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もともと電気自動車は静かなのですから、音を発するためには、それなりの労力が必要だったのです。歩行者安全強化法を制定しようというキャンペーンは、草の根レベルで始まったものでした。2003年11月のある朝、全盲の作家で全米盲人連合(NFB:National Federation of the Blind)の活動家でもあるデボラ・ケント・スタインのイリノイ州にある自宅に、1人の友人が立ち寄りました。その友人は、買ったばかりのトヨタ・プリウスを見せに来たのです。そして、言いました、「バッテリーで駆動している時は、まったく音がしないんだよ!大げさに言っているわけではなく、本当に何も聞こえないんだよ!」と。
スタインは後に、NFB の Web サイトに掲載したエッセイの中で、自動車の未来とのこの運命的な出会いについて次のように述べています。
私は縁石に立って、友人が運転席に乗り込んでドアをバタンと閉める音を聞きました。プリウスが始動し、走り去る音がするのを待っていたんです。スズメのさえずりが聞こえました。遠くで除草機が唸っている音も聞こえました。そのまま1、2分が過ぎたでしょうか。そのプリウスのドアが開く音が聞こえました。
私は言いました、「どうして車を始動しないの?」と。
友人は答えました、「もう始動しているよ!1ブロック先まで走ってから、バックでまた君の目の前まで戻って来たんだよ。」と。私はちょっと怖くなりました。私のような盲人にとっては由々しき事態だと思わずにはいられませんでした。
その数年後、カリフォルニア大学リバーサイド校の心理学教授のローレンス・D・ローゼンブラムは、静かな電気自動車の危険性に関する記事をいくつか読みました。彼は、長年、脳が音響をどう捉えているかを研究してきました。それで、人間は、自分に近づいてくる音に特別な注意を払うということを突き止めました。彼は、その研究成果を2010年に出版した著書「See What I’m Saying: The Extraordinary Powers of Our Five Senses(邦題:最新脳科学でわかった 五感の驚異)に記しています。
ローゼンブラムは、全米盲人連合(NFB)から研究助成金を受けて、ある実験を行いました。それは、目隠しをした被験者を車道の脇に立たせ、ガソリン車のホンダ・シビックとハイブリッド車のプリウスが車道を通過する際の音を聞かせるというものでした。被験者は、車の音が聞こえたら、車が来た方向を示すボタンを押すように指示されていました。ローゼンバウムが、私にその結果を教えてくれたのですが、シビックとプリウスでは明確な違いが出ました。シビックが車道を通過した際には、3メートル先まで近づいてきた時点で車の発する音を認識できました。しかし、プリウスが通過した際には、通り過ぎるまでその音に気付きませんでした。