2.温室効果ガスは増え続けている
過去数年間、枠組条約締約国(現在では事実上地球上のすべての国が含まれている)は、2015年にCOP21で合意されたパリ協定(Paris Agreement)の下で活動してきた。この協定は、気候変動に対して各国に行動を起こさせる最善の方法は、各国が望むようにさせることだという概念に基づいている。これはある意味、逆説的で斬新な取り組み方法である。
パリ協定では、各国が自由に排出量削減目標を定めることができる。発展途上国の場合は、排出量増加率を抑えることが目標となる(これらの目標を、国連は「国が決定する貢献(Nationally Determined Contributions:略号NDCs)」と呼んでいる。また、パリ協定は、締約国に対して世界的な平均気温上昇を摂氏2度より十分低く保つとともに、摂氏1.5度以下に抑えるよう努力を続けることを求めている。比較対象となる基準は産業革命以前の気温である。
パリ協定は、配慮が尽くされた形になっていた。そのおかげで、アメリカでは条約批准の際に通常なら必要となる上院の承認が不要だった。2016年にバラク・オバマ大統領が署名しアメリカはパリ協定を批准した。2017年にはドナルド・トランプ大統領が協定からの離脱を国連に正式に通告した(これも上院の承認は不要だった)。トランプ大統領は、この協定はアメリカに大打撃を与えると主張した。しかし、多くの専門家が指摘したとおり、自国で独自にNDCを定めたわけで、そうした主張は筋が通らない。「私はパリ市民ではなくピッツバーグ市民の声を代弁すべく大統領に選ばれたのだ。」と、彼は語った。
2021年にジョー・バイデン(Joe Biden)が大統領に就任して最初に行ったことの1つは、再び方針を転換し、アメリカをパリ協定に復帰させることだった。協定を結んでは破棄し、また復帰するというアメリカの行動は、既にこの時点で気候変動に対する取組みの信頼性を著しく失墜させていた。けれども、アメリカ以外の国々はバイデンの動きに喝采を送った。フランスのエマニュエル・マクロン(Emmanuel Macron)大統領は「おかえりなさい!」とツイートした。バイデン政権は、2030年までに自国の温室効果ガス排出量を50%削減するという新たなNDCを提出した。この目標は、非常に野心的なものに見えるが、実際にはそれほどでもない。ほとんどの先進国のNDCでは1990年を基準として温室効果ガス排出量の削減目標を定めていたし、京都議定書に従って既に1990年のレベル以下にまで排出量を削減していた。対照的にアメリカの目標は、排出量がピークをつけた2005年を基準としていた。
バイデン政権がNDCを提出した時点では、それを確実に実行する道筋は明確には示されなかった。その状況が2022年の夏に一変した。インフレ削減法(the Inflation Reduction Act)が成立したからである。内国歳入庁(the IRA)は炭素排出量削減技術を促進するために数千億ドル相当の助成と税優遇を行う。今後10年間でアメリカの排出量が大幅に削減されることが期待されている。それでも、独立した専門家の分析によれば、おそらくアメリカは2030年の削減目標を達成できないという。
他の多くの国々でも、状況は似たようなものである。あるいはもっと悪い。中国は現在、世界の年間排出量のほぼ3分の1を占めている。同国のNDCは、排出量を2030年までに減少に転じさせ、炭素強度(carbon intensity:一定のGDPに対する排出量)を65%削減するというものである。しかし、ここのところ中国は膨大な量の太陽光発電や風力発電の設備を増強する一方で、週に2基という驚くべきペースで石炭火力発電所の新設を承認している。多くの研究グループの共同事業体である気象アクション・トラッカー(Climate Action Tracker)は、中国の排出量は2025年までにピークをつけるが、減少することはなく高水準を維持し続けると予測している。また、中国の目標は いかなる側面から分析しても公平性に欠けていると評価している(今月初めにバイデン大統領と習近平国家主席が会談した際に、気候変動に関する共同声明が発表され、繰り返しパリ協定へのコミットメントが表明されたが、新たな取組みが具体的に示されることは無かった)。
今年開かれるCOP28の開催国であるUAEは、2019年を基準として2030年までに排出量を19%削減することを約束した。しかし先日、アル=ジャーベルの指揮の下、国営石油会社は合計700億バレル以上の増産計画を発表した。これは明らかにこの約束に反する動きである。気象アクション・トラッカーは、同国のNDCを「不十分(insufficient)」と評価し、「同国が計画している化石燃料開発計画がそれを達成不可能にするだろう」と指摘している。
また、多くの国々が、長期的には温室効果ガス排出量を実質ゼロにするネットゼロ(net zero)、つまり、温室効果ガスの排出量から吸収量や除去量を差し引いた合計をゼロにすることを目指している(ほぼすべての国がネットゼロを達成するまで、地球は温暖化し続けるだろう)。アメリカは2050年までに、中国は2060年までに、そしてUAEは2045年までにネットゼロを達成すると約束している。ネットゼロの実現を打ち出している国は少なくないが、いずれも技術的な裏付けは無く、スケジュール通りの達成が見通せない状況である。学術誌サイエンス(the journal Science)に最近掲載された論文のタイトルは、「Credibility gap in net-zero climate targets leaves world at high risk (ネットゼロ目標の実現可能性の低さが世界のリスクを高めている)」となっていた。それによれば、たとえ多くの国々が達成困難な目標と思われるネットゼロを達成したとしても、地球の温度は摂氏2度上昇するという。また、現在の政策が続けられた場合は、摂氏2.6度上昇するという。国連環境計画(the U.N. Environment Programme)が先週発表した報告書は、現在の政策のままでは今世紀末までに気温が摂氏3度上昇する可能性があると警告している。報告書のタイトルは「記録更新:気温はまたしても最高記録を更新した。だが世界は温室効果ガスの排出を抑えられない(またしても)(Broken Record: Temperatures hit new highs, yet the world fails to cut emissions (again))」である。