3.コンテナ紛失事故は増え続けている
プラスチック製のコーンウォール・ドラゴンと同様ですが、積み荷満載のコンテナ輸送船は、まるでレゴ社のブロックで作られたかのように色とりどりに見えます。というのは、輸送用コンテナは、青、緑、赤、オレンジ、ピンク、黄色、アクアマリンの単色で塗装されているからです。特にコンテナを積み重ねると、レゴのブロックを積んだ感じが色濃く出ます。その積み重ねは、船倉から始まります。船上では、幅23列で10階建てのビルと同じ高さにまで及ぶこともあります。
船首から船尾までの長さが400フィート(121メートル)、ほぼ野球のホームベースから外野のフェンスまでの距離と同じ長さのコンテナ輸送船を、海運業界ではスモールフィーダーと呼んでいます。その後、レギュラーフィーダー、フィーダーマックス、パナマックス(全長960フィート=293メートルで、2016年に拡幅される前のパナマ運河を通過できる上限の大きさ)と規模が大きくなっていきました。現在では、一番大きなクラスのコンテナ輸送船は、ウルトラ・ラージ・コンテナ・ベッセル(Ultra Large Container Vessel)です。約1,300フィート(396メートル)です。ウルトラ・ラージ・コンテナ・ベッセルを40番街で船尾を底にして縦に立てると、船首はクライスラー・ビルの屋上より高くなります。通常の姿勢では、スエズ運河を通ることができません。2021年にスエズ運河封鎖事故が起きて大騒動となったことは記憶に新しいと思います。
香港からカリフォルニアまで2万3,000個のコンテナを輸送するULCVにはわずか25人の乗組員しか乗っていません。そのため、目的地の港に着くまでにコンテナの数個が海に脱落してしまっても誰も気が付かないということも珍しくないのです。(積み荷満載のコンテナ1つは、大きさも重さもほぼジンベイザメと同じくらいです。それが甲板から100フィート(30メートル)下の海に落下するのですから、凄まじい水しぶきが起こるはずですが、それでも気付かないようです。)しかし、もっと多い頻度で、たくさんのコンテナが固まりで移動して一緒に落下する荷崩れが発生しています。荷崩れで一度に50個以上のコンテナが海中に落下した際には、海運業界ではそれを重大事故(catastrophic event)に区分します。
海運会社は、コンテナが海中に落下した場合でも、そのことを公表する義務はありません。ですから、コンテナの荷崩れ事故等がどの程度の頻度で発生しているかを正確に把握することはできません。しかし、コンテナが海中に落ちて紛失してしまったら、間違いなく、積み荷の輸送費を支払った企業や団体と、貨物を受け取るはずだった企業や団体には通知されます。しかし、コンテナがどこで無くなったかによって、状況に違いが発生します。海はさまざまな国家、団体、条約によって管理されていますが、それぞれの管轄区域はパッチワークのように入り組んでいます。コンテナが流出した場所によって、法の執行状況が異なりますので、コンテナが流出した海域を管轄している国の担当省庁がコンテナ流出事故の件数等を詳細に記録し把握していることもあります。しかし、そうでない場合もあります。世界共通の海運の基準を設定する国連の専門機関の1つである国際海事機関は、荷崩れ事故の報告の義務化とコンテナ紛失情報を一括管理するデータベースを構築することを決定したのですが、これまでのところそれらは実現していません。現段階では、データベース化されているデータは、世界のコンテナ輸送船の総容量の約80%を所有している22社が加盟している業界団体である世界海運協議会(World Shipping Council)によるものだけです。2011年以降、世界海運協議会は、3年ごとに加盟各社のコンテナの紛失に関する調査を行っています。2020年の調査によれば、毎年平均すると1,382本のコンテナが海中に消えてしまっているということでした。
