まもなく実現しそう?急ピッチで進むカーボンニュートラルな鉄鋼生産技術の研究!

4.ミドレックス社の取組み

 残念ながら米国では、グリーンスチールへの注目度は高くありませんが、米国でも同様の取組みが行われています。その取組みは、重要なものですし、将来花開く可能性があります。スウェーデンで取組まれていた水素を使う鉄の直接還元法は目新しいものでした。一方、天然ガスを使う直接還元法は目新しいものではありません。ノースカロライナに本拠を置く鉄鋼メーカーであるMidrex(以下、ミドレックス社)は、天然ガスを使う方法を初めて実用化した企業で、1967年に最初のパイロットプラントを建設しました。現在、ミドレックス社はその技術を用いた数十の製鉄所を世界中に展開しています。ミドレックス社が天然ガスを使って直接還元法で生産する鉄鋼の量は、競合他社の全ての生産量を合わせたものよりも多くなっています。ミドレックス社は、天然ガスを一酸化炭素と水素に分け、直立炉の中で鉄を精錬します。コークスを使用した高炉と比較して、二酸化炭素の発生量は3分の1から2分の1になります。

 ミドレックス社は、Hybritプロジェクトと同様に、水素のみを使った直接還元法も研究しています。ドイツのハンブルクに、2025年までに世界第2位の鉄鋼メーカーであるArcelorMittal(以下、アルセロール・ミッタル社)と協業で通常の製鉄所と同規模のパイロットプラントを建設することを計画しています。その施設では、2つの方法(天然ガスを使う方法、純粋な水素のみを使う方法)のいずれかでも稼働できることを目指しています。ドイツ政府は建設コストの半分に当たる1億ユーロを補助します。2つの方法で稼働できるようにするというのは、技術的な要求度としてはかなり高いのかもしれません。「純粋な水素を使う方法と天然ガスを使う方法を切り替えるのは、非常に難しいのです。ホースを切り替えて終わりというような簡単なものではないのです。」とアルセロール・ミッタル社の執行役員でハンブルクの施設を含む欧州の7施設を監督しているルッツ・バンドゥシュは言いました。天然ガスを使用して鉄を直接還元すると、鉄のペレットの表面には有用な炭素の層が形成されます。これにより、ペレットは酸化や燃焼から守られます。純粋水素を使う方法では、そのような層は形成されませんので、溶融方法や鉄鉱石の投入方法などを変更する必要があります。フランスのナンシー高等鉱山学校で水素による直接還元法を研究しているファブライス・パティッソンは、ミドレックス社の炉のコンピューターモデルを構築しました。その結果判明したのは、2つの還元方法の切り替えは不可能ではないということでした。ただし、解決すべき問題も存在していることが分かりました。2つありました。1つは、炉の形状を最適化することです。もう1つは、水素を炉のどの位置から入れるのが良いのかを突きとめることでした。

 パティッソンは、鉄鋼メーカーがグリーンスチーるの生産に舵を切るのは容易なことでは無いだろうと推測しています。彼は私に言いました、「鉄鋼メーカーは100年以上も高炉に依存してきたわけですから、それを急に切り替えることには抵抗があると思われます。そもそも今ある高炉を壊さなくてはならないんですから、非常に反対するでしょうね。」と。彼によると、経済的な観点からも鉄鋼メーカーは乗り気では無いと思われます。何せ新しい炉を作らないといけないわけですから膨大な費用が発生します。また、製鉄所で働く人たちも心理的な面で抵抗があるでしょう。現在稼働している高炉は非常に洗練されており最適化されています。そうした背景があることは、アルセロール・ミッタル社の執行役員のバンドゥシュも認識しています。彼は言いました、「鉄鋼メーカーは現在まで200年をかけて高炉を最適化してきました。しかし、それは製鉄業では200年間何ら新しい技術を生み出してこなかったということも意味しています。製鉄業は大きな転換を今後10年~20年でやり遂げなければならないんです。ですから、製鉄業に携わる多くの者は戦々恐々としています。」と。そうした中でも、ミドレックス社は、パイロットプラントで技術的な課題を全て解決し、他の既存の施設も同じように切り替えることを計画しています。ミドレックス社にはそれを可能にする技術もありますし競争力もあります。私がバンドゥシュにHybritプロジェクトがメルセデスベンツにグリーンスチールを供給する契約を結んだ件について意見を聞いたところ、彼は言いました、「そのニュースを見た人は、メルセデスベンツ社がグリーンスチールを使って何千台もの自動車を作るというイメージを持つかもしれません。しかし、Hybritプロジェクトが提供できるグリーンスチールの量を考慮すると、何千台も自動車を作れるわけはないのです。」と。彼が主張するには、ミドレックス社とアルセロール・ミッタル社の協業で生み出されるグリーンスチールの量は他の鉄鋼メーカーを圧倒的に凌駕しているそうです。また、技術力も圧倒的に勝っているということです。

