が使っていたのと同じ種類のワームルアー(worm lure)を使って、6ポンド(2.7キロ)のバスを釣り上げたということでした。ワンから再びメールの着信がありました。そこには記されていました、「2回目のキャストで、ゆっくりラインを巻き戻してしていたのよ。そしたら、いきなりヒットしたのよ!プロスペクト・パークが私を祝福してくれたんだわ🥺🥺🥺」と。♦