知ってた?電気自動車の発する合成音はテクノロジーの結晶?静かな自動車をわざとうるさくするのは簡単ではない!

5.

 内燃機関を動力源とする自動車は、大きな騒音を立てます。空気が取り込まれ、ピストンスリーブ内で圧縮され、気化したガソリンが爆発し、二酸化炭素が排出されます。いわゆる4ストロークエンジンの吸気、圧縮、燃焼、排気の4工程ですが、それによって大きな低周波の音、ゴロゴロ音、振動が発生します。

 ゼネラルモーターズ(GM)では、ノイズ&バイブレーションセンター(Noise and Vibration Center)でたくさんの研究者が、エンジン音に関する研究を担っています。GMで車外の騒音について研究している上席研究員のダグラス・ムーアは、1984年からGMでの研究に加わりました。まだミシガン州立大学の学部生でした。その後、彼は途中で8年離れた以外は、ずっとGMで働いて、ノイズ&バイブレーションセンターと共に研究することも多いようです。GMにはたくさんの車種がありますが、車種ごとに内燃機関が発する音を消したり、弱めたり、調整したりする研究をしています。キャデラックのチューニングをする場合には、ムーアらは、一貫してエンジン音をできる限り静かにすることを心がけてきました。一方、シボレーのマッスルカー“muscle car”であるコルベットのチューニングにおいては、内燃機関が発するバンバンという音を車内でも感じられるように苦心しています。その音がドライバーに伝わることで、よりエンジンパワーを感じてもらいたいからです。

 ムーアたちが研究していたのは、エンジン音だけではありませんでした。多くの購入希望者が購入を検討している自動車やトラックを最初に見に来た時に注意して聞く音は、運転席側のドアが閉まる時の”ドスン”という音です。その際には、自動車の金属表皮が発するかすかな高調波震動音も同時に耳にしています。ですので、心地よい音を出すために、ドアの重量、ラッチ、車内の気密性などを慎重に調整しています。調整する際には、同時に、快適性、安全性の向上に寄与するように考慮しています。ドアが閉まる際の音を聞く際には、多くの技術者の熟練の技が生かされていることを感じてもらいたいものです。

 米国の自動車メーカーは、既存の人気車種ブランドに電気自動車を加える際に、発するサウンドを開発しなければならないわけですが、方向性が2つあるようです。既存のガソリン車のサウンドに似たものを作る場合もありますし、ルノーのように全く別の新奇なサウンドを作る場合もあります。旅客安全強化法(Passenger Safety Enhancement Act)に規定があり、定められた仕様を満たせば、各自動車メーカーは独自のサウンドを作ることができるようになっています。

 ムーアは2012年のシボレー・ボルトに関するプロジェクトに加わったのですが、電気自動車のサウンドの研究に携わったのは、それが初めてでした。シボレー・ボルトは法律で義務付けられる何年も前から、歩行者警告音を発していました。掃除機が発するような音で、スピードが高くなるとより周波数の高い音を出しました。ムーアは言いました、「エンジンの音に似せた音を出すのではなく、新たに歩行者警告音を開発しました。車両音響警報システム (AVAS:acoustic vehicle alerting system)用にたくさんのサウンドを作りました。エンジン車の発する音の研究を散々してきましたから、その知見を生かすことができました。エンジン車では部品等で物理的に音を生み出していたのですが、電気自動車では電子的に音を生み出すように変わったというだけです。」と。

 また、ムーアは、自動車技術者協会内の電気自動車等の警告サウンドの基準作りをしている委員会の議長も長年務めています。その委員会では、安全度を測定し検査する方法も開発しています。ムーアの研究チームは、電気自動車とハイブリッド車の最低音量基準の策定を主導しました。警告サウンドの音域、長さ、音色等を規定して明確化することも主導しました。ムーアは、かつて全米盲人連合(NFB)本部を訪れ、目隠しをして交通整理に挑戦したことがあります。その際、ムーアはエンジン音を聞いただけで、2005年式シボレー・カマロと2009年式キャデラック・エスカレードを識別してみせました。連合の教官もしきりに感心していたそうです。

 ムーアは、自動車技術者協会と規制当局との関係を私に説明してくれました。彼は言いました、「自動車技術者協会は、音量等さまざまな事項の測定方法を考えています。一方、運輸省道路交通安全局は基準自体を決めています。」と。私はムーアに、どうして規制当局が電気自動車の警告音をガソリン車が発する音に似せないかと聞いてみました。そうすれば、耳が慣れているので車が接近している音であると認識されやすいと思ったからです。するとトーアは言いました、「電気自動車が人工的な音を発する目的は、それが何をしているかという情報を周囲に提供することです。そして、それを提供する方法は1つだけではありません。」と。ちょっと間をおいてから、彼は続けました、「たしかに、私たちはガソリンのエンジンの音を100年以上にわたって聞いてきました。それで、その音を聞くとたくさんのことを予測できるようになりました。では、ガソリンで騒音をまき散らす車が普及する前は、どうだったでしょうか?馬の蹄のカパカパする音を聞くと、誰もが馬車が来ることを予測できました。ですので、エンジン音を聞くとさまざまなことが予測できるという能力は、人間の生来の能力ではないのです。」と。

 理想を言えば、必要な人には聞こえて、必要でない人にはうるさくない人工的な警告音が開発されるのがベストです。それは非常に難易度が高いことなのですが、多くのエンジニアが音に関する研究でしのぎを削っています。音のデシベルレベル(音波が置換する空気圧の大きさを示す)を変えてみたり、いろんな音のピッチ(周波数)を試しています。デシベルもピッチも、音の強弱を決めるものです。危険なのは、オオカミの鳴き声のような音を作り出してしまうことです。そんな音を使ってしまうと、最初だけ非常に効果があるのですが、しばらくすると誰もがそれを聞き流すようになってしまいます。そうするとその音量を上げなければならなくなってしまいます。

 人間は20〜2万ヘルツの周波数の音を聞き分けることができます。電気自動車の音の周波数に関しては、オクターブバンド “octave bands”という概念を用いて規定されています。オクターブバンドとは、ある周波数を中心として上限と下限の周波数の比率がちょうど1オクターブになる周波数の幅(帯域幅)のことを言います(音楽でCオクターブと言う時には、高いCは低いCの2倍の周波数になります)。車両音響警報システム (AVAS:acoustic vehicle alerting system)の音は、隣接しない4つの別々のオクターブバンドをカバーしなければならないと規定されています。それで非常に音域の高低幅が広くなるわけですが、いわゆる広帯域音(broadband)と呼ばれます。Amazonの新型の配送車両はバックする時におとなしい鳴き声を発するようになったのですが、あれは広帯域音です。広帯域音の特性としては、刺々しくないこと、他の音に混じっても聞こえやすいこと、聞く人が音が来る方角を特定しやすいことなどが挙げられます。それと比べると、広帯域音でない狭い帯域の音との差は歴然です。コン・エジソン社(Con Ed)のトラックのバック時の音などが狭い帯域の音に該当します。ちなみに、隣接するオクターブバンドを使わないという規則があるため、曲のようなメロディーを人工警告音として採用することは現実的ではありません。使うとピッチがずれてひどい音になってしまいます。人間の声や動物の鳴き声を警報音として使うこともできません。電気自動車から人間の声や動物の鳴き声が聞こえると視覚の不自由な人が本物の人間や動物なのか判別ができずに戸惑ってしまうからです。