4.目立つ各国の利害の対立
COPでは、では、現実世界には何も影響を与えないであろう共同声明(communiqués)の文言の一語一句をめぐる議論に多くの時間が費やされる。例えば、2021年にグラスゴーで開催されCOP26では、中国とインドが「石炭の段階的廃止(phasing out)を加速させる」ことを締約国に求める合意文章案に強硬に反対したため、会議が頓挫しそうだった。世界最大の石炭消費国である中国は、「段階的廃止(phasing out)」の「段階的削減(phasing down)」への書き換えを、インドは「非効率な(inefficient)」石炭に限定することを要求した。目撃者によれば、イギリス下院議員のアロク・シャーマ(Alok Sharma)議長は最終的に合意を得て成果文書を採択できた時に涙ぐんでいたという。成果文書には「石炭火力発電の段階的削減に向けた努力」という文言が踊っていた。彼は「この展開について、謝りたい。」と全体会合の場で謝罪し、「本当に申し訳ない」と述べた。
エジプトのシャルム・エル・シェイク(Sharm el-Sheikh)で開催されたCOP27では、世界第2位の石炭消費国であるインドが、「段階的削減(phase down)」の文言を石炭だけでなくすべての化石燃料に拡大するよう圧力をかけた。この提案は、EU加盟国を含む約80カ国の支持を得たが、サウジアラビアなどに阻止された。COP28でも、この問題は引き続き議論の的となるだろう。EUの代表は、”unabatedな”(未対策の意味:つまり温室効果ガスの排出削減対策が講じられていない)化石燃料の「段階的廃止」を推進すべきだと主張している。その主張が受け入れられる可能性は限りなく低い。そもそも、何をもって”unabatede”とみなすべきかも明確ではない。排出ガスを回収するテクノロジーは存在するが、実際には有意義な規模で導入できるレベルにはない。現時点では、今後も導入される見込みはなさそうである。
「我々は化石燃料の段階的廃止を求める。また、排出量の削減技術(abatement technology)が導入されたとしても、石化燃料の継続的な使用が拡大することは拒否する。」と、海面上昇によって容易に消滅する可能性のあるマーシャル諸島のデビッド・カブア(David Kabua)大統領は9月に国連で述べた。国連環境計画(the U.N. Environment Programme)が今月初めに発表した報告書は、「政策公約で、排出削減策が講じられていないという意味で“unabated”と言う語が使われる機会が増えているが、その定義は曖昧である。」と指摘している。その報告書によれば、アメリカ、サウジアラビア、UAEなどの化石燃料輸出大国のほとんどが、ネット・ゼロを目指していると主張しながらも、生産能力の増強を計画しているという。
「石炭、石油、ガスの産出と使用を続けることは、安全で住みやすい未来とは両立しない。」との記述がその報告書にはある。オイル・チェンジ・インターナショナル(Oil Change International)という国際NGOが先日発表した報告書によれば、2050年までに計画されている石油・ガス産出能力の拡大の3分の1以上を米国が占めているという。アメリカは ”地球破壊の首謀者(Planet Wrecker in Chief) “であるという。
また、COPの会合ではいつも多くの時間が金銭をめぐる議論に費やされる。現実問題として、どんな種類の会合でも結局のところそれが一番の争点となるものである。今年のCOPの会合で最も争点となるのも、”損失と損害(loss and damage) “に対する補償であると予測されている。マーシャル諸島のように気候変動への寄与度が最も低いのに貧しい国は、気候変動による多大な影響を受けることが予想される。実際、既に受けている。そうした国々は、化石燃料から巨大な利益を享受した国々が補償すべきであると主張している。世界最大の累積排出国であるアメリカは、EUと同様に長い間このような主張に抵抗してきた。というのは、そのような補償をすることは法的責任を認めることになるという懸念があるからである。しかし昨年、強い圧力に押されて、ついにアメリカとEUは譲歩した。そして、COP27では、”損害と損失への基金(loss-and-damage fund)”の創設が合意された。しかし、この基金の中身は何も決まっておらず、主要な問題はすべて、今後の会合に持ち越しとなった。
過去数カ月間にわたって何度も会合を開いて交渉が続けられており、ドバイのCOP28に持ち込む損害と損失への基金の素案作りが行われている。前回の会合が険悪な雰囲気で終わったため、11月初旬に緊急会合が招集された。その会合後に発出された文書に対して、アメリカは合意を反映していないとして異議を唱えている。
この基金に関する多くの問題の中で未解決なのは、誰が基金を拠出するかということである。当初は、各国は2つのグループに分けられていた。1つは先進国で、もう1つはそれ以外の国である(こちらの方が圧倒的に多い)。リオデジャネイロのCOP27以降、多くのことが変わったが、そのグループ分けが公式に変わった国は1つもない。つまり、気候変動を議論する場においては、世界で最も豊かな国の1つであるシンガポールは、厳密にはまだ先進国にカウントされていない。カタール、UAE、サウジアラビアなどの石油産出国も同様に先進国にはカウントされていない。そのような国々が損害と損失への基金に拠出しないのは非常に不合理である。伝えられるところによれば、アメリカとEUはサウジアラビアに拠出を約束するよう圧力をかけているという。しかし、今のところ成果は出ていない。
「クリスティアーノ・ロナウドを獲得するために何百万ドルも払えるのだから、この基金に寄付することは決して難しいことではない。」と、つい最近ある外交官は匿名を条件にフィナンシャル・タイムズ紙(the Financial Times)に語った。
現在、新たな基金に誰が拠出すべきかで揉めているわけだが、実は先進諸国は以前にコミットしていた既存の基金への拠出を未だに履行していない。2年前、バイデン大統領は、最貧諸国がエネルギー関連インフラを再構築し、気候に与える負荷を減らすために110億ドルを拠出すると約束した。しかし、アメリカ連邦議会は10億ドルしか予算を計上していない。
COP28の議長上級顧問でケニア出身のアドナン・アミン(Adnan Amin)は、先日、「はっきり言って失望している。いや、失望以上に深い感情がある。」と語った。