3.セラピーでこそ生きるMDMAの薬効
1990年代後半、チャールズ・グロブ(Charles Grob)という精神科医が、MDMAが医療現場で安全に投与できることを示す研究を発表しました。彼の研究チームは、FDAの要件に則ってMDMAを服用した経験のある被験者に院内でMDMAを投与しました。彼の論文に記されていたのは、この研究で問題があった人物は看護師長(head nurse)だけだったということです。看護師長(女性)は、部下の多くの看護師が自らの職務を怠っていたとして腹をたてていました。彼女から見ると、この研究の被験者に部下の看護師たちが時間をかけているのは遊んでいるようにしか見えなかったようです。グロブの論文には、「被験者たちはとても共感的で、看護師たちの生活に非常に興味を示していました。看護師たちも被験者たちに引き寄せられ、熱心に話をしたがっていました。」との記述がありました。MDMAの特異性が発揮されたわけで、被験者たちを熱心な聞き手に変えてしまったようです。そういえば、先述の大学時代に寮の一室でMDMAを嗜んだ際にも、私はMDMAによって共感力が高まっていて会話が非常に弾んだ記憶があります。あの時、ジョンはMDMAを服用していませんでした。彼はMDMAを飲む必要はなく、ただ部屋に入ってきただけでした。
ヌーワーは初めてMDMAを服用した時のことを著書に記しているのですが、ブルックリンの倉庫でのパーティーで初めてMDMAを試したそうです。その時、このドラッグのせいで自分が誰とでもイチャイチャし始めるのではないかと心配になったそうです。しかし、MDMAの薬効というと性に開放的になるという部分が強調されがちですが、それは、MDMAの本質的な特性ではないかもしれません。むしろ、この薬の特性は、他者への関心を深めるためのより広範囲な作用にあると思われます。世の中は、優れたセラピーを求めています。優れたセラピーを行う者は、時に患者を変える可能性も持っています。そのようなセラピストがいるところでMDMAを投与されると、患者はセラピストとの絆に支えられ、安心して、恐怖や羞恥心に押しつぶされることなく、つらい感情やつらい記憶をかき消すことができるようになるかもしれません。私がMDMAを飲んだ時もジョンとの絆を少し強く感じました。
MDMAは、旧来のセラピーがもたらしていた効果を単に強めるだけなのかもしれません。セラピーの効果が高くなるのは、セラピストと患者の間で信頼関係が良好に築けている時だけです。あなたが話をすれば相手が傾聴し、相手が話をすればあなたが傾聴する、そのことがとても重要なのです。最近、私はジョンに連絡を取り、かつての寮のバスルームでの出来事をどう思うか尋ねてみました。電話越しの会話でしたが、私たちの信頼関係がすぐに復活したような気がしました。少し話が長くなったのですが、次第に私の気分は良くないきました。私が、あの日のことを尋ねると、彼はちょっと笑って、そして、私たちの会話ってはなごやかなものだったと記憶していると言っていました。彼は、私が友達たちと一緒にMDMAをやっていたとは全く認識していなかったようです。彼は言いました、「君は何人かの友達と一緒だったよね。僕が感じたのは、君たちがとても共感的な人たちだということさ。」と。共感的!そう、それがとても大事なのです。♦
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