その数字は、海運業界の内部関係者が自主的に行った調査によるものです。その業界に携わっている者たちには、状況をつまびらかにしたくないというインセンティブが働いてしまうので、数字が必ずしも正しいものではない可能性があると警戒すべきかもしれません。サプライチェーンのリスクマネジメントを専門とするパーシル保険会社(Parsyl)社幹部のギャビン・スペンサーは、「完全に透明な数字を報告する人はいない。」と言っていました。そもそも保険会社は、補償した案件の損失額をあまり報告したがりません。それを公表しだすと、収益性が低く見えるからです。また、船舶会社も報告したがりません(航空会社がどれだけの荷物を紛失しているかを公表したがらないのといくぶん似ています)。実際に海上輸送時に紛失してしまっているコンテナ数は、スペンサーの精緻な分析によれば、「想像をはるかに超える数」であり、世界海運協議会(World Shipping Council)が報告した数字よりもはるかに多いことは間違いないそうです。
世界海運協議会は、公表している数字が不正確であるという疑念を真っ向から否定しています。しかし、数字が正確であろうとなかろと、コンテナの紛失がますます増えていることは疑いのない事実のようです。2020年11月、中国からロングビーチに向かっていたワン・アープス号(One Apus)というコンテナ輸送船が太平洋上で嵐に遭い、1,800個以上のコンテナが船上から流出しました。1,800個というと、WSCが推定していた1年間の平均紛失数を1事故で上回ったことになります。同じ月に、中国からロングビーチへ向かっていた他のコンテナ輸送船も悪天候で100個のコンテナを海中に落としましたし、ジャワ島東部の港では137個のコンテナを積んだ船が丸ごと沈没しました。その2カ月後には、中国からカリフォルニアに向かっていたコンテナ輸送船が北太平洋で750個のコンテナを失いました。ここ数年、大量のコンテナ紛失事故の報告が続いています。さまざまな海域で発生しているようです。オーストラリア東岸で40このコンテナが紛失し、ハワイ沖で21個、スコットランドのダンカンスビーヘッド沖で33個、日本の沖合で26個、ブリティッシュ・コロンビア沖で115個と、このような事故が後を絶ちません。
コンテナが無くなる事故が増加している原因の一つは、気候が不安定になっていることにあります。そのために、コンテナ紛失事故の主な原因である嵐や強風がより頻繁に発生し、より激しくなっています。事故増加の原因は他にもあります。コンテナ輸送船の大型化です。大型化で操船が容易でなくなり、コンテナの安定性(甲板上に高く積み上げられるコンテナが風を受けるため)も損なわれ、同時に、コンテナやコンテナを固定している装置類に大きな負担をかけるパラメトリック横揺れ(parametric rolling)という稀な現象が起こりやすくなっています(注:パラメトリック横揺れとは、船長とほぼ等しい波長の向かい波あるいは追い波中で横揺れ復原力が横揺れ固有振動数の整数倍で変化した場合に発生する現象で、揺れが急速に増大する自励振動現象)。さらに最近では、新型コロナの影響で荷物の輸送量が急増しており、かつては積載可能トン数の半分以下の積み荷しか積載していなかったコンテナ輸送船が積み荷満載で出港するようになっています。満載のコンテナ輸送船は、慎重な航行が求められ、悪天候を回避しなければならないのに、乗組員はスケジュールを遅延させてはいけないという強烈なプレッシャーに晒されるようになっています。さらに悪いことに、コンテナそのものが不足しているのです。不足している理由は2つあります。1つは、需要の増大です。もう1つは、新型コロナ初期の港湾の操業停止の影響でいまだに多くのコンテナが一部の港に滞留していることです。そのために、船に固定する機構が劣化気味の旧式のコンテナがメンテナンスも不十分な状態で大量に使われています。そうしたことに加えて、新型コロナのパンデミックの影響で、ただでさえ劣悪なコンテナ輸送船の労働環境がさらに悪化しているので、人為的ミスの発生する確率が高くなっています。特に乗組員は、世界規模で港湾作業が滞っている状況を受けて、港湾や停泊中の船の上で数週間から数カ月も留まらざるを得ず、精神的にも肉体的にも疲労が溜まっています。