世界中に押し寄せる少子化の波?このままでは子供がいなくなる!

9.子供が増えなくたって問題無いのでは?

 10 年前、韓国のリアリティ番組で裕福なセレブたちが子供と過ごす、あり得ないほどに牧歌的なシーンが紹介された。もっとリアルな家族生活の描写の方が、もっと実りがあったかもしれない。ミジ( Miji )とホギル( Ho-gil )は、シャイで魅力的、そして少し変わったカップルで、2 人の男の子の両親である。33 歳のミジはソウルでメディアを学び、その後光州( Gwangju )の放送局でフリーランスとして働いた。38 歳のホギルは大学卒業後、児童財団に就職した。そこでは韓国人の願望を規定する「厳格なマイルストーン( strict milestones )」が彼を縛り付けることはなかった。彼が先日目にしたのは、愛よりも経済発展を最優先する裕福な工業国は韓国だけであるというレポートである。彼は言った、「韓国社会では、私たちは 1 つの目標を持つように教育されるが、大人になると、自由だが何をすべきなのかわからなくなる。世の中で迷子になり、良い生活を送る方法がわからない」。

 2 人は 2016 年に読書クラブで出会った。ミジは自分を「いつも他人の意見に左右されるタイプ」と表現していたが、ホギルの自立心に惹かれた。5 年間の別居を経て、2 人は結婚を決意した。彼女は盛大でフォーマルな結婚式を望んでいたが、ホギルはもっと親密な結婚式を想像し、2 人は妥協した。「社会規範を無視することはできないが、社会が望むこととホギルの信念の間でバランスを取らなければならない」と彼女は語った。

 彼女は子供がほしいと思っていたが、当時彼は「わがまま( selfish )」だと感じていた。子供と過ごすことに慣れておらず、子供をどう扱えばよいかも分からなかった。彼は子供に関する本を何冊か読み、2 人で非常に激しい議論と話し合いを重ねた。彼女には職の保障がなかった。彼は、彼女に「本気で子供を望むなら、すぐに転職した方が良い」と言った。彼女は博物館の学芸員の職を見つけた。ホギルは私に「昇進には興味がない」ので、休暇を取ることで不利益を被ることを心配していなかったと語った。しかし、ミジの気持ちには迷いがあった。「キャリア志向があるなら、子供のために休暇を取る決断をするのは非常に難しい」。彼女は昇進を 2 度見送られたという。当時、光州市は子供が保育園に通うまで国が毎月支給する 500 ドルの補助金に加えて、親に毎月約 150 ドルを支給していた。ホギルにとって、それらのおかげで子供を持つ希望が現実的に思えるようjになった。「彼の決断はすべて数字に基づいており、決断は誤りではなかった」とミジは語った。

 2022 年に第一子のウジュ( Wooju )が誕生した。病院から家に連れて帰ったとき、彼らが最初にしたのは、近所の家々を回り、「動き回って騒ぐかもしれない」と説明することだった。幸い、階下の老夫婦は非常に寛大だったという。ミジとホギルはとても幸せだった。第二子を授かることは容易に想像できた。

 地方での出産補助金は、紙の上では成功することもあるが、これらの統計は、お金のために一時的に補助金の出るところへ引っ越す「かっぱらい( take and dash )」ペアレンツによって歪められて、膨らんでいる。まるで国全体で奇妙な椅子取りゲームをしているようである。2023 年、光州市は補助金を削減した。しかし、ミジが再び妊娠したちょうどその時、1 時間半ほど離れた小さな都市、康津( Gangjin )が 3 倍の補助金を発表した。偶然にも、ホギルの両親はそこで農場を営んでいた。ミジはその地域については何もしらなかった。知っていたことの多くは、ゴーストタウンの住宅改修に関するリアリティ番組から得たものであった。彼女は何人かの友人に康津へ引っ越すつもりだと相談したが、怪訝な顔をされたり、あり得ない判断だと言われた。それでも、昨年 10 月に一家は康津に引っ越した。

 平日の朝に私は彼らのこぎれいなアパートを訪ねた。壁に飾られているのは、もう使われていないテレビインターホンのコンソールだけで、その曲線はまるでスタートレック( Star Trek )の化石のようだった。質素な装飾は、彼らの優先順位を的確に表現しているようであった。家の中に一体感があり暖かみもあった。生後 10 カ月になった息子ウンビョル( Eun-byul )は、丸々と太っていた。小さな花のような緑のよだれかけを着けていた。ママ( Mommy )と言い始めたばかりだった。彼らは、2 人の男の子が似ていないと言っていた。上の子は繊細で内向的だが、下の子は活発で社交的だという。彼らの生活は、ほとんど孤立している。彼らはこの地域の田園の美しさに感謝しているが、最寄りの小児科医は車で 20 分ほどかかる。「赤ちゃんが健康でなければ、ここには住めない」とミジは言った。

 近所に赤ちゃんのいる人がいる。2 人は、いつか仲良くなりたいと期待している。学校に行くようになるまでは他の親と会う機会はほとんどない。それまでは諦めているが、学校が始まったら親のグループチャットに参加する予定だ。町には、区役所が運営する屋内遊び場など、子供たちを連れて行ける場所が 3 カ所ある。リノリウムの床の小さな砂場で遊ぶウンビョルの写真を見せてくれた。ミジが言うには、町で唯一の「インスタ映えするおしゃれなカフェ」は、子供お断りである。

 2 人は田舎の生活についてあれこれと話し合う機会を得て喜んでいるようだった。ミジの友人たちはその話を聞く気はなかった。友人たちはミジに「子供が大きくなったら、教育のために光州に戻って来なさい」と助言した。彼女は大学入試に備えて塾に通っていたので、子供たちに同じ恩恵を与えることを否定する気はなかった。ホギルは通っていなかったし、その必要はないと思っていた。実際、彼は大学の学位が必須だとは思っていなかった。ほとんどの韓国人にとって、それはお湯が必要ないと言うのと同じくらい過激なことである。

 職に復帰すれば、2 人とも片道 1 時間半の通勤を強いられる。彼らはそのことはまた別の機会に考えることにしている。ホギルがウンビョルを抱き上げると、ウンビョルは満足げなため息をつきながら膝の上で跳ね回った。「迷うことも多い。家族を持つことを選ばなかったら、自分の人生はどうなっていただろうと考えることもある」と彼は言った。彼が感じているのは、多くの友人が「父親になることで私生活が損なわれる」と決めつけていたのは間違いであるということである。ちなみに、私の通訳(男性で未婚で犬を飼っている)は、ホギルのように感じる父親は韓国では珍しいと言っていた。彼はホギルに「いなか生活は退屈じゃない?」と尋ねずにはいられなかった。

以上