Annals of a Warming Planet November 15, 2021 Issue
What It’s Like to Fight a Megafire
メガファイア(巨大山火事)との戦い
Wildfires have grown more extreme. So have the risks of combatting them.
山火事はますます強力になりつつあります。鎮火するのは非常に困難になりつつあります。
By M. R. O’Connor November 8, 2021
1.
マイク・ウエストは2004年の夏、21歳の時にラッセン郡ホットショット隊(訳者注:ホットショットとは消防界のネイビーシールズのようなもので、山火事の鎮火、防止に務めている)で働き始めました。彼は入隊して直ぐの頃に、アリゾナに派遣されたことがありました。派遣されたのはコロラド国立森林公園内でした。落雷によりいくつかの山の頂や峰で山火事が発生していました。ホットショット隊の隊員は、標高が8,500フィート(2,590メートル)以上あるところで野営しました。周りはポンデローサ松とアメリカトガサワラが織りなす森林でした。他の地区から来たホットショット隊も野営していました。ホットショット隊の隊員は優秀な者が多く、忍耐力が強く消防関連の技能も優れていて世間でも一目置かれています。その時の山火事は大規模なものでしたので、発生した場所にちなんでナトール峡谷火災と呼ばれています。ラッセン郡ホットショット隊の任務は延焼防止でした。山の稜線を越えて山火事が拡がらないようにするために、いわゆる”ハンドライン”を作る作業に従事しました。ハンドラインとは消防士たちの使う専門用語です。山火事が発生した際には、消防士は延焼を防ぐためある種の線(ライン)を引きます。遅延剤を撒いてラインを引いた場合は遅延剤ライン、ホースで散水した場合はホースライン、ブルドーザーで木々等燃えるものを除去した場合はブルドーザーラインと言います。ハンドラインとは、チェーンソーやスコップを使って木々を倒したり根っこを抜いたり草を除去したりして、山火事の燃料となるものを取り除いて帯状の長いエリアを作ることです。ハンドラインを作った後で、ウエストのいた隊は、ハンドラインの山火事が向かってくる方の外側に油を撒いて足元に火をつけました。そうすることで、向かってくる山火事の炎が燃やそうとする木や草を先に燃やして無くすことができます。そうして炎の行く手を遮るわけです。このプロセスは”backfiring”(逆火、もしくは迎え火)と呼ばれるもので、山火事の延焼防止でよく使われる戦略の1つです。
ある日の朝、ラッセン郡ホットショット隊の隊員たちは急峻な峡谷の尾根沿いを進んでいました。尾根の少し下で発生していた小さな山火事を封じ込める作戦でした。ハンドラインをいくつか引いて囲い込む予定でした。現場はゴツゴツした岩だらけで骨の折れる任務でした。峡谷の斜面はほとんど垂直と思えるほど急なところもありました。隊員たちがハンドラインを引く作業をしている間、見張番の者たちが山火事の炎の動向を監視していました。風向きの変化等にも細心の注意を払いました。風向き1つで山火事の炎の進路や激しさ等が大きく変わることがあります。フラッグスタッフ郡ホットショット隊の副隊長トッド・ウッドは、峡谷の斜面から大きく突き出した岩の上から、眼下にナトール渓流の流れを感じながら、峡谷の反対側までを見渡していました。無線で、山火事に詳しい気象学者が最新の天候に関する情報を伝えていました。ヘインズ・インデックスという指標があって、下層大気の安定性(大気のさまざまなレベル間の温度差)と含水率(露点降下)の2つの数値から求められる数値で1~6で示されるのですが、それがまもなく6強になるとの予想でした(数値が大きいほど火災が大きくなり不安定な挙動を示す可能性が高くなる)。
