4.再生可能エネルギー拡大のためには、送電網に貯蔵施設を組み込む必要あり
エナジーボールト社の共同設立者であるビル・グロスは、西海岸のハイテク企業で長くキャリアを積んできました。いくつもドットコム企業(インターネットを中心に事業を展開している会社)や太陽光発電を行う会社を立ち上げて成功させました。その後、エネルギー貯蔵に関する研究に乗り出しました。彼は、揚水式水力発電所と同じ原理で、水などの液体ではなく固形物を使う方法を構築しようと思ったのです。錘(おもり)を積み上げ、滑車を使ってその錘を降ろす時に発電できるのではないかと考えたのです。
グロスと土木技師のアンドレア・ペドレッティは、選択肢を検討し始めました。2人は、できるだけコストを下げようとしていました。錘に鉄を使うことも検討してみましたが、コストが十分に低いわけではありませんでした。コンクリートも同様にコスト面で問題があり、製造時に炭素が発生することも問題でした。そこで彼らは、セメックス(Cemex )社と協力して、低所得国で道路建設の際によく使われる高流動化剤(superplasticizer:土を固めるポリマー樹脂)を使用することにしました。現地で超可塑剤と周りの土と水、そして少量のセメントを混ぜ合わせると、安価な錘となるブロックを作ることができるのです。グロスは言いました、「基本的に我々は、そのブロックを高く積み上げることでエネルギーを蓄えるのです。当社は、毎日そのブロックを高く積み上げたり、崩したりしていました。」と。揚水式水力発電所と同等の規模のエネルギーを蓄えられるようにしようとしていましたが、かなり野心的な目標に思われました。しかし、ある程度高く積み上げれば、併設された太陽光発電所や原子力発電所でつくられたエネルギーを貯蔵したり、データセンターのサーバーを稼働させることが可能だと思われました。2017年に、グロスとペドレッティは、現在CEOを務めているロバート・ピコニと協力してエナジーボールト社を設立しました。現在、同社はロサンゼルスとスイスにオフィスを構えています。
エナジーボールト社は、最初の実験施設を作りました。EV1です。それは、送電用鉄塔を巨大にしたような形状で上部に6本のクレーンのアームが付いていました。その施設では、6本のクレーンのアームが、塔の周りにブロックを積み上げたり、積み下ろしたりします。インターネット上には、その施設の非現実性を指摘する声がたくさん見られました。(YouTubeには「The Energy Vault Is a Dumb Idea, Here’s Why(エナジーボールト社の馬鹿げた施設。何でこんなの作ったの?)」というタイトルの付いた動画が上がっていたのですが、200万回も再生されていました。 そうした批判を考慮してか否かは分かりませんが、同社の次の実験施設は、EVxという名称で、密閉型のデザインでした。EVxは、40階建ての箱型の自