6.革新的なスーパーペデストリアン社のテクノロジー
電動キックスクーターを未来の近距離移動交通手段の主力にするためにはどうすべきか?それを理解するために、私はリンク社の子会社であるスーパーペデストリアン社を訪ねました。同社には現在190人の従業員がおり、その多くは研究開発部門で働いています。研究開発部門の場所はケンブリッジの静かな裏通りにあり、かつては機械工場でした。スーパーペデストリアン社の創設者は43歳のイスラエル生まれのアサフ・バイダーマンでした。彼はZoomで私に研究開発部門の案内をしてくれました。彼は妻ニリ・オハヨン(オニリのニックネームで有名なイスラエル人のシンガーソングライター)と6歳の娘リウィアとともに、パンデミックを避けるためにギリシャのどこかの島にいました。バイダーマン一家は米国に戻ったら、ブルックリンに住む計画を立てています。
バイダーマンは、イスラエルでの兵役を終えた後、MIT(マサチューセッツ工科大)で物理学と建築を専攻しました。彼は、MITメディアラボ(MIT建築・計画スクール内に設置された研究所。主に表現とコミュニケーションに利用されるデジタル技術の教育、研究を専門としている)で、石井裕の下で働きました。石井裕は1990年代初頭にコンピュータ・ヒューマン・インターフェースという研究分野を切り開いた研究者です。バイダーマンは石井と協力して、新しいセンサーとデジタルツールを駆使して人間と機械の間に意義のある関係を生み出すというアイデアを思い付きました。また、バイダーマンは、オーストラリア生まれのMIT建築学部長ビル・ミッチェルの影響も受けていました。ビル・ミッチェルは、将来膨大なデータが建築や都市計画で活用されるようになるだろうと予見していました。バイダーマンは言いました、「都市環境に関するデータを収集できるようになれば、都市計画を作る時にデータを活用して数値の裏付けのある計画を組むことが出来るようになるでしょう。」と。
2003年、バイダーマンと石井の研究室でポスドクをしていた研究員カルロ・ラッティ(現在はMITの教授で、都市計画研が専門)とともに、MIT内に都市計画に関する研究室を立ち上げました。デジタル技術を導入することがどのように都市計画に役立つかを研究していました。その研究所が世界中のさまざまな都市に対してコンサルティングを始めた時、バイダーマンが感じたのは2050年までに都市部の移動手段に対する需要は3倍になるだろうということでした。彼は言いました、「世界では人口が増加し続けますし、人口の都市流入も続くでしょう。また、人々の収入も増え続けるでしょう。しかし、各都市の現在の道路は増えたり拡がりはしないでしょう。ですから、その道路をより有効的に使って、より多くの人が移動できるようにするしかないのです。」と。
スーパーペデストリアン社は2013年1月の創業です。バイダーマンは40人のロボット工学研究者を集めました。その研究所では、創業から4年半で、あらゆる小型電動式の乗り物で使用できる、電動自動車にも転用できるオペレーティングシステムを開発しました。そのオペレーティングシステムは、マシンラーニング(コンピューターが大量のデータを学習し、分類や予測などのタスクを遂行するアルゴリズムやモデルを自動的に構築する技術)をベースとしています。最終的にその技術に関して37件の特許を取得しました。バイダーマンはそのシステムのことを「自律的検知制御システム」と呼びました。
2017年、スーパーペデストリアン社は「コペンハーゲン・ホイール」と名付けた自転車用のホイールを発売しました。普通の自転車の後輪をそれに交換するだけで、電動自転車に変えることができました。コペンハーゲン・ホイールは、電動自動車を制御する機能に加えて、都市のインフラを自律的に感知し学習することができました。一酸化炭素濃度を記録し、道路の混雑状況を報告し、自動的に道路の不具合等を検出しました。コペンハーゲン・ホイールは、乗る人ごとの運転の仕方や速度に合わせて駆動力を調整するのですが、それはマシーンラーニングで自律的に為されていました。
コペンハーゲン・ホイールの2017年の発売開始時の価格は1,750ドルでした。しかし、あまり売れませんでした。バイダーマンは言いました、「価格に対して、機能が高すぎました。4,000ドルとか5,000ドルの価格に設定すべきでした。そうすれば、当社の製品の価値が人々に正しく伝わったかもしれません。」と。
2018年、スーパーペデストリアン社および親会社のリンク社は電動スクーターのシェアリングサービスに参入しました。バイダーマンはエンジニアたちにハイテクなスクーターを設計するよう指示しました。エンジニアたちは、コペンハーゲンホイールに優れた自律的検知制御機能を搭載した経験がありましたが、今回も最新機能を沢山盛り込みました。私が研究所を訪れた時、グラハム・グランスはリンク社のスクーターがシアトルで稼働している状況をリアルタイムでパソコン画面上で見せてくれました。1台1台のスクーターが緑色の点で表され、街中を駆け巡っていました。その中から1台を任意で選んでクリックして、グランスが、スーパーペデストリアン社のオペレーティングシステムが1秒間に1,000回以上自律的に保守点検を実施していたことを説明してくれました。点検では、ブレーキの効き具合、バッテリーの状況、配線の断線等々です。スクーターが故障する前の兆候を検出することを学習したアルゴリズムによって、故障が発生する前にスクーターを利用禁止にすることが出来るようになりました。そのことによって、スクーターが修理不能になるほど壊れてしまったり、利用者に大けがを負わせる可能性のある重大な誤動作の発生する確率を減らしました。そのシステムは近隣で発生した交通事故を認識し、運転が危険な自動車を認識して警察に報告することも可能です。この自律式保守点検のシステムのおかげで、リンク社のスクーターは250回の利用に付き1回しかメンテナンスする必要がありません。なお、この業界の業界標準では、15回~40回の利用で1回のメンテナンスが必要です。
「当社のスクーターは自分で勝手に修理工場に行くことも可能です。それで、修理工場に入ったら、修理工にどこをどう直して欲しいか指示することも出来ます。それで、修理が終わったら、本当に指示通りに修理されいて問題ないかをスクーターが自分で確認することも出来るのです。」とバイダーマンは興奮気味に説明してくれました。