8.出生率向上施策は効果が無い
アメリカにロボットバリスタ( robotic baristas )が登場する日は近くないだろう。現在の人口激減リスクは人口爆発のリスクと同様に自然と収束するかもしれない。「 200 年後の出生率を予測するモデルを今持っていると思っているのなら、それはグラフに適当に線を引いたものにすぎない」と、社会学者フィリップ・N・コーエン( Philip N. Cohen )は語る。ほとんどの研究者は、人口激減リスクをことさらに騒ぎ立てることは逆効果だと考えている。2022 年の「人口減少と繁栄!( Decline and Prosper! )」という心強いタイトルの論文の中で、ノルウェーの人口統計学者ベガルド・スキルベック( Vegard Skirbekk )は、「低いが、低すぎない( low, but not too low )」出生率は良いことだと改めて主張している。しかし、これには付帯条件が付いている。20 年前、スキルベックは「低出生率の罠仮説( the low-fertility trap hypothesis )」と呼ばれる思考実験の考案に協力し、回復不能な下降スパイラルの可能性を指摘した。極度の出生率低下は赤ちゃんの数がはるかに少ないことを意味する。それは赤ちゃんを産む人、さらには赤ちゃんを知る人もはるかに少ないことを意味する。このフィードバックループは、文化的規範を大きく変化させ、子供を持たないことがデフォルトの選択肢になる可能性さえある。
この事態が起こるのは遠い将来のことと思われていた。だが、すでに韓国で起こっている。私がスキルベックに、他の国々も後に続く可能性があるか尋ねると、彼は「かなりの数になるかもしれない」と答えた。フィンランドの人口統計学者ロトキルヒは、生殖のきっかけは社会的なものだと強調する。「近々行う研究で、『赤ちゃんを抱いたことがあるか』と聞くつもりである」と彼は語った。「フィンランドでは、抱いたことがない人がかなりいると思う」。周りに赤ちゃんがいないからさらに減るという力学は、国家内だけでなく国家間でも展開される。出生率の規範を研究する社会学者ファン・スンジェ( Hwang Sun-jae )は、低出生率が急速に広まった原因の一端を、ソーシャルメディアが世界的なモノカルチャー( monoculture )の促進役を果たしたことにあると主張する。魅力的な旅行先に行けないことや流行の食べ物を食べられないことなど、出産の機会費用( opportunity costs )を知ることは、かつてないほど容易になっている。 「かつて人々は、自分と地元だけを比較していた」と彼は言う。「今では、ニューヨークやイギリス、フランスなどの人々の生活を見て、相対的に自分の生活レベルは十分ではないという喪失感を抱く」。
高齢化と人口減少が進む社会のコストは、より抽象的なものに感じられる。昨年、ネット上に投稿された動画は 10 年後の韓国の伝統的な 1 歳の誕生日のお祝いの様子を描いたものであった。ワールドカップスタジアムで、大統領を含む 1 万人の観衆が祝賀会を開く。動画の中では、日常生活上の様々な不具合が散りばめられている。食べ物を注文するのに 90 分以上かかることもある。実際の不便さは、それほど小さくないかもしれない。2050 年までに、韓国の労働力は現在の約 3 分の 2 になり、食品の配達は過去のものになるかもしれない。チョは、韓国第 2 の都市である釜山では、まもなく人を雇うことが不可能になると、食品メーカー大手の農心( Nongshim noodle company )に助言した。
退職年齢は今後も上昇し続けるだろう。独裁国家では政治家が高齢有権者を無視できるので、子供のいない人々には年金を支給しないかもしれない。世代間、子供のいる者といない者の対立が激化し、リベラルの相互扶養的な概念は崩壊するかもしれない。社会民主主義国の若い労働者は、自分たちが決して受け取ることのない給付プログラムのために支払う税金にますます憤慨するようになるだろう。男性、特に地位の低い男性は、子供を持つとしても、望む数の子供を持つことが現状ではほぼ不可能である。この傾向が続けば、すべての選挙でインセル( incel:異性との交際が長期間なく、結婚を諦めた結果としての独身)の影響力が大きくなるだろう。映画「 Children of Men (邦題:トゥモロー・ワールド)」の P. D. ジェイムズ( P. D. James )による原作小説では、社会秩序は崩壊し人類滅亡の危機が迫る。イギリスは厳格な「国守( Warden )」と呼ばれる人物が善政をしくが、薄暗い老齢の島として描かれる。基本的なインフラは移民の下層階級によって支えられ、高齢者は海中に消えるはしけに鎖でつながれている。ちなみに、数年前、イェール大学の日本人経済学者成田悠輔( Yusuke Narita )は、日本の高齢者に切腹をするよう呼びかけた。