午後12時30分頃、ウッドはハンドラインの出来栄えをチェックしました。チェックを終えて元に位置に戻ろうとした瞬間に、峡谷の向こう側の斜面に樹冠火が発生しているのに気付きました。樹冠火というのは森林の頂部分が炎に包まれることを言います。上昇気流の影響で、通常では山火事の炎は斜面の上方に拡がる際には、下方に拡がる際より速くなります。しかし、ウッドが峡谷の向こう側300ヤード先を見ていると、炎は斜面を渓流に向かって下に拡がりつつありました。万が一、その炎がこちら側の斜面に飛んで燃え移ると大変なことになります。燃え移ったところから炎は急速に斜面に沿って燃え広がるでしょう。一瞬で爆発的に燃え広がり、火勢は強く、激しい上昇気流を巻き上げるでしょう。そしてあっという間に隊員たちを飲み込もうとするでしょう。ウッドはその時のことを回想して言いました、「誰もそうした危機が迫っていることを認識していませんでした。」と。
その時、ウエストは地面に座って昼食を食べていました。ウッドの近くにいた隊員は叫びました、「おい、ウエスト、凄い煙柱が出てるぞ!」と。ウエストは言われた方をちらっと見上げて、空に立ち上る大きな煙の塊を見ました。各隊の隊長は全員に撤収するよう指示しました。ウエストは人生で初めて時間が止まったように感じました。彼は言いました、「私はただ前の者に続いて進むだけでした。とにかく『早く早く早く』と心の中で叫んでいました。」と。
隊員たちが現場から退避し始めた頃、火の手の最前線は峡谷の底にあり、向きを上方に変え隊員たちを追いかけ始めました。隊員たちは足場の悪い中を全速力で逃げました。垂直に近い岩場ではお互いに協力して体を引き上げたり引き上げてもらったりしました。チェーンソー等の道具類は重いので運搬役を交代しながら運びました。ウエストは息が上がりました。そんなウエストに追い抜かれて遅れる者も出始めました。その隊の隊長は叫びました、「ウエスト、そのまま進め!構わず先に行くんだ!」と。
樹冠火は燃え広がる際の音は非常に大きく、貨物列車や激しくうねる海の轟音に例えられることがあります。しかし、ウエストは滝の音や爆弾の破裂音に似ていると思いました。逃げている隊員たちと炎の間のエリアの地面には、燃えていない草木が残っていました。そうしたエリアを山岳消防隊は「グリーン」と呼びますが、草木は山火事の燃料となってしまいます。ウエストは言いました、「恐ろしいことですが、炎が『グリーン』なエリアに達して草木が勢いよく燃え出していたら、大変なことになっていたでしょう。そこに居たら逃げ場はありません。炎に飲み込まれてしまったでしょう。」と。
樹冠火は斜面を上方に走り、逃げる隊員たちの右方の木々を燃やしました。隊員たちにはその炎が尾根に達するのが見えました。炎は尾根に達した後は燃え広がらず下火になっていきました。40人ほどの隊員がいましたが、30分ほど逃げて走り続けました。尾根のあたりでウエストは嘔吐しました。隊員たちは小さな池の近くで休憩を取りました。2人の隊員が峡谷の下方に残ったままで尾根まで上がって来ていないことが分かりました。悲しげな空気が流れました。ウエストは、シコルスキー社製S-64ヘリコプターが延焼防止のため水を落とすのを見ました。煙が非常に高くまで上がっており、火災積雲が出来ていました。それは、火災によって急速に暖められた空気が上昇することで発生する、塔状の雲です。高さ2万フィート(約6キロメートル)にまで達することがあり、灰、煙、水蒸気で出来ています。大気温が摂氏零度以下になった際には、火災積雲の上部では水蒸気が凍結するのでメレンゲのような滑らかな白い雲が形成されます。これはアイス・キャッピングと呼ばれます。ウエストがアイス・キャッピングを見たのは初めてのことでした。無線による連絡を聴いていたら、先ほどの現場では隊員たちによって避難用防火テント(小型でアルミ貼りした布製。700度の高温でも中の人が守られる)が11個張られたことが分かりました。ウエストが自分の隊の隊長に「尾根まで来なかった人たちは大丈夫ですよね?」と尋ねると、隊長は「ああ。」とそっけなく答えました。
数時間後、尾根まで逃げてこなかった2人はテント内に入って難を逃れていたことが判明しました。1名が病院に搬送されましたが、死亡者は居ませんでした。ウエストにとって、ナトール峡谷火災は間一髪の所だったと思いましたし、こんな経験は2度としたくないと思いました。この事件は将来同様なことが続くことを暗示する不気味な前兆だったのですが、その時の彼にはそんなことを知る術はありませんでした。