ナビゲーション能力!解明が進む長距離移動する動物たちの能力

環境破壊が動物のナビゲーション能力に与える影響

しかし、私たち人間が危うくしているのは、私たち自身のナビゲーション能力だけではありません。都市化の進展、自動車への過度の依存、、自然環境とは益々疎遠になりつつあることなど、人間のナビゲーション能力を危うくしているものは全て、他の動物種の目的地に辿り着く能力に危害を加えています。
 そうした危害は、さまざまな形で加えられています。違法伐採で、オオカバマダラが越冬するメキシコ西部の山岳地帯の生態系が破壊されています。グリホサートは世界で最も使用されている除草剤の1つですが、ミツバチのナビゲーション能力に悪影響を与えています。都市では夜でも煌々と電気が点いていますが、それによって混乱させられ危険にさらされている動物種もあります。それは、光に引き寄せられる動物種と、夜空の星を認識して経路を探索している動物種です。また、私たち人間の生息域がますます拡がっています。都市を開発し、林業用、農業用の土地も増え続けています。その結果、相対的に他の動物種が活動できる面積の割合が減っています。たとえば、黄海沿岸にはかつて120万ヘクタールもの湿地帯があり、何百万もの渡り鳥の重要な中継地となっていました。過去50年間で、そうした湿地の3分の2が埋め立てられて消滅しました。ヴァイデンソールが著書に苦々しく記していますが、埋め立てという語は、人間が何か失ったものを取り戻したということを暗示しているようですが、事実は全く逆です(訳者注:「埋め立て」は名詞でreclamationで、その動詞形はreclaim。reclaimは取り戻すという意味がある)。これらの湿地に依存していた動物種は、年間最大25%の割合で減少しています。
 そして、気候変動もあります。それは地球上の全ての生物に非常に大きな脅威をもたらします。特に長距離を渡る動物種は大きな危険にさらされます。それは、複数の生態系に依存していることと、経路を検索する際に使用する手がかり(例えば、晴れている時間と曇りの時間の比率)が変わってしまい、目的地への経路を探し出すことが難しくなっていることが原因です。季節が移り変わる時期も以前とは違っていますので、以前と同じ時期に渡りをしても不具合が沢山発生します。繁殖地でヒナが生まれても、木の実がなる時期が以前と違うため、食べるものが何もないという状況に陥ることがあります。その影響は非常に大きく、鳥類の多くの種で個体数が急激に減っているのは、それが原因であることが多いのです。
 そうした問題は、気温上昇が直接の原因ではありません。グールド夫妻が指摘していますが、鳥類の2億年の進化の歴史と脊椎動物の6億年の進化の歴史を振り返ると、世界の平均気温は摂氏0度から摂氏38度の間で変動していました。その間には海水面の上昇と下降もあり、海水面の変動幅は、現在の海水面より上下それぞれ30メートルでした。すべての動物種がそうした変動を生き延びられたわけではありません。しかし、徐々に環境変化が起こる場合には、ほとんどの動物種が大きな環境変化でも順応することができました。多くの鳥類学者が推論したのですが、インドガンがエベレストの上を飛び越えられるのは、彼らがエベレストが山になる前からその辺りを渡っていたことに理由があるのです。その辺りの陸地が隆起を始めたのは6000万年前のことですが、彼らはその隆起に対応して、徐々に飛ぶルートを上げていったにすぎないのです。
 したがって、現在の気候変動で最も問題なのは、その規模ではなく、進行速度です。進化論的な視点で見ると、現在の気候変動の進行速度はエベレストが1夜で隆起して出来上がるほどの速さです。今後60年間でアカフウキンチョウという鳴禽類の生息域は、1,600キロ程北に移ってカナダ中部あたりになる可能性があります。アカフウキンチョウ自体は急激な環境変化に順応可能です。しかし、植生が素早く対応して変化するということは起こり得ません。アカフウキンチョウは広葉樹林で繁栄しますが、広葉樹林の木々が自分で根っこを土から抜いて涼しい北方へ移動することはありません。この進行速度の問題をより悪化させるのは、場所の問題です。過去数世紀にわたって、人間は野生動物を、農地や郊外や都市の周りで、ますます狭くなりつつある原野に閉じ込めてきました。そうした場所は環境変化によって植生が変わるので、そこに依存していた動物種に必要なものを提供することが出来なくなります。そうなると、その動物種は行く所が無くなってしまいます。
 最近すっかり夜空の星が見づらくなったのと同様に、環境変化の問題への対処法を見い出すことも容易ではありません。しかし、希望の光が無いわけではありません。それは、さらに動物の長距離を移動する能力について研究すれば、今後も動物がその能力を維持し続けるのを助けることができると考えられるからです。そういった例はこれまでにもありました。鮭が生まれた小川の匂いを追って戻るということを知った動物行動学者は、孵化場に匂いを加えました。それに誘引され五大湖に鮭が戻ってきました。五大湖では水質汚染が原因で(今は改善されたが)何年も前に鮭がいなくなっていました。ある地域の鳴き鳥の渡りのピーク期間は7日間しかないことを知った鳥類学者は、7日間だけ、必要な時間帯だけ照明を暗くするよう手を尽くし成功させました。ある種のシギの群れ(年間3.2万キロを移動する)が渡りの途中で使う土地の面積は2.6平方キロしかないことを知った環境保護活動家は、より小さな面積を買い上げるだけで済み、より少ない費用で、より効果的に必要な場所を保全することが出来ました。
 これらの例が多くの人々に知れ渡って、より多くの人に動物のナビゲーション能力についての理解を深める試みが重要であることを認識してもらいたいと思います。そうした研究を続けることは、人間以外の動物にとって有用であるだけでなく、人間にとっても有用です。ブレッッド・バリーは著書「 Supernavigators」で主張していました。それは、人獣共通感染症を運ぶ動物の渡りの詳細を理解しなければ、人獣共通感染症の蔓延を抑えることはできないということでした。その本はパンデミックが発生する前年に出版されていますので、彼には先見の明があったと言えるでしょう。いくつかの事例は、飼い猫ビリーの冒険譚などは、単に好奇心をくすぐっただけかもしれません。バリーが記していましたが、今日でも犬や猫のナビゲーション能力に対して真剣に注目している動物行動学者の数は驚くほど少ないのです。しかし、人間以外の動物が世界中を移動している方法を研究して得られた重要な洞察は、私たち人間にも当てはまります。今、人間のナビゲーション能力を補うためにしなければならないことは、他の動物の教訓から学ぶということです。♦

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