2.正しくリスクを認識すべき
彼らが接種するのを躊躇することは、理のあることで理解できないわけではありません。血栓が出来るとか心筋炎の可能性があると耳にしたら誰でも慎重にならざるをえません。しかし、ワクチン接種のリスクを正しく把握する際には、接種しないことによるリスクも理解すべきです。どんな医療行為でも、どんな施術でも、実施するリスクと実施しないリスクを十分に検討することは重要なことです。
医師が行う医療行為には、リスクが伴わないものはほとんど無いでしょう。全ての手術が成功するわけではありません。各種検査で誤って陽性と診断し、不必要な検査や施術が偽されることだってあるわけです。投薬やワクチン接種も同様で、リスクはゼロではありません。米国では毎年約130万人が薬の副作用が原因で救急科を訪れています。さまざまな研究の推定によれば、入院患者の約7%が何らかの形の薬の副作用に苦しんでおり、致死率は0.3%です。その数値を元に計算すると、米国では病院で毎年200万件を超える副作用が発生し、10万人以上が死亡していると推測されます。その数値が正しいのであれば、薬による副作用は、米国で4番目に多い死因となり、糖尿病、肺炎、自動車事故よりも多いのです。(訳者注:1位心疾患、2位悪性新生物、3位慢性下軌道疾患(気管支炎、ぜんそく、肺気腫、慢性閉塞性肺疾患など)、4位脳血管疾患、5位不慮の事故、6位アルツハイマー病、7位糖尿病、8位腎炎など、9位インフルエンザ・肺炎、10位自殺)。
そうした数字を見ると、薬の副作用というのは非常にリスクが高いように思います。リスクが高いから、処方薬を飲むのは止めた方が良いのでしょうか?ところで、副作用が多い薬とは、どんなものでしょうか?副作用が多い薬は、抗けいれん薬、インスリン、抗凝血薬(脳卒中を予防するために使用される)等であることが分かっています。また、抗生物質は、他のどんな種類の薬よりも多くの副作用を引き起こしており、それにより年間約15万人がER(救急救命室)に運び込まれています。アセトアミノフェン(穏やかな解熱鎮痛薬)でさえ副作用のリスクがあり、その副作用で毎年5万6千人がERに運び込まれ、その内の2,600人が入院し(その半分弱が肝機能不全に陥り)、450人以上が死亡しています。そういった数値を見たとしても、私のところを訪れたワクチンを忌避している患者のほとんどは、脳卒中を防ぐ薬や抗けいれん薬や糖尿病の治療薬や鎮痛剤や抗ウイルス薬が非常に有効で重要であることは認識していると思います。また、それらを使うことの医学上のメリットはリスクよりも大きいことも認識していると思います。
ここで皆さんに認識してもらいたいのは、医療行為というのは複雑な作業であり、常にある程度の不確実性とリスクが伴うということです。また、薬には治療効果とともに害を与える可能性もあるということは、常に認識しておかなければなりません。pharmacology(薬理学)という言葉はギリシャ語”pharmakon”が由来です。古代ギリシャ語のpharmakonという語には、治療薬という意味だけでなく、致命的な毒という意味もあったのです。2カ月前、私は皮膚感染症が見られた女性患者に広く使われている抗生物質を処方しました。1週間後に、彼女が来院した時、肝不全が見られました。処方した抗生物質は稀に肝不全を起こすことが知られていました。もしも、私が彼女が肝不全の症状を呈していることを見落としていたら、私はまた同じ抗生物質を処方していたでしょう。私は医師になるために十分な教育や訓練を受けていて、特定の薬によって引き起こされる特定の副作用のリスクがどういった人にあるのかを経験と知識に基づいて推定することができます。また、投与することによる潜在的なメリットとそれに伴うリスクを推測することもできます。最初に彼女を診た時に、もしも彼女に元々肝臓に問題があることが分かっていたなら、私は違う抗生物質を処方していたでしょう。誰にどのように副作用が出るかを完全に正確に予測することは不可能ですが、それでも我々医師は、メリットとリスクを天秤にかけ、患者の病歴や薬に関する情報をたよりに、さまざまな可能性を考慮しながら、全体的なバランスを可能な限り把握しようと努めているのです。
そのような努力が医療現場では日夜繰り広げられています。個々の患者ごとに、メリットとそれに伴うリスクを詳細に多面的に分析しています。医師があなたのベッドの横に来て沈黙している時、おそらくその医師は心の中でどんな治療法や投薬が有効かを検討し、そのメリットとリスクを予測することに集中しているでしょう。そうして分析した結果に従って医師は治療方針を決めています。私は、先日、医師が医療行為を行う際にはリスクを考慮する等さまざまな分析をしていることをある患者に説明してみました。その患者(女性)は抗ウイルス薬の副作用が出てERに戻るところでした。抗ウイルス薬によって、その患者のウイルスを死滅させましたが、薬の副作用というリスクがその時点ではメリットを上回っていました。メリットとリスクのバランスは常に変動していて、その時点ではリスクが上回る状態に陥っていたので、私はその抗ウイルス薬の服用を止めるように勧めました。彼女は頷きながら言いました、「分かりましたよ。なんだか、シーソーのようなものなのですね。」と。