動物が長距離移動できるのは、ナビゲーション能力のおかげ
自然界の多くの動物には、ある地点から他の地点に移動するための能力が元々備わっています。移動方法は無限と言ってよいほど多種多様です。鳥は飛び、魚は泳ぎ、テナガザルは木の枝を渡っていきます。バシリスクは水の上を歩り、サンシュウウオの中にはボールのように丸まって坂を転がる種もあります。ある種のクモは糸を気球状に張って浮遊します。ある種の頭足類は水を吹き出すことによる推進力を使用し、ある種の甲殻類は他の生物に乗っかって移動します。移動の方法はそれぞれ違っていますが、しかし、全ての動物に共通していることがあります。それは、どの動物も移動する際には同じ目的を持っているということです。食べる、交尾する、外敵から逃れるといったことが目的です。動物が移動する手段を獲得しているのは、まさしく進化の結果なのです。進化の過程で、移動する能力を獲得する際には、ナビゲーション能力も同時に獲得してきたはずです。それにより、食事にありつくことや、交尾相手を見つけることや、隠れ場所を見つけることが出来ました。もちろん、巣に帰ることも可能になりました。
そうした動物の驚くべき能力については、いくつか印象的な事例が知られています。鮭は孵化後わずか数か月間だけ過ごした生まれた小川に、何年も経った後で戻ります。時には川を距離にして1,500キロ、高低差にして2,000メートルも遡上します。伝書鳩は、1,600キロ以上離れた場所から鳩舎に戻ることができます。その驚くべきナビゲーション能力は大昔から知られていました。映画ハリー・ポッターの中でホグワーツ魔法学校でフクロウが速達便の手段として使われていたように、5千年前にエジプト人は伝書鳩を使っていたのです。しかし、それ以外の動物の驚異的なナビゲーション能力について私たちはほとんど知りません。そうした能力が興味深く書かれている本もあります。ブレッッド・バリー著「 Supernavigators: Exploring the Wonders of How Animals Find Their Way」とキャロル・グラント・グールドとその夫君で進化論研究者ジャームス・グールドの共著「Nature’s Compass: The Mystery of Animal Navigation」 です。それらの本にはさまざまな例が書かれています。ハイイロホシガラスというカラスは、毎年冬になると、冬前に隠しておいた食べ物を広大な土地(時には2万ヘクタール)から回収します。食べ物は時に6,000箇所に散らばっています。ハエトリグモ科のクモを迷路に閉じ込めた上で獲物を認識させると、最初に獲物とは逆の方向へ誘導しても、必ず獲物まで辿り着きます。イセエビは、冷たい海から暖かい海へと一斉に移動します。その際には2列に並んで、触角を前を進むイセエビの尾にくっつけるようにして間隔を空けずに進みます。たとえどんなに海流が強くても、海底の地形が不規則でも、きれいな一直線を維持しながら進みます。
それらは動物のナビゲーション能力の凄さを物語る事例ですが、多くの動物の中でも鳥類が長距離を移動する能力には驚かされます。私のように、北米に住んでいる人は、鳥類についてあまり知識が無くても、鳥の長距離移動といえば、カナダガンの群れが頭の上をギザギザのV字型に連なって飛んでいくのを思い浮かべるでしょう。頭上からその騒がしくて心なしか悲しげな鳴き声を聞くと春や秋の始まりだと実感する人も少なくないでしょう。しかし、カナダガンは渡り鳥の中でも特殊な部類に入ります。何が特殊かというと、日中に群れで移動するということです。その群れには幼鳥から老鳥まで全ての世代が含まれていて、幼鳥は老鳥から飛行ルートを学びます。ほとんどの渡り鳥は、それとは対照的ですが、夜に移動し、単独で移動します。個体ごとに行く先もスケジュールも異なります。渡り鳥の移動が多い時期には、夜になって空が暗くなると、1時間に100万羽以上が頭上を通過しています。しかし、それらの鳥は群れをなしていないのです。それはちょうどあなたが州間高速5号線を感謝祭の週末に1人でSUVを運転しているのと同じ具合です。
鳥類が長距離移動する事例は、スコット・ヴァイデンソールの著書「A World on the Wing: The Global Odyssey of Migratory Birds(翼の世界:世界を股にかける渡り鳥)」に沢山の記載があります。研究熱心な鳥類学者であるヴァイデンソールは、非常に多くの種類の渡り鳥について、非常に詳細な記録を残しています。強調しておきたいのは、この本に登場する鳥類の全てが例外なく本に掲載すべき特質を持っているという点です。インドガンについての記述がありますが、それは毎年中央アジアとインドの低地の間を渡ります。そこは標高差がかなりありますので、民間旅客機で渡るのが不可能なレベルです。1953年に、テンジン・ノルゲイとエドモンド・ヒラリーがエベレストに初登頂を果たした時、彼らが斜面から空を見上げると、インドガンが頂上の上空を越えていくのが見えていました。また、キョクアジサシの記載もありますが、それは有名な南極探検家シャクルトンでも比べ物にならないほど寒さに強い鳥ですが、北極周辺で産卵し、冬には南極沿岸まで行きます。年間の移動距離は80,000万キロ以上にもなります。それに比べたら、アカフトオハチドリの年間移動距離6,400キロはいささか影が薄いかもしれません。しかし、アカフトオハチドリの体重が2.8グラムしかないことを考慮しなければなりません。アカフトオハチドリが季節風や嵐に負けずに長距離を移動しているだけでも驚きですが、その小さな体躯の中に目的地に辿り着くのに必要なGPS機能を有していることは更なる驚きです。
驚くべきことに、長距離移動する際に必要となる自動車用のナビゲーションシステムのような機能が、どの動物種にも備わっています。長距離を移動する渡り鳥は、昼夜を問わず、どんな天候でも、視界の中に目印となるものが何もないことが多いにもかかわらず、進路を正しく維持し続ける必要があります。移動に3日以上かかる場合は、困難はさらに増します。というのは、方向を維持するために指標となるものが変化してしまうからです。太陽の高度も日の長さも夜空の星座も変わってしまいます。最も驚かされるのは、どこに向かっているのかということを認識していることです。初めて行く場所で今まで行ったことが無い場所であっても認識しているのです。常に現在地を認識し、目的地と進むべき道を認識しているのです。鳥類以外の動物は鳥類とは別の形で困難に直面します。地中を移動する動物種はどいういう風にナビゲーション能力を働かせているのでしょう。どこも同じようにしか見えない広大な海の水面下を移動する動物種はどうナビゲーション能力を発揮させているのでしょう。