妊婦が妊娠したことをグーグルなどのデータブローカーに隠す実験は成功したのか!?

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 私のささやかな実験は、驚くほどスムーズに進んだ。というのは、第一子を出産してからそれほど時間が経っていないため、今回は何も買う必要がなかったからである。何かを調べる必要もほとんど無かった。順調に何事もなく妊娠 3 カ月、4 カ月、5 カ月が過ぎた。おむつの広告がスマホに現れることも無かった。私はドミニク・シェルトン・ライプチヒ( Dominique Shelton Leipzig )という弁護士で個人情報保護の専門家に電話し、彼女の見解を聞いた。彼女によれば、全世界で 1 日に 2.5 京バイト(ゼロが 18 個)のデータを生成されているという。「端的に言ってしまうと、あなたは情報を秘匿できていると思っているけれども、そもそもそんなこと不可能である。」と彼女は言った。私は彼女に自分が決めて実行したルールを説明した。多くのアプリを削除し使わなかったこと、妊婦用のビタミン剤やサプリは一切買わなかったことと、結果としてこれまでのところインスタグラムは私が妊娠していることを認識していないと推定されることも話した。彼女は絶句してから、「凄すぎる!」と彼女は言った。「広告が表示されないのだったら、あなたの実験は成功したとしか思えない」。私は即座に実験を中止し、マタニティパンツを購入することで自分を祝福した。すると、抱っこ紐の広告が数分もしない内に私のインスタグラムに表示されるようになった。

 私はグーグルなどの個人情報を収集して広告を表示する企業から隠れられたことにほとんど満足感は感じなかった。むしろ、自分が情報を抜かれる対象であり、同時に広告を提示される対象として常に監視されていることを再認識できた。情報を収集し広告を出す手法は、ますます巧妙になりつつある。知らない間に情報を吸い取られている。私たちは、自分自身や他人を監視する際に、自分が何をしているのかを明確に理解していることはほとんどない。2021 年に発覚したのだが、6,000 万人以上が利用しスマホで子供の位置情報を簡単に追跡できるアプリ「 Life360 」は、暗号化や匿名化していない生の位置情報データをいくつものデータブローカーに販売していた(同社によれば、現在は集計データのみを販売しているという)。2023 年にピュー研究所が行った調査によれば、アメリカ人の 77% がソーシャル・メディア運営企業の経営陣のユーザーデータの扱いについて不信感を持っていると答えている。71% が政府のユーザデータの扱い方に懸念を抱いていた。また別の調査によれば、回答した内の 93% は、家族のデータが売買されているならドアベルカメラは購入しないと答えていた。誰もがより安全に暮らしたいと願っている。私にも安全欲求がある。また、承認欲求もある。それで作家になる道を選んだのだ。私は自分の人生の多くを、全く知らない大勢の人たちに公開してきたかもしれない。

 私と夫は、第一子が生まれた時にはベビーモニターを買わなかった。この選択は、あまり物を増やしたくないという夫の希望に沿うものだった。また、自由に動き回る乳幼児はどうやっても制御できないという私の洞察に基づくものであった。しかし、第二子が生まれて状況は一変した。下の子は生まれて間もなく、湿疹ができてしまい、寝ている間にほっぺたをかきむしるようになった。ある朝、夫が彼女のところへ行くと、顔をひっかいて切り傷ができており、シーツのあちこちに血がにじんで、顔中が血まみれになっていた。「ビデオモニターが必要だ!」と、私は泣き叫んだ。すでにググった。「今日中にビデオモニターを注文するぞ」。

 結局、ビデオモニターは買わなかった。その後、何週間も買わなかったことを後悔したり、やっぱり購入すべきか迷ったりした。購入しなかった代わりに、私は便利なアプリを使うなどして常に赤ちゃんを監視するようにした。産後数週間は、その日にミルクをどれだけ飲んだのか、おむつがどれだけ汚れたのかを教えてくれるアプリを使った。そんなことは、私が授乳しておむつも換えていたのだから、アプリに頼らずとも分かりそうな気もした。しかし、とにかく重宝に感じられたのである。私は赤ちゃんをちゃんと見れている気がして、自分が聖書に登場する千の目を持つ天使になったような気分だった。しかし、実際には何も見れていない気もした。たくさん写真を撮った。というのは、その時の赤ちゃんの姿を 1 カ月後には正確に思い出せないだろうと思ったからである。赤ちゃんがあまりミルクを飲まないと、私はパニックになりそうになる。授乳する度に気になって仕方がない。

 「病的な自己監視と新生児の世話の境界線は?あるのでしょうか?」と、ペース大学( Pace University )の語学研究者サラ・ブラックウッド( Sarah Blackwood )は著書「Supervision(監視)」の中で問いかけている。ブラックウッドが指摘しているのは、育児では何ごとも完璧に効率的にこなすことや、完璧に清潔にすることは不可能であるのに、ほとんどの親がそれを目指すものの挫折して惨めな気分を味わっているということである。赤ちゃんを監視するツールが人気を博しているのは、親の不安の現れである。監視ツールを導入して赤ちゃんだけでなく自分も監視したいと思っているのかもしれない。ある日の午後、夫は私から赤ちゃん(第二子)を取り上げた。泣きじゃくっていたからである。私が必死に授乳していたのだが、全く受け付けてくれなかった。夫が私に言ったのは、赤ちゃんはお腹が空いたらミルクを飲むはずで、全く問題ないということだった。私が授乳しようとしていたのは赤ちゃんのためである。母親の大事な役割でもある。だから、夫に少し腹がたった。私の頭の片隅に、すべてがコントロール可能であるという意識があったのかもしれない。誰もが赤ちゃんに配慮しているつもりで、ついつい抑圧的になってしまう瞬間があると感じた。♦

以上