トランプだから勝ったわけじゃない!!たぶん、誰でも勝てた⁉ 先進国の政権政党が直近の選挙で全敗!!

The Financial Page

Donald Trump’s Victory and the Politics of Inflation
ドナルド・トランプの勝利はインフレの賜物

Joe Biden’s strong record on jobs and Kamala Harris’s vow to reduce the cost of living couldn’t prevent the Democrats from succumbing to a global anti-incumbency wave.
ジョー・バイデンの雇用創出実績もカマラ・ハリスの生活費削減公約も、民主党が世界規模の政権政党批判の嵐に屈するのを防ぐことはできなかった。

By John Cassidy November 11, 2024

 3 月、ニューヨークの進歩主義擁護団体が主催した夕食会にゲストとして出席した。ジョー・バイデン( Joe Biden )の低支持率が話題になった。彼の経済実績に関するメディアの偏向報道を話題にする者もいた。それは、テーブルを囲んだほぼ全員の悩みの種だった。雇用は強く GDP も伸長した。製造業への投資を活性化する政策など、彼を賞賛すべきニュースはたくさんある。一方、インフレに関する報道は膨大であった。それに比べればバイデンの実績をたたえるニュースはほとんど注目されなかった。それには居合わせた者全員が同意した。さて、私はインフレで苦しんだのはアメリカだけでないことを指摘した。イギリス、ドイツ、フランスなど多くの国々の政府も消費者物価の大幅な上昇に苦しんだ。インフレは、国や政治体制に関係なく、すべての国の政府にとって害である。

 その時点ではまだ、アメリカのインフレ率が新型コロナパンデミック前の水準に向かって下がっていた。だから、甘い期待もあった。有権者の感情が変化し、バイデンの支持率が回復するのに十分な時間があると思えたのである。実際には、そうはならなかった。エジソンリサーチ( Edison Research )が実施したオンライン調査では、先週の大統領選で有権者の 75% が、過去 1 年間にインフレによって中程度または深刻な苦難を経験したと回答している。そのうちの約 3 分の 2 がドナルド・トランプに投票した。新型コロナ後のインフレショックの政治的影響の半減期が長いことが証明された。カマラ・ハリス( Kamala Harris )と民主党は、リシ・スナク( Rishi Sunak )の保守党( Conservative Party )、エマニュエル・マクロン( Emmanuel Macron )の再生党( Renaissance party )などと同様に、インフレに不満を持つ有権者によって政権の座を追われた。フィナンシャル・タイムズ紙( Financial Times )によれば、「今年、先進国で選挙を実施して有権者の審判を仰いだ政権政党はすべて議席を減らした。これは約 120 年で初めてのことである」という。

 誤解のないように言っておくと、私は経済要因だけがアメリカの大統領選の結果の原因だと主張しているわけではない。移民問題( Immigration )、文化戦争( culture war )、トランプの不道徳なアピール( Trump’s reprobate appeal )、その他のさまざまな要因がある。しかし、物価高に対する怒りが重要な役割を果たしたことは明らかである。バイデン政権は、世界規模の政権政党批判の嵐( global anti-incumbency wave )を打ち消すために何かできることがあったのか。できたとすれば、それは何だったのか。これは複雑な問題であり、今回のコラムだけで完全に明らかにすることは不可能である。今回はバイデン政権中枢について論じる。大統領経済諮問委員会( Council of Economic Advisers:略号 CEA )と国家経済会議( National Economic Council )の多くのスタッフはインフレ率の急騰を分析し、それに対処する選択肢を検討するために多くの時間を費やした。

 インフレ率が急上昇していた 2021 年 7 月、CEA はブログ記事を投稿し、供給不足と繰越需要( pent-up demand )の結果として物価が急騰した第二次世界大戦直後の時期と状況が似ていることを示し、「サプライチェーンが完全に元通りになり、繰越需要が落ち着けば、インフレは急速に低下する可能性が高い」と主張した。インフレ率が 2022 年後半と 2023 年前半に急速に低下したため、この分析はかなり先見の明があったことが判明している。賃金と物価がスパイラルで上昇しインフレ率が 2 桁に急上昇した 1970 年代の政府の対応と比べると、非常に巧みである。しかし、バイデン政権内部では、多くのエコノミストが新たな疑問に向き合うこととなった。それは、 インフレ率が低下しているにもかかわらず、どうして景気や大統領に対する有権者のセンチメントが悪いままなのかということである。「インフレ率だけの問題ではないことがすぐに分かった」と、今年初めにバイデン政権から去った CEA の元主任エコノミスト、アーニー・テデスキ( Ernie Tedeschi )は私に語った。「人々は依然として小売店で、卵や牛乳の高価格を目にしていた」。インフレ率が一段落しても、物価が魔法のようにインフレが始まる前の水準に戻るわけではないのである。

 バイデン政権は既に、供給不足とエネルギー価格の高騰に対処するための措置を講じていた。2021 年にはサプライチェーン・タスクフォースを設置し、アメリカの主要港湾での貨物滞留の解消や食肉表示に関する規制の緩和など、地味だが必要不可欠な取り組みを実施している。2022 年にロシアのウクライナ侵攻で原油価格が高騰すると、バイデン政権は戦略石油備蓄の 40% 以上を売却した(その後、より安い価格で備蓄を補充し、納税者に利益をもたらした) 。これらの政策はいずれもそれなりの成功を収めた。「しかし、結局のところ、物価は下がらなかった」とテデスキは指摘する。「私は、バイデン政権がぎりぎりのところで物価の更なる上昇を抑え込んだと信じている。しかし、実際にはインフレに対処できる手段は FRB の金融政策だけである」。一般的に言えば、景気を冷やしたり刺激してインフレ率をコントロールできるのは、金利を操作できる FRB だけである。

