所得格差は拡大し続けるのか?米国では「上位1%」の富裕層の所得が国民総所得の約20%を占めている!

2.自由主義を重視するシカゴ学派の台頭

 そうした社会の変革について研究していたベンヤミン・アペルバウムは、著書「エコノミストの時間:誤った預言、市場原理主義と社会の崩壊」を書きました。この本の大筋は、以前に刊行した自身の著作で既に記していた内容と同じでした。しかし、この著作で、アペルバウムは、シカゴ学派の経済学者の何人かの生活や研究過程の詳述を加えることによって新たな魅力を吹き込んでいます。詳述されている経済学者は、ノーベル賞受賞者のミルトン・フリードマン、ジョージ・スティグラー、ゲーリー・ベッカー、ロバート・マンデルなどです。彼らは、サッチャーやレーガンの政策を支持していました。

 アペルバウムの長期にわたる研究は、経済学の巨人フリードマンに関するものがほとんどでした(巨人と表現しましたが、実際には小柄で身長157センチ)。フリードマンは人と議論を交わすのがとても好きで、他の多くの経済学者と異なり平易な言葉で論点を説明することにも長けていました。フリードマンは、1962年にベストセラー「Capitalism and Freedom(邦題:資本主義と自由)」を出版し、1980年にPBSでテレビ番組「Free to Choose(選択の自由)」を作成し、ニューズウィーク誌で20年近くコラムを執筆していました。

 フリードマンが1946年にシカゴ大学経済学部に加わった時、そこは独特の哲学を持っていました。その哲学は10年間程で固められていったものですが、自由市場の効能を重視し、政府の介入による恩恵には懐疑的でした。そういった方向性を打ち出した当初は、シカゴ学派は経済学会では主流派ではありませんでした。しかし、フリードマンが主体となることによって、シカゴ学派の米国内における影響力は大きくなり、金融、変動為替相場制、独占禁止法、税制などの政策決定に関与するようになりました。シカゴ大学経済学部で教えている者、学んだ者を合わせて30人がノーベル経済学賞を受賞しています。今日、フリードマンは20世紀後半に最も影響力のあった経済学者として認められています。

 古いジョークで、保険数理士になりたいがカリスマ性が足りない人が経済学者になるというものがありました(実際、フリードマンは1932年にルトガー大学を卒業した時、保険数理士になろうと考えていました)。アペルバウムの著書「エコノミストの時間」は、経済学者は押しなべて退屈な人ばかりだという通説を払拭するのに役立っています。実際、フリードマンは、生まれつき活動的な性格で退屈な人物ではありませんでした。しかし、もう1つの通説で、経済学者は何でも知っている振りをする者が多いというものがありますが、彼は正しく当てはまりました。ですので、彼は経済学のあらゆる分野に関与しようとしていました。彼は、変動相場制を提唱しました。なぜなら、為替レートをいくらに設定するかを適切に決められるのは人ではなく市場だと考えていたからです。それでも、彼は為替市場の動きを予測し、それが当たったか後で検証するということを止めませんでした。1970年代のある時点で、彼は、ピエール・トルドー首相が大規模な財政出動政策を実施することでカナダドルは暴落だろうと確信していました。しかし、結果は逆で、カナダドルは13%上昇しました。その時、フリードマンは自分が間違っていたことを認めました。また、その際には為替相場でかなりの損失を被りました。

 アペルバウムの著書「エコノミストの時間」に登場するもう1人の興味深い人物はロバート・マンデルです。アペルバウムは、マンデルが2つの偉業を為したと認めています。1つは、単一通貨「ユーロ」誕生のきっかけともなった最適通貨圏理論を考案したことです。もう1つは、サプライサイド経済学を生み出したことです。1960年代後半にインフレが続くと確信したマンデルは、トスカーナ地方(イタリア)の田園地帯にある荒廃した15世紀の宮殿を1万ドルで購入しました。インフレ予想が的中し、その宮殿の価値は後に投資額の100倍に達したそうです。その30年後、彼はノーベル経済学賞を受賞しました。彼は今でもイタリアの不動産にせっせと投資を続けています。。

 「エコノミストの時間」の中のエピソードは、優れた理論は歴史の流れを形作る力があるということを思い起こさせるものです。研究職を生業とする者にとっては、非常に励みになります。しかし、なぜ新自由主義は、アペルバウムが言及した人たちによって、世界中に広まったのでしょうか。理由の1つは、新自由主義によってしばらくの間は経済成長率の改善が見られたということです。もう1つは国際的な競争が激しくなっているということです。1980年代に世界中で貿易が活発になりましたが、見返りが大きくなりそうな国や地域に投資資金がより沢山流れ込むようになりました。そういった国や地域は、税金が安かったり厄介な規制がほとんどありませんでした。貿易相手先を満足させて新たな資本を呼び込むためには、各国は自由市場政策を取らざるを得ませんでした。

 そうした動向によって、所得分配がより不平等になったということを示す証拠は沢山あります。大幅な減税をした国々は、不平等が大幅に拡大しました。「エコノミストの時間」では、登場人物に主に光を当てているため、そうした顛末の詳細は深く掘り下げられていません。しかし、深く掘り下げた本もあります。ブランコ・ミラノヴィッチ著「Capitalism, Alone: The Future of the System That Rules the World(本邦未発売)」には、詳細な記述があります。