7. 核融合発電の研究は粛々とMIT で続けられている
マムガードとホワイトがプラズマ科学・核融合センターで私に見せたものの多くは、核融合技術に関しての初歩的な部分でした。プラズマを磁場に閉じ込めるという概念は旧来からあるもので斬新なものではありませんし、プラズマを生み出すことは現在では難しいことではありません。また、宇宙の99.9%は素電子プラズマで満たされています。過去数十年に渡って多くの物理学者がプラズマと磁場を研究してきました。核融合を研究する物理学者にとって最も難しいと思われるのは,天然にはごく微量しか存在しない放射性物質のトリチウム(三重水素)をどのように確保するかということと、それを核反応を利用して自己生産し回収する方法を確立することです。そのためには自給型核融合炉の開発が必要だと思われます。量子コンピューターが出来れば、プラズマ中の電磁波の研究がもっとすすむかもしれません。まあ、いずれにしても素人の私には理解することも予測することも出来ません。しかし、素人の私にも理解できることがあります。それは、核融合発電の実用化は非常に難易度が高いものの、多くの物理学者が日夜研究に取り組んでいているということです。彼らは、超高温プラズマ磁場、トロイダルコイルなどの研究をこの瞬間も続けています。
「エネルギー源として考えると、核融合はある意味では扱いにくい部分もあります。それは強烈な熱源みたいなものですから。」とホワイトは言いました。次にマムガードは言いました、「ジェームズワットが18世紀に英国で蒸気機関を発明して産業革命を起こして以来、人類は熱源を電気に変えて使っています。」と。マムガードは、CFS社は熱源を電気に変えるという点においては目新しくもなく革新的でないテクノロジーを使用していると言いますが、根底の熱源を生み出す部分のテクノロジーは非常に革新的なものでさらなる研究が必要です。
特に、HTS(超高温伝導体)マグネットの開発は非常に革新的なテクノロジーです。核融合研究の肝です。しかし、多くの研究者がその開発は実現不可能ではないかという疑念を抱いています。ある物理学者が私に言いました、「私は強力な磁場が作り出す物質の応力について、本当に作り出せるのか疑念を抱いています。また、本当にそれが必要なのかということも疑問に思っています。HTS(超高温伝導体)磁石は間違いなく将来のトカマク型で使用されるでしょう、しかし、想定しているよりも弱い磁場のものが使用されるのではないかと思っています。」と。
「CFS社の研究内容について批判を浴びることはほとんどないのですが、実用化を急ぐようにとの圧力は非常に強いですね。」とマムガードは言いました。ITERでは、内部に入れる磁石の開発に30年かかりました。しかし、CFS社では磁石の開発は3年しか掛からなかったと彼は私に説明しました。心なしか自慢気に見えました。その時の彼は自信に満ち溢れていていくぶん野心家に見えました。
SPARCには18個のHTS(超高温伝導体)磁石が使われてます。1つの磁石は16個の”パンケーキ”と呼ぶパーツで構成されています。パンケーキという名ですが、高さ8フィートのパーツで蒲鉾型をしています。私はMITの巨大な共有実験施設であるウェスト・セルでパンケーキを見せてもらいました。パンケーキとドーナツ(トカマク型のこと)に関する実験は全てそこで行われていいるので、ウェスト・セルはウェスト・セル食堂と呼ばれていました。パンケーキにはアルファベット順に名前が付けられました。一番最初に生産されたパンケーキはEggと名付けらたそうですが、私がそこを訪れた時にはStrawberryが完成したところでした(Eが1個目なので、Sは15個目に該当する)。ホワイトは言いました、「私たちは当初、16個完成させたら全員でパンケーキの朝食をとることを計画していました。でも、新型コロナの影響でそれをするのは憚られますね。」と。
ちなみに私が見たパンケーキ(Strawberry)はとても流麗できれいに見えました。それは、鋼、鋼鉄、HTS(超高温伝導体)のコイルとヘリウム冷却剤で構成されていました。冷却材が使われているのは、超高温伝導体を低温に維持する必要があったからです。パンケーキの内部構造がみえるのですが、それを見るとパンケーキというよりはクロワッサンに似ていると言えなくもありませんでした。ホワイトは言いました、「1個目のパンケーキが完成したときの時のことは良く覚えていますよ。それを運ぶ際には繊細の注意を払いましたね。非常に慎重に動かしました。緊張で心臓が口から飛び出しそうでした。それが、先週には15個目のパンケーキが完成したのです。同じように慎重に運んでSPARCに取り付けました。慣れてきたとは言え、やはりいつも緊張しますね。」と。
核融合発電におけるライト兄弟になろうとしている企業はCFS社だけではありません。2001年、マイケル・ラバージは印刷会社で物理学者兼エンジニアとしての職を辞し、核融合の研究に取り組み始めました。その研究が発展してゼネラル・フュージョン社が設立されました。ゼネラルフュージョン社は、カナダに本拠地があり、磁化標的核融合と呼ばれる技術を研究しています。ジェネラルフュージョン社はジェフ・ベゾスから資金援助を受けていますが、一部の核融合を研究している物理学者によると、その企業は研究している核融合装置に関する論文を全く発表しておらず、研究はそれほど進んでいないと推定しています。英国エネルギー庁は、ジェネラルフュージョン社にオックスフォードシャー州カルハムに実験用核融合炉を建設するよう委託しました。カルハムは1990年代には核融合の研究の先進地でした。ジェネラルフュージョン社は、2025年に実験用核融合炉を完成させると公表しました。CFS社も2025年にマサチューセッツ州デベンスにSPARCの実証用設備を完成させて稼働を開始させる予定です。現在、少なくともスタートアップ企業20社が核融合発電装置を研究しています。いずれも技術的進化の恩恵を生かし、3Dプリンターと人工知能をフル活用しています。とはいえ、企業ごとに違いますが、さまざまな技術的な課題を抱えています。カリフォルニア州オレンジ郡にあるTAE社は、核融合にの原料にホウ素を使用します。ホウ素を使うとより高温が必要となりますが、放射性副産物を生成されないというメリットがあります。多くの物理学者は、ホウ素を使う核融合は優れている点がいくつもあるが、それゆえに実用化の難度も高いと認識しています。TAE社社長のミヒル・バインダーバウアーは言いました、「現在、沢山の企業が核融合発電の実用化を競っています。私は他社のことを競争相手だとは思っていません。むしろ、同じ目標を持った同胞だと思っています。私は、同胞の中から1社でも良いので、目標を達成して欲しいと願っています。」と。