 それでも、製鉄業界全体では、グリーンな(環境にやさしい)炉への切り替えが一気に進むわけではありません。ミドレックス社CEOのスティーブン・モンタギューは私に言いました、「多くの人が、世界中の高炉が一気に環境にやさしい炉に変換されることを望んでいます。しかし、今すぐにそれが実現可能かと聞かれると、難しいと答えざるを得ません。というのは、純粋な水素の供給量が全然足りていませんし、コストも全然合いません。」と。それでも、最近では、金融機関も環境に配慮していない事業への投資は渋っているようで、グリーンスチールに関する期待も高まっているようです。モンタギューはHybritプロジェクトとミドレックス社のパイロトプラントは社会から非常に注目されており、成功させれば他社も追随しやすくなるだろうと予測しています。彼は言いました、「社会全体に環境にやさしいものに対して余分にお金を支払っても良いという合意があると、グリーンスチールの普及は早まるでしょう。率直に言って、どこの国の政府もグリーンスチールの普及のためのコストを負担する余裕は無いように思われます。グリーンスチールは良いものだと社会全体が認めるようになって欲しいですね。」と。私はモンタギューにHybritプロジェクトが作った鉄鋼が使われて割高になるボルボ車について尋ねてみました。すると、彼は言いました、「喜んで割高になったボルボ車を買う人は沢山いると思いますよ。私も買いたいと思っています。」と。私は、決して環境に優しくない鉄鋼メーカーに長年勤めている者が、喜んで環境にやさしい車を購入したいと言うのを聞いて少し意外に思い、ちょっと感動しました。

 水素を使った方法以外にもグリーンスチールを作る方法はあります。いろんな企業等がその研究に取り組んでいます。オーストラリアではSuSteel(サステナブル・スチールを縮めた造語:持続可能な鉄鋼を意味している)というプロジェクトが立ち上がっています。そこでは、鉄鉱石を溶融する際に、水素よりもはるかに高温となる水素プラズマを使用します。そして、鉄鉱石が溶融されたら炭素を加え、還元と精錬を連続して1ステップで行います。MITから飛び出して独立したBostonMetal(以下、ボストンメタル社)は、”溶融酸化物電気分解”という独自の技術を使います。電気分解の際に、溶融された酸化鉄に電流が流されて、鉄鋼と酸素が生成されます。アルセロール・ミッタル社は、”電解採取”という技術をテストしています。酸化鉄の粒子を含む溶液に電流を流し、一方の電極に鉄が集まり、もう一方の電極には酸素が集まります。

 グリーンスチールを作る技術が確立されることも重要ですが、それ以外にも出来ることは沢山あります。建築物・構築物に使う鉄鋼の量をもっと少なくしても問題ないような建築方法が確立できるかもしれませんし、もっとリサイクルを進めるべきです(古い鉄鋼は、アーク炉で新しい鉄鋼を生産する際に使われています)。製鋼生産時に放出されるCO2(二酸化炭素)の量は全世界の排出量の7%を占めていますが、これを1%以下に減らすことは不可能ではありません。それを成し遂げる為には、多くの者が参画し、それぞれが責務を果たす必要があります。研究者、技術者、起業家、投資家、役人、政治家、消費者、誰一人として無関係な者はいないのです。全ての人が関係者なのです。出来る限り多くの人が関わるべきなのです。今こそスクエアダンス(沢山の人数で踊れる)を覚えなければならないのです。

以上