2.eスクーターのシェアリングサービスの実証実験実施の決定
eスクーターはニューヨーク市に導入された最初の立ち乗り式の電動式の乗り物ではありません。二輪のパーソナル・トランスポーター、Segway(以下、セグウェイ)が最初でした。セグウェイは2001年12月に発売されました。ジェフ・ベゾスなどは「人間の移動形態を変える革命的な製品」と絶賛していました。ベゾスとセグウェイを発明したディーン・ケーメンがタイムズ・スクエア周辺の歩道でセグウェイに乗っている写真を見たことがある人も多いのではないでしょうか。
今日、セグウェイと聞いて、もっとも良く連想されるのは、2009年封切りのコメディ映画「モール・コップ」で主人公ポール・ブラートが乗っていた姿ではないでしょうか。それくらいあまりお目にする機会は少なくなっています。しかし、セグウェイの残した影響はそこかしこに残っています。多くの州や市で法律で規制して1人乗りの電動式乗り物を歩道や街中から締め出しています。eバイク(電動アシストユニットを取り付けたスポーツサイクル)やeスクーターも締め出されています。
eバイクが初めて流行したのは2000年代後半のことでした。ニューヨークでは食品等を配達する人たちが使っていました。そうした配達員のほとんどは移民労働者でした。eバイクへ1,500ドル投資することで、彼らは夜間の配達時に1時間あたり2ドル収入を増やすことができました。年間にすると数千ドル収入が増える形です。eバイク流行の初期には、違法な改造をしたようなeバイクに乗っている人もいました。私の義姉は2010年にマンハッタンで自転車専用レーンを逆走してきた映画関係者が乗ったeバイクによって、肘を複雑骨折させられました。
eバイクに対する取り締まりは2017年に始まりました。きっかけを作ったのは、アッパーウエストサイド在住の60歳の投資家マシュー・シェフラーでした。彼はスピードガンを使ってコロンバスアベニューの自転車専用レーンを走る自転車の速度を測っていました。彼は、WNYC(ニューヨークの非営利の公共ラジオ局)の番組「ブライアン・レーラー・ショー」の中の「市長と話そう!」というコーナーに招かれ、ビル・デブラシオ市長に高速で走る自転車の危険性を訴えました。
その翌年、ニューヨーク市警はeバイクを使って配達している者で悪質な者に500ドルの罰金を課しました。対象は数百人でした。中にはeバイクを没収された者もいました。配達する者の中でも中国語やスペイン語を話す者は、英語を話す者よりもはるかに高い割合でeバイクを没収されました。Deliver Justice Coalitionという配達従事者を支援する団体が、地元選出の議員の支援を受けて立ち上がりました。クイーンズ区選出の州上院議員のジェシカ・ラモス、ブルックリン区選出の市議会議員カルロス・メンカカが支援してくれました。しかし、活動資金も乏しく、州議会議員に対する効果的なロビー活動をするには至りませんでした。ペダルアシスト式eバイク(ペダルを踏んだ時だけモーターが駆動する)は、最終的には規制の対象ではなくなりました。自転車のシェアリングサービスを提供していたシティ・バイク社は、2018年にeバイクを導入し始めました。しかし、ニューヨーク市内の4万人の自転車による配達従事者が好むフルスロットル式eバイク(モーターの力だけでも走れる、全くペダルをこがずに時速20~30キロでの走行が可能)は違法とされたままでした。
同じ時期に、バード社やライム社は、ニューヨークがおいしい市場であることに気づき始めていました。セグウェイ関連の法律による規制があるあるにもかかわらず。両社は、州議会へのロビー活動に潤沢な資金を投じました。バード社は、ウーバー社でかつて政治戦略コンサルタントをしていたブラドッリー・タスクを招聘しました。彼は、2010年代前半にニューヨーク市でウーバー社がサービスを開始するにあたって、市から提起された規制問題を克服するのを支援しました(当時、市やタクシー業界から、タクシーの運転手と違って正規労働者ではないギグワーカーの運転手が安全を担保できるのかという指摘を受けていました)。2019年1月~6月の間に、タスクは10万ドルの報酬を受け取りました。ライム社も同様にロビー活動に多額の資金を投じていました。
フィル・ジョーンズ(ライム社の政治戦略担当役員)が、電動式キックスクーターのシェアリングサービスを提供する会社のための新法制定において主導的な役割を果たしました。彼は言いました、「かつてセグウェイを規制するためにいろんな法律が制定されました。その結果、ニューヨーク州には2輪の電動自転車を違法とする根拠となる法律がいくつもありました。それらの法律はライム社がサービスを提供するための障害になっていました。配達をする人たちにとっても障害になっていました。」と。ジョーンズは、二輪電動式乗り物を合法化するために、既存の5つ法律を1つの法案にまとめることに注力しました。ライム社やバード社など業界からのロビー活動資金が十分にあり、配達従事者に何らかの規制を設けたい当局の意向もあり、2019年に新たな法案(州議会立法番号5294A)はニューヨーク州議会で可決されました。その法案の発案者はジェシカ・ラモスでした。しかし、アンドリュー・クオモ州知事は、拒否権を行使しました。拒否した表面上の理由は、全ての電動スクーターと電動自転車の乗員にヘルメットを着用してもらいからというものでした。しかし、消息筋によると、本当の理由は、州議会で急速に存在感を高めているラモスに対する知事の敵意でした。
2020年3月20日、クオモ知事はニューヨーク州を都市封鎖(ロックダウン)しました。それから数週間もすると、ニューヨーク市警に邪険に扱われていた食品の配達従事者たちは最前線で奮闘する英雄として讃えられるようになりました。特にロックダウンの初期の頃は、街中を走っている車両は救急車と配達従事者の電動自転車だけという状況でした。それ以前にクオモ知事は既にヘルメット着用を義務化する意見を撤回していました。彼は、4月に法案に賛成し署名しました。
7月にニューヨーク市議会は電動スクーターのシェアリングサービスの実験導入をすると決定しました。10月に市運輸局は実験導入に参加する事業者を公募しました。契約するのは最大3社となっていました。ニューヨーク市はマイクロモビリティの世界最大の潜在的市場の1つですし、電動スクーターのシェアリングサービスを実験できる貴重な機会となります。実験導入の事業者に選定されることは非常に魅力的なことですので、数十社が大きな関心を寄せていました。その中には、バード社やライム社といったこの業界の巨人だけでなく、2社の牙城を崩すことを虎視眈々と狙っている小さな企業も沢山ありました。そうした企業の1つがLink(以下、リンク社)です。リンク社は、マサチューセッツ州ケンブリッジに本拠を置くロボットを製造開発する企業Superpedestrian(以下、スーパーペデストリアン社)の子会社です。リンク社の電動キックスクーターは蛍光色の黄色で、現時点でシアトル、オークランド、マドリッド、ローマを始め21都市でシェアリングサービスを提供しています。