イギリスポンドが大幅下落、トラス新政権の減税政策に懸念!ポンド暴落を他山の石とすべし!3つの教訓とは?

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Three Lessons for Americans from the British Pound’s Plunge
イギリスポンド暴落を他山の石とすべし!重要な3つの教訓とは?

Volatile U.S. financial markets are particularly vulnerable right now to foreign shocks.
現在、アメリカ金融市場は不安定で、非常に脆弱な状況にあります。

By John Cassidy   September 30, 2022

 1週間前にイギリスでリズ・トラスが首相に就任した際に、減税を行い財政赤字は全て国債でまかなうと発表しました。それで、世界の金融市場に混乱がもたらされました。しかし、現時点では、イングランド銀行の対応によって、世界の金融市場はいくぶん落ち着きを取り戻しています。多くのエコノミストや金融アナリストがトラス政権の打ち出した政策を「時期尚早(ill-timed)」で「無責任(irresponsible)」と批判していました。実際、為替市場でポンドは急落し、英国債の利回りは急騰しました(=国債価格は急落)。しかし、政府と違い中央銀行であるイングランド銀行としては、自国通貨の急落を放置することはできません。それで、水曜日(9月28日)に、イングランド銀行は無制限にお札を刷ることができるわけですから、「市場の秩序を回復する」ため、「必要な規模で」英長期国債の一時的な買い入れをすると発表しました。すると、市場は直ぐに反応しました。急落していた英国債は、急激に値を戻しました。わずか数時間の取引で、英30年債の利回りは5.1%から3.9%へと大幅に低下し(=国債価格は急騰)、ポンドも安定しました。月曜日(9月26日)の為替相場で、ポンドは一時1ポンド1.035ドルと、実に変動相場制移行後の最安値を付けていましたが、金曜日(9月30日)の午後には1.11ドル近辺で取引されています。

 その影響はアメリカにも及んでいます。英国債が売り浴びせられていた時には急上昇していた米国債の利回りも、イングランド銀行が英国債を買い入れて以降、低下しています。アメリカの市中金利は、米国債の利回りと連動していますので、それは住宅や自動車等の購入希望者でローンを組もうとしている人にとっては有難いニュースでした。今年、連邦準備制度理事会(FRB)は、インフレ対策としてFFレートを引き上げ続けており、住宅ローン金利をはじめとして借入コストは急上昇しています。FRBの利上げの影響で金利が上がっているわけですが、それ以外のことが原因で金利が上昇するとなると、アメリカ経済にとって大打撃となりかねません。それは最も避けたいことです。

 先週のイギリスの出来事から学ばなくてはならない教訓が3つあります。1つは、アメリカ経済は国際的な出来事の影響を完全に免れることはないということです。確かに、アメリカ経済の規模は世界最大です。今年第2四半期の国内総生産(GDP)は25兆2500億ドルと巨大です。また、アメリカはエネルギー自給率も非常に高く、ウクライナ戦争のような事案が海外で発生しても他の国ほど大きな影響は受けません。しかし、今日の世界の金融市場は相互に繋がっており、世界の他の地域で起こったショックがそのままウォール街に波及する事態も増えつつあります。JPモルガン・チェース(JPMorgan Chase)、シティグループ(Citigroup)、バンク・オブ・アメリカ(Bank of America)など、アメリカの大手銀行のほとんどはロンドンで大規模に業務を行っています。もし、ポンド安が進んでパニック的な売りが引き起こされ、なおかつ英国債も大暴落するような状況になれば、これらの銀行は巨大な損失を被ると思われます。おそらく、誰も想像できないような規模となるのではないでしょうか。

 アメリカの政府関係者が英国の減税とその潜在的な影響について懸念を表明しているのは小さな驚きです。ブルームバーグ・ニュース(Bloomberg News)の報道によれば、一部のアメリカ財務省関係者が、ワシントンに本部を置く国際金融機関であり監視機関でもある国際通貨基金(IMF)を通じて、トラス政権に政策を転換するよう圧力をかけているとのことです。IMFは名目上は独立した機関です。しかし、アメリカはIMFへの最大の資金提供者であり、IMFに対してかなりの影響力を保持しています。火曜日(9月27日)にIMFは声明を発し、イギリス政府に対して政策を転換するように求めました。IMFがG7加盟国に対して明確な警告を発するのは異例のことです。私は、ブルームバーグの報道について財務省に問い合わせをしましたが、コメントは得られませんでした。

