めまいは辛い?だが、原因が特定されることはほぼ無く、適切な治療も施されない!治療法が確立するのはいつ?

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 私が初めてめまいの発作を経験したのは10年ほど前のことである。21歳で、大学に在籍していた。研究の一環でフランスのひなびた農村にいた。ピレネー(Pyrenees)山中の医者に診てもらった。症状を説明するのが難しかった。めまい(dizzy)や不安定(off-balance)をあらわすフランス語が思い浮かばなかったため、手振りを混じえて頭痛(mal à la tête)がすることを繰り返し伝えた。私は1週間寝たきりになった。その2年後、大学4年だったが、3カ月近く軽いめまいが頭に貼りついたような感じがして苦しんだ。その時はアメリカにいて、母国語で医師に症状を説明することができた。それでも、的確に説明するのは難しかった。めまいのせいで、頭の中で洗濯機が脱水をしているように感じたり、足元の地面が上に向かって膨らんでくるように感じたりした。自分の体が周りの人とは違う重力に晒されていると感じることもあった。10年以上にわたって、種々の医学的検査をしても明確な診断は下されなかった。私の症状は特定されず、認識されなかった。

 めまいで苦しんでいる者の多くが、自分の症状を説明するのに苦労する。ピッツバーグ大学(the University of Pittsburgh)の教授での理学療法が専門で、前庭リハビリテーション療法(vestibular rehabilitation)に詳しいスー・ホイットニー(Sue Whitney)は、「『頭が軽い感じがする』と訴える患者が少なくない。」と、言っていた。彼女が診た患者の多くが、「浮いているよう」 とか 「気分が良くない」とか「頭が変な感じ」と言うという。イギリスの前庭系と聴力が専門のスミット・ダスグプタ(Soumit Dasgupta)は、「頭がボーッとする」とか「頭にもやがかかる」と訴える患者も多いと付け加えた。私と同じで前庭片頭痛(vestibular migraine)の診断を受けた知人がいるのだが、彼は、目が左のほうに傾き始めるとめまいが始まると言っていた。また、めまいがある時は、揺れるボートの上を歩くようなものだと言っていた。

 生物学的に言えば、前庭系(vestibular system)は内耳にあり、蝸牛管(cochlea)として知られるらせん状の空洞の隣に位置しています。蝸牛管をカタツムリの殻にたとえると、球状嚢(saccule)と卵状嚢(utricle)と三半規管(three semicircular canals)からなる前庭器官(vestibular organs)がカタツムリの身体に該当する。ねじれた複雑な形状をしていることから、これらの器官を合わせて骨迷路(labyrinth)と呼ぶこともある。三半規管は3つの半規管の総称で、3つは互いにほぼ直角に配置されている。管内を体液が移動することで、頭部の上下左右前後の動きを感知する。球状嚢と卵状嚢は加速度と傾きを感知する。

 前庭系は進化の過程の中でも初期に登場した。生存の為の重要な機能を司っているからであろう。ほとんどの陸生動物(terrestrial animals)が前庭系を持っている。ある医学書に記されているのだが、前庭系は感覚の重要な役割を果たしているが、謎に包まれている部分が多く、神秘的に機能しているという。コロンビア大学(Columbia University)の神経学者であるマイケル・ゴールドバーグ(Michael Goldberg)によれば、前庭系は人間がどこかに移動しようとする際に発する問いに、ヒントを与えてくれるという。どこへ行くのか、どちらに向かうのか、という問いの答えを導き出すのに役立っているのだ。しかし、前庭系が誤って機能することは決して少なくない。

 急に立ち上がる、昼食を抜く、グルグルと回る、アルコールの飲みすぎ等が、めまいの引き金になることがある。めまいは耳、脳、心臓、代謝系などが起因であることもある。引き金と同様に、めまいの治療法も実に多種多様である。良性発作性頭位めまい症(benign paroxysmal positional vertigo:略号BPPV)は、内耳道内の結晶(crystals in the inner ear canals)が緩むことが原因とされる。通常は、耳石置換法(physical repositioning)なる治療が施される。患者の頭や体を動かして、三半規管に入った耳石を耳石器に戻す。慢性的にめまいの症状が続く治療持続性姿勢知覚性めまい(persistent postural perceptual dizziness :略号PPPD)では、前庭リハビリテーション(vestibular rehabilitation)、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)の投与が為される。SSRIは、うつ病(depression)や不安症(anxiety)を治療する際に頻繁に投与されるものである。前庭片頭痛(Vestibular migraine)の治療では、片頭痛に特化したサプリメントや薬剤が使われるが、メニエール病で内耳液が溜まっている人にとっては禁忌である。

 めまいの感覚は、身体の不調を知らせる警報システムと考えられる。しかし、火災報知器がどこで火が燃えているか(あるいは誰かが間違えて非常口を開けてしまったのか)を教えてくれないように、めまいは必ずしも何が悪いのかを教えてくれるわけではない。ダスグプタは、めまいの原因を特定するには、既往歴(anamnesis)を詳細に知ることが重要だという。しかし、近年、臨床現場ではそれは重視されなくなりつつある。「探偵の仕事に似ています。」と、彼は言う。ディエゴ・カスキ(Diego Kaski)は、イギリスの国立神経学脳神経外科学病院(the U.K.’s National Hospital for Neurology and Neurosurgery)で顧問神経科医として前庭片頭痛患者を治療している。患者の症状が自分に起こっていると想像することで、患者の症状を理解しようとしている。彼は患者の身振り手振りを良く見るようにしているという。自分の身体が動いていると錯覚するめまいがする患者は、指や手をくるくる回すことが多いという。また、頭を抱え込んだり、上半身を左右に揺らす者もいるという。患者が身体的なことだけでなく、心理的なことを説明することも多い。「めまいを感じると自分の身体が何だかコントロールできないと感じられ、とても恐怖を感じるものだ。」と、カスキは言う。めまいを感じる者の多くが、死んでしまうのではないかという不安を感じているという。