渡航制限って効果ある?海外からの入国者を制限することでオミクロン株の感染拡大を防ぐことが出来るか?

Annals of Inquiry

Will the Omicron Travel Restrictions Work?
渡航制限でオミクロン株の感染拡大を防ぐことが出来るか?

Attempts to slow the pandemic by screening international arrivals have a mixed record of success.
感染拡大防止のために海外からの流入者を制限する試みは、成功することもあるし失敗することもある。

By Benjamin Wallace-Wells December 4, 2021

1.渡航制限でオミクロン株感染拡大を防止できるのか?

 新型コロナのオミクロン株が壊滅的な影響を及ぼすのか、それとも大した影響を及ぼさないのかは現時点では誰にも分かりません。大した影響を及ぼさないであろうと予測している人も少なからずいるようです。そうした予測は、現時点ではこれまでに発生した変異株よりも重症化させる力が強いという確たる証拠が無いことと、全世界でワクチン接種による抗体を持った者の割合が高くなっているので感染拡大はしないだろうという推定が根拠のようです。反対に、重大な影響を及ぼすと予測する人もいます。そうした予測は、オミクロン株には非常にたくさんの変異があり、既存の変異株よりもワクチン接種で得られた抗体を突破する力が強いという推定が根拠のようです。これまでのところバイデン政権はオミクロン株は「懸念の種ではあるが、パニックの種ではない」と強調しています。オミクロン株の出現に対応して、バイデン大統領は感謝祭の休暇でナンタケット島を訪れていましたが、速やかに対応してオミクロン株が最初に検出された南アフリカとその周辺8カ国からの旅行者の入国を禁止しました。火曜日(11月30日)の夜には、米国疾病管理予防センターは、海外から米国内への旅行者の検疫強化を発表しました。バイデン大統領はオミクロン株対策について記者会見で言及しました、「すべきことを粛々と実行するのみです。幸いにしてまだ米国内でオミクロン株の爆発的な感染拡大は発生していない。」と。米国の同盟国の多くが米国と歩調を合わせています。英国は米国と同様の施策を採用しています。パンデミックが始まって以降一貫して厳しい措置を続けている日本は海外からの入国を一切禁止しました。

 米英日のとった措置は即座に物議を醸しました。南アフリカは地球市民としての役割を立派に果たしたのに、どうして制裁されなければならないのかという批判の声が多いようです。たしかに、南アフリカは、厳格なゲノム監視プログラムを維持しており、新しい変異株検出後は迅速にWHO(世界保健機関)に報告していました。ですので、それを罰するように見える措置は非難されても致し方ないでしょう。バイデン政権の入国者検査厳格化措置が実施となる3日前に、英国、ドイツ、チェコ共和国でオミクロン株が検出され、EU諸国は一斉に南アフリカ諸国からの渡航を制限しました。ワシントン大学のニコール・エレットは、「旅行禁止令を下すほど十分な情報を持つ時には、残念ながらすでに手遅れになっています。」と述べています。各国の南アフリカに対する渡航制限が物議を醸したのは、南アフリカに対して制裁的に見えるということだけが理由ではありません。公衆衛生を建前に国家が個人の自由を制限するということも物議を醸している原因の1つです。同時に、世界全体のために1国が犠牲になっても良いのかということも問われています。

 公衆衛生が理由で交易が禁じられたのは、歴史を振り返ると14世紀にまで遡ります。イタリアでペストを防ぐ際にとられた措置が最初でした。積荷が汚染されえているという疑念がある船が入港する際には検疫旗を掲げることが義務付けられました。また、各港は汚染地域からの船の入港を禁止しました。(検閲旗を掲げる伝統は今でも残っています。色は黄色に統一されています。)より現在に近い形で海外との交易が管理されるようになったのは19世紀の終わりのことです。港に入港した船に対して検査が為され、簡易的な検疫が保健衛生当局によって行われるようになりました。ミシガン大学で医学史に詳しい医学博士ハワード・マーケルは言いました、「1890年代には、当時はニューヨークでコレラが大流行したのですが、便のサンプルを採取し、細菌培養をすぐに行って、感染しているか否かを把握していました。」と。渡航禁止や制限、検疫強化という措置は第一次世界大戦後には廃れていきました。理由は2つで、1つは戦争や紛争が多く、交易自体が少なくなったことで、もう1つは抗生物質が普及して疫病が怖いものではなくなったことでした。1980年代にグローバリゼーション化が進み疫病のパンデミックが再び発生するようになり、再び渡航制限や検疫強化が為されるようになりました。渡航制限が実施された例は多くはありませんが、HIV陽性者の入国は1987年~2010年まで禁止されていました。HIVの感染を防ぐ手段だったわけですが今にして思うと愚策でした。また、SARSが流行した際には一時的にアジアからの渡航者の入国が禁止されました(これは効果が有ったと推測されています)。マーケルはSARSに関して米国とカナダがとった措置を比較しています、米国ではアジアからの流入を制限した結果、検疫時に感染が確認された8名以外の感染者は出ず、死亡者も出ませんでした。一方、渡航制限や検疫強化を実施しなかったカナダでは、トロントで感染が拡大し44人の死者が出ました。最終的にトロント市ではさまざまな制限措置を取らざるを得ませんでした。