 この1週間の顛末で学んだ2つめの教訓は、アメリカ金融市場、ひいてはアメリカ経済が、非常に脆弱な状態にあるということです。その原因は、重要な後ろ盾が無くなったことにあります。FRBは金融市場で何が起こっても乗り出さないという姿勢を貫こうとしています。おそらく、株価や債券価格が急落したり、あるいは何らかの憂慮すべき事態が発生しても救済に乗り出してはくれないでしょう。以前は違いました。FRBは果敢に行動していました。2008年の金融危機の際や2020年初頭の新型コロナのパンデミックの初期には、FRBは安全装置を作動させました。いずれの際にも、FRBは金利を引き下げ、買い手がつかないリスク資産の無制限の購入に踏み切りました。いわゆる量的緩和政策を実施しました。しかし、現在のFRBは当時とは真逆の政策をとっています。金利を引き上げ、以前に買い入れた米国債や住宅ローン担保証券(MBS)を直接市場で売却しています。

 もしアメリカ金融市場が崩壊した場合、FRBはイングランド銀行が今週実施したことに倣って、少なくとも一時的には現在とっている姿勢を転換する可能性があります。しかし、過去数カ月間にわたってインフレ抑制の決意を市場に示し続けてきたFRBは、方針を転換することを嫌がる可能性もあります。多くの投資家もそのことを認識しており、そのことが金融市場の神経質な動きに繋がっています。当然のことながら、FRBの幹部たちはトラスノミクス(Trussonomics)には否定的な立場のようです。アトランタ連銀総裁のラファエル・ボスティック(Raphael Bostic)は、今週初めにイギリスが示した新たな財政計画が世界的な景気後退の可能性を高めたかどうか尋ねられた際に、「実際にどのような展開になるかは見極めていない」と答えています。

 ポンドの暴落から得られた教訓の3つめは、アメリカ人のほとんどが自国通貨がドルであることがいかに幸運であるかということを理解していないということです。ドルは世界のほとんどの地域で決済手段や価値の保存手段として受け入れられています。その上、ドルは国際準備通貨(international reserve currency)の地位を獲得しています。そのことによって、アメリカは巨大な債務が積み上がっているにもかかわらず海外から多額の借金をすることができます。アメリカ以外の国が将来の税収の裏付けが無い財政政策をとると、たいていの場合、世界中の投資家がその国の通貨を暴落させるという罰を与えます。アメリカは過去20年間で20兆ドル以上の債務を積み上げています。その間、海外の多くの投資家は、首をかしげながらもドル建て資産を増やし続けています。

 2020年のはじめ頃、新型コロナのパンデミックの初期段階には、中東や東アジアを中心とした海外の投資家が米国債を大量に売却しました。ドルの特別な地位が脅かされるかもしれないとの懸念が高まりました。2020年の後半以降、特に2021年には、海外勢の米国債保有額は大きく回復しましたが、今年前半には再び減少しました。こうした動向には様々な要因が関わっているわけですが、ここのところドル高が顕著であることからも明らかですが、ドル建て資産への投資意欲が引き続き旺盛であることは間違いありません。しかし、先週のポンドが乱高下した状況を見ていると、そうした状況が変わる可能性は皆無ではないと思いました。

 19世紀から20世紀初頭にかけて、ポンドは国際準備通貨でした。その後、ドルにその地位を取って取って代わられました。アメリカにとって幸いなことなのですが、これまでのところドルに取って代わる通貨は現れておらず、ドルの地位は全く揺らいでいません。この状況は続くかもしれません。しかし、永遠には続かないかもしれません。もし、ドルへの信認が揺らぐことがあれば、その時には最大限の注意が必要です。♦

以上