4.コンテナ紛失事故が報じられることは稀
タンカーや空母や漁船の乗組員は、自分たちが何を運んでいるのか知っていますが、コンテナ輸送船の乗組員は、自分たちを取り囲んでいるコンテナの中に何が入っているのか、原則として知りません。また、税関職員や港湾警備員も同様です。コンテナ1個には5,000個の箱が入り、1隻のコンテナ輸送船には数時間で9,000個のコンテナが積み込まれます。大きな港湾ともなると1日に10万個のコンテナが積み込まれます。ですので、コンテナの中身の検査をするなんてことは基本的には不可能で、ごく一部しか検査されていません。そのことは、世界の麻薬密売業者、人身売買業者、テロリストにとったら恩恵ですし、それ以外の者にとっては悪夢でしかありません。
もちろん、合法的にコンテナ輸送船で輸送されるコンテナであれば、中身(中身は申告する必要がある)を知っている者が必ず存在しています(ごく稀に申告された内容と中身が異なることもあります)。すべてのコンテナには船荷証券(Bill of Lading)があり、そこには積載物の明細が記載されていますので、船会社と荷送人と荷受人の三者は中身を知ることができます。もし、コンテナのいずれかが海に落ちれば、元々その中身を知ることができた三者以外には秘匿されていた中身を、保険業者と弁護士は知ることとなります。コンテナがたくさん海に落ちた場合、纏めて1件の事故として扱われ、いわゆる「共同海損清算」が行われます。共同海損清算は、海事法に難解な規定があります。たくさんのコンテナが流出した場合、その船舶に積まれていたコンテナの荷主全員で流出によって発生する費用を負担することになります。たとえ自分(自社)の積み荷が無事であっても応分の損失を被ることとなります。(この非合理的に思える取り決めは、既に533年には体系化されていました。実際には、非常に合理的なもので必要な取り決めです。その取り決めがあることで、乗組員たちは船が遭難しそうになって積み荷を投げ捨てなければならない場合に、手当たりしだいに積み荷を投げ捨てることができます。もし、この取り決めが無ければ、乗組員たちは捨てる積み荷を選ぶのに悩んで時間がかかってしまい、大惨事を回避できる可能性が減ってしまうでしょう。)理論的には、好奇心旺盛で調べる意欲が十分にあれば、訴訟に発展したようなコンテナ紛失事故の裁判資料を請求して取り寄せることで、紛失したコンテナの中身に関する詳細な情報を得ることができるはずです。
もし、紛失したコンテナの情報を追い求め、それを広く公開することに人生を捧げている強靭な意志の持ち主がいるとしたら、素晴らしいことだと思います。しかし、私はまだそのような人に会ったことはありません。普通の人が、紛失したコンテナの中身を知ることができるのは、海難事故がニュースで報じられているのを目にした時くらいではないでしょうか.。調べて分かるというものではなく、偶然、受動的に知ることが多いのではないでしょうか。例えば、1月にシンガポールからニューヨークへ向かうコンテナ輸送船から65個のコンテナが海に落ちた事故があった時のことを思い出してください。その船には何万部もの刷りたてのレシピ本が積まれていました。そのため、何度もニュースで取り上げられました。それで、積み荷が何であったかを誰もが知ることとなりました。海に落ちたレシピ本は、メリッサ・クラークの”Dinner in One”とメイソン・ヘレフォードの”Turkey and the Wolf”でしたが、当時は災いのレシピとして大いに話題になっていました。
しかし、ほとんどの場合、紛失したコンテナの中身を初めて知ることとなるのは、それが海岸に流れ着いた時だと思います。まず、その海岸付近の住民が気づきます。ビーチコマー(浜で漂着物等を拾う人)も気付くでしょう。次には、地方自治体や環境保護団体が関心を持ち始めます。最終的には、地方自治体と環境保護団体が協力して資金を出しあって漂着物の除去をすることになります。例えば、コーンウォール・ドラゴンは、自宅近くの浜で漂着物を集めていたビーチコマーのトレーシー・ウィリアムズが、ドラゴンや漂着したレゴ社のブロック等を追跡し、それをソーシャルメディアの専用アカウントに投稿したことで評判となり、多くの者が知ることとなりました。彼女は、コーンウォール・ドラゴンのおかげで有名になって、本まで出版しました。書名は、”Adrift: The Curious Tale of the Lego Lost at Sea”(未邦訳)です。その本は、トキオ・エクスプレス号の事故の歴史とその影響が、淡々とではありますが、魅力的に描かれています。同様に、昨年秋にブリティッシュ・コロンビア州の沖合で1,005個のコンテナが海に落ちた時、海岸周辺の住民が一番最初に中身がどんなものかを知ることができました。というのは、周辺住民の多くがボランティアとして海岸の漂着物処理を手伝ったのですが、ベビーオイルやコロンや保冷バッグ、おむつ、ビニール製のユニコーンなどを取り除くことになったからです。
コンテナ輸送船から落ちて、海を漂ったものは他にはどんなものがあるでしょうか?本当にいろんなものがあります。薄型テレビ、花火、イケアの家具、フランスの香水、ヨガマット、BMWのバイク、ホッケーのグローブ、プリンタのカートリッジ、リチウム電池、便座、クリスマスの飾り、ヒ素の樽、ミネラルウォーター、エアバッグのパーツ、コンテナ1個分の餅、数千個の缶入り五目中華焼きそば、50万個の缶ビール、ライター、消火器、液体エタノール、イチジクのパック、チアシードの袋。消火器、液体エタノール、大量の袋入チアシード、ひざ掛け、布団、海外に引っ越す人の家財道具一式、大学やプロのスポーツチームのロゴが印刷されたチラシ、ニュージーランドの花屋が荷受人となっている飾り芝、女児向けの玩具(マイリトルポニー)、おもちゃの電話、手術用マスク、バーで使うような洒落た椅子、ペット用のアクセサリー、あずまやなどがありました。
そうしたコンテナ輸送船からの漂流物の中には、時として科学的に有益なものもあります。1990年に韓国から米国に向かうコンテナ輸送船から数万個のナイキのスニーカーが海に流失しました。それぞれにはシリアルナンバーが付けられていました。海洋学者のカーティス・エベスマイヤーは、世界中のビーチコマーに、海岸に漂着したら報告してもらうよう依頼しました(エベスメイヤーは、元BBCのジャーナリスト、マリオ・カッチョットロとともに、トレーシー・ウィリアムズが著書”Adrift”を書き上げた際に協力しています)。寄せられた報告からさまざまなことが分かりました。ナイキのスニーカーは海水にも劣化すること無く長い間海面に浮き続けました。また、1組のスニーカーの右足用と左足用は形が異なり風の受け方が違うので、ある浜辺には右足用が散乱し、別の浜辺には左足用が散乱していていました。エベスメイヤーは、寄せられたスニーカーの位置情報を元にさまざまなことを研究することによって、フロタメトリクス(flotsametrics:漂流物潮流研究)と呼ばれる分野を切り開きました。過去30年間、彼はあらゆる漂着物を調査し続けています。レゴ社製品はもちろんのこと、1992年に起きたフレンドリー・フローティー(Friendly Floatees)という商標名の風呂用玩具2万9千個(黄色いアヒルや緑のカエルなど)が含まれていたコンテナ紛失事故も調査し続けています。その中には、海岸に漂着するまでに26年かかったものもありました。