 ここ数年で生じた疑問の 1 つは、アメリカや他の先進国の中央銀行がその役割を十分に果たし、適切な対応をとったか否かということである。マサチューセッツ大学アマースト校( University of Massachusetts, Amherst )で教鞭をとるエコノミストのイザベラ・ウェーバー( Isabella Weber )は、インフレが急進する中で多くの産業で企業の利益が急増した事実を指摘する。多くの企業がインフレを利用して利潤をカサ増ししていたわけで、価格統制すべきだったと主張する。直近でも、そのような政策は企業の不当利得を制限するだけでなく、高インフレによる政治的過激主義の台頭を防ぐのにも役立つと主張している。

 バイデン政権関係者を含め、アメリカのエコノミストの多くは、ウェーバーの主張する価格統制の有効性には懐疑的である。市場に深刻な歪みがもたらされると考えている。混乱するだけである。「冷静に見積もって、価格統制が役に立ったかは分からない」とテデスキは言う。「誰もがインフレに不満だった。価格統制を行っていたら、品不足に不満が向かっただろう。どちらにしても政権が批判の的になることには違いない」。価格統制の是非は別として、当時の国民の怒りを抑えるための選択肢は、本格的な価格統制を行うことだけが唯一のものではなかった。大手エネルギー企業の利益が急増したため、イギリスはその利益に対して超過利潤税( windfall tax )を課した。超過利潤税はその後引き上げられ、現在も課税は続いている。ドイツはガス料金と電気料金の上限価格を設け、企業や家計に冬季燃料補助金を導入した。私が知る限り、バイデン政権がこのような選択肢を真剣に検討することはなかった。とはいえ、各国の同様の施策は政治的にそれほど永続的な影響を与えなかった。施策を実施した政権政党の命運を好転させることはなかったのである。

 バイデン政権には直面している政治的問題に対する有効な解決策が無かったわけだが、有権者の懸念にもう少しうまく説明を尽くして対処できなかっただろうか?クリントン政権で国内政策担当副補佐官を務めたブルッキングス研究所のウィリアム・ガルストン( William Galston )研究員は先週、バイデンは雇用創出重視から物価重視へともっと早く方向転換すべきだったと述べた。「彼は伝統的に雇用を非常に重視する民主党的な価値観から抜け出せなかった」とガルストンは言う。「それは致命的な誤りだった」。

 2021 年 1 月以降、アメリカでは 1,600 万もの雇用が創出された。賞賛に値する数値であるが、この批判には一理あるかもしれない。一時期、バイデン政権はインフレが引き起こした不満や怒りを十分に認識していないように見えた。それでも昨年から、バイデンは物価高について以前より積極的に発言し、民間企業にその責任の一部を押し付けようとした。彼は「ボッタクリ料金( junk fees )」を取り締まる措置を発表し、「シュリンクフレーション( shrinkflation:価格を上げずに内容量を減らすこと )」と「便乗値上げ( price gouging )」を批判した。そうした行為を評価する報道機関はほとんどなかった。また、バイデン政権はインフレ削減法( Inflation Reduction Act of 2022 )を通じて医療費削減のために取った画期的な措置を宣伝しようとした。退職者向けのインシュリン価格に上限を設けること、メディケアに一部薬剤の価格交渉の権限を与えること、自己負担額の制限導入などが実施された。

 ハリスはバイデンに代わって民主党のトップとなった後、生活費の削減を最優先課題にすると宣言した。また、低・中所得者層を支援するための数々の施策を提案した。児童税額控除の拡大、初めて住宅を購入する者への新たな助成金、在宅介護の費用をメディケアで賄えるようにすることなどである。「最近の価格高騰の波における最大の問題の 1 つは、食料品やガソリンの価格が下がった後でも、住宅や育児費用は高止まりしていることである。何十年にもわたって中流労働者階級の家計にとって大きなストレスの原因となっている」と、リベラル系シンクタンク、ルーズベルト研究所( Roosevelt Institute )のフェリシア・ウォン( Felicia Wong )会長兼 CEO は語った。ハリスの数々の提案は、物価高に対処するためのものであった。

 しかし、結局のところ、これらの施策が物価がまだ高すぎるという国民の認識を覆すことはなかった。バイデンとハリスに全責任があるとは言わないが、有権者が不満をぶつけられる先は彼らしかなかったというのも事実である。「インフレについて効果的に伝える素晴らしいアイデアがあるならば、私は喜んで耳を傾ける」とテデスキは言う。「私たちはさまざまなことに取り組んだ。しかし、結局のところ、インフレがあまりにも激しかったため、何をやったとしても有権者の目をそれから逸らすことは不可能だったのである」。

 それが結論である。まったく皮肉なことであるが、先週、さらに物価を上げることが確実な候補者が大統領選で勝利した。彼は輸入品に一律の関税を課すという公約を掲げている。♦

以上