多くの韓国人が私に語ったのだが、競争の少ない社会、つまり、すべての人がより多くの資源を分け合える、より小さいが、より穏やかな世界が待ち受けているという。この図では、人口が減っていることを除けば、未来は現在とまったく同じである。しかし、不平等が拡大する可能性も同じくらいある。大学が一斉に閉鎖されれば、残った大学のランク付けはもっと激しくなるかもしれない。韓国の労働力が基本的な商品の生産と流通を支えられなくなれば(今世紀末までに確実に起こる可能性があるが)、一部の富裕層がすべての商品を蓄えてしまうかもしれない。人口統計学者のディーン・スピアーズ( Dean Spears )は、私たちのニーズや欲求が特殊なものであればあるほど、それが提供される場所は限定的になると指摘する。「専門的な医療が必要な場合、田舎ではそれを見つけられる可能性は低い。大都市では、自分と同じ種類のものを必要としている人が多いからである」と彼は言う。現在の傾向が続けば、数十年後には韓国人の数は大幅に減少し、事実上全員が首都ソウルに住むことになるだろう。そこは荒野と廃墟に囲まれているだろう。可能性は低いが、運が良ければ周りにロボットが稲作する田んぼが広がっているかもしれない。
長い間、経済の繁栄は、人口増加による生産量の増加、需要の増加、新しい市場の創出に依存してきた。脱成長の提唱者は、こうした数世代にわたる無限連鎖講( pyramid schemes )は明らかに持続不可能であると指摘しているが、その崩壊はおそらく平和的なものではないだろう。たとえば、世界最大の資産クラスである中国の不動産市場が崩壊すれば、世界経済全体が揺らぐ可能性がある。17 〜18 世紀に疫病と白人の侵攻で勢力が弱まったイロコイ族( Iroquois )の、近隣部族に対する「哀悼戦争( mourning wars )」を思い出す。イロコイ族は、捕虜を略奪して人口を補充するための襲撃を激化させたのである。同様に、ロシアのウクライナ侵攻も、祖国のロシア系住民の数を増やしたいというウラジミール・プーチン( Vladimir Putin )の願望が一因である。
グロテスクな方法ではあるが、映画「マッドマックス( Mad Max )」の描くシナリオは、心地よいファンタジーに感じられる。古いラジエーターとアタリ( Atari )社製のプリント基板で作られた戦闘車両があるスチームパンク( steampunk:蒸気機関が主流の未来世界を舞台にしたSF)の世界は、少なくとも活気のある世界である。しかし、人口の少ない世界は、実際には静寂を特徴としているだろう。経済のダイナミズムと若者を結び付ける文献はいくらでもある。大胆な発想とリスクに対する強い欲求を持つ若者が、起業活動の大部分を牽引している。イーロン・マスク( Elon Musk )とその支持者にとって、子供は新技術を生み出す確率を高めるものである。遺伝子操作された赤ちゃんが増えるかもしれないが、そうして生まれた赤ちゃんが機能的なワープドライブ( warp drive )エンジンなどを発明するか否かはわからない。ある出生促進論者( pro-natalist )は言った、「私たちは消費するためだけに存在しているのではない。そして、どこもかしこもフロリダの隠居村のようになることは望んでいない」。
出生促進主義の最も説得力のある側面は、人口増加によって理論的に得られるかもしれない利益ではなく、人口減少によって失われる利益を強調している。進化人類学者ジョセフ・ヘンリック( Joseph Henrich )は、約 1 万年前にオーストラリア本土から切り離されたタスマニア先住民の例を挙げる。彼らの人口は少なすぎ、分散しすぎていたため、専門知識を伝承できず、複雑な骨の道具の作り方、暖かい衣服の作り方、さらには魚釣りの仕方さえ忘れてしまった。しかし、ここで問題なのは数の少なさだけではない。文化が進化するには、さまざまな人々が必要である。つまり、突飛な提案をする頑固で変人も必要なのである。最も突飛な人々は、ほとんどの場合、子供たちである。
多くの人口統計学者が、SF の空想を参考にし過ぎるべきではないと主張する。政府が意図せずして厳しい措置を採用するきっかけになるのではないかと心配しているのかもしれない。人口統計学者のレスリー・ルート( Leslie Root )は、人々がどうして子供を生まなくなったかを理解することは難しいと主張する。「人間は進化の過程で賢くなりすぎたのかもしれない。他の種々雑多なことに興味がいき、種族を存続させるために十分な数の子供を作らなければならないという義務を忘れてしまったのかもしれない。まったく理解できないが、たぶんそうなのだろう」と彼女は言う。「安定した人口を維持するにはどうすべきかを考えることがある。いつも結論は同じである。社会を変革する必要があると感じる」。