 マーケルが指摘しているのですが、一般的に検査が可能である時には、保健衛生当局は過激な方策ではなく、より穏やかな方策を取るべきです。マーケルはそのことを例えて言いました、「BBガンの使用で十分な際には、バズーカを使用すべきではありません。」と。しかし、新型コロナのパンデミックの初期の段階では、多くの国がバズーカを使用しました。台湾、韓国、日本、シンガポール、オーストラリア、ニュージーランドなどが該当しますが、いずれも厳しい渡航制限を課しました。それらの国々では、併せて積極的に感染経路の調査をし、積極的な検査を実施しました。そうした措置をとった国々の経済的、社会的、政治的コストは馬鹿にならないものだったでしょう。オーストラリアはすべての国外居住者に対して国境を閉ざしました。海外に住む一部のオーストラリア人は帰国しようとして罰金を課され懲役刑の危機に直面しました。ニュージーランドはニュージーランド国民と結婚した外国人の入国さえ制限しました。しかし、感染防止策として、そうした厳しい制限は非常に効果的だったことは確かです。台湾では、新型コロナによる死者数は9百人未満でした。日本の人口は米国の37%ですが、新型コロナによる死者数は米国の2.3%です。広大な土地に2千6百万人が住むオーストラリアの新型コロナによる死者数は2千人強でした。ニュージーランドでは44人でした。

 今週、多くの国がオミクロン株の出現に対応して、新たな渡航制限策を採用し始めました。それに対応して、WHO(世界保健機関)事務局長のテドロス・アダノム・ゲブレイエスは、厳しい制限策を採用しないよう各国に勧告しました。水曜日(12月1日)に彼は言いました、「一斉に渡航制限を行ってもオミクロン株の感染拡大を妨ぐことはできません。ただただ景気や経済に重大な影響を及ぼすだけだ。」と。しかし、その発言は、上述の環太平洋諸国がパンデミック初期に感染拡大防止に成功した事実に照らし合わせると矛盾していると言わざるを得ません。UCLAの歴史学者ピーター・ボールドウィン(昨年、パンデミック初期の各国のさまざまな対応に関する本を出版した)は、WHO(世界保健機関)の立場は支持できるものではないと言及していました。彼は言いました、「過去の経験によって渡航制限策は非常に効果的であったことが証明されています。ですから、私は、WHO(世界保健機関)事務局長の発言には賛同できません。」と。もちろん、渡航禁止令を発したからといって完全に感染を防ぐことはできません。ボールドウィンは付け加えて言いました、「完全にウイルスの侵入を防ぐのは無理でしょう。どんな対策を実施してもウイルスは少なからず何らかの方法で侵入するでしょう。しかし、厳しい渡航制限を実施する国は、それを実施しない国よりは確実に感染拡大を上手く制御出来るでしょう」と。これまでに行われた渡航制限策が全く効果が無かったのであれば、各国政府がオミクロン株拡大防止策で渡航制限策を実施するか否かを検討する際の答えは容易に出るでしょう。渡航制限策を実施するのは人道的立場からも憚られますから、実施しないで国境を開放しておくという選択肢が容易に選ばれるはずです。しかし、新型コロナのパンデミックでは、渡航制限策は明確な成果をあげており、そんな選択肢が選ばれるべき状況ではありません。ボールドウィンは、「WHO(世界保健機関)が渡航制限策を推奨しないのは政治的側面からの判断によるものです。ですから、ほとんどの国がそれを完全に無視しています。」と述べました。

 新型コロナのパンデミックが初めて発生した際に各国が厳しい渡航制限を課した理由の1つに、誰が感染しているかを特定するのが難しいということがありました。新型コロナと全く対照的ですが、エボラ出血熱の場合は、感染者には必ず発熱症状が見られました。ですから、検温することが感染者の流入を防ぐ手段としては非常に有効でした。しかし、新型コロナ発生初期の中国からの旅行者の中には、全く症状の現れていない沢山の感染者が混ざっていました。彼らを検出するのは不可能でした。トランプ政権は中国からの移動者に対して渡航制限を課したことを誇らしげに自画自賛していましたが、実際にはそれをしたのは遅すぎましたし、ザルの様に抜け穴だらけでしたので大して効果的ではありませんでした。米国は国内で新型コロナの感染者が検出された後に中国に対して渡航制限を課しましたが、既に45カ国がそれを課していました。米国の渡航制限策はいろんな条件が付いていて、米国人とその扶養家族は何の制限も無く移動できました。ニューヨーク大学医科大学院の感染症に詳しい疫学者であり、バイデン政権の新型コロナ対策タスクフォースのメンバーであるセリーヌ・ガウンダーは私に言いました、「当時の状況からすると、全員の移動を制限すべきでした。どこの国からとか、国籍とか、居住地とかに関係なく全員の流入を禁ずるべきだったのです。しかも、それを早急に実行すべきでした。そうしていれば、その効果は絶大だったと推測されます。特に人の往来が激しいニューヨーク市などでは効果が大きかったでしょう。まあ、今さら言ってもしょうがないのですが、早く実施することが非常に重要だったのです。」と。

 新型コロナのパンデミックの初期の段階についてのさまざまな研究が為されていますが、渡航制限策を実施するタイミングが非常に重要であったということが判明しています。15年前、ノースイースタン大学の物理学者のアレッサンドロ・ヴェスピニャーニは、一般的な感染症がどのように広がるかを可能な限り詳細に正確に予測するために、世界中の全ての人間の活動をシミュレートするモデルを開発しました。「本当に忠実に全世界の人間の活動を再現出来るモデルを構築しました。」とヴェスピニャーニは私に言いました。2020年4月にサイエンス誌に掲載された論文で、ヴェスピニャーニと共同執筆者はそのモデルを使ってシミュレーションした結果を記していましたが、素早く(2020年2月上旬の時点で)武漢からの旅行者に対する渡航制限が世界規模で実施されていたら、全世界の新型コロナ感染者数は77%削減出来たようです。その論文にはもっと極端な例も記されているのですが、渡航制限策の開始時期が2~3週間遅くなると、新型コロナの感染拡大を防ぐ効果は非常に少なくなるということです。しかし、今回のオミクロン株の出現にあたって、WHO(世界保健機関)はお粗末なことに各国の保健衛生当局に渡航制限を先延ばしするよう要請しています。本当は、バイデン政権が素早く渡航制限策を実施したように、素早く行動すべきなのです。

 私はヴェスピニャーニに電話をしました。というのは、彼の作ったモデルでオミクロン株に関するシミュレーションをしたらどうなるかを知りたかったからです。「去年の2月頃に米国で新型コロナのパンデミックが始まった頃と似ているんじゃないでしょうか。」とヴェスピニャーニは私に言いました。私たちが電話で話す約1時間前に、CDC(米国疾病管理予防センター)がカリフォルニア州で国内初のオミクロン株感染者が1人出たと発表しました。ヴェスピニャーニのモデルに、オミクロン株の他の国々での感染者数や陽性率を当てはめると、その時点で米国のオミクロン株感染者数は1人ではなく、数十人~数百人であることが示唆されました。ヴェスピニャーニが言うには、南アフリカからアムステルダムへ直近で航行した2機の乗客600人の内、5%がオミクロン株に感染していたそうです。11月下旬には南アフリカから沢山の旅客機が世界中に航行していましたが、それに搭乗していて乗客の感染率も同程度であると推測できます。ということですので、既にオミクロン株の感染者は世界中にかなり沢山存在していると言わざるを得ません。

 私はヴェスピニャーニに、渡航制限策によって米国でのオミクロン株の感染拡大を抑制できるか否か尋ねてみました。彼は私の質問を聞き終わる前に首を振り始めました。彼は言いました、「山火事で例えるなら、渡航制限は山火事の防止策のようなものです。しかし、既に山火事が起こってしまった後では効果はあまりありません。」と。ヴェスピニャーニは、新型コロナの感染拡大第1波の際に例のモデルを使って研究したことについて言及しました。それによって分かったのは、第1波の際には急速に国内居住者間の感染が拡大するようになったということと、そういう状況だったので国を跨ぐ旅行者の渡航制限をしてもほとんど効果が出ていなかっただろうということです。ヴェスピニャーニは、バイデン政権はオミクロン株に対して早期に渡航制限をしたので、感染拡大を遅らせられるだろうと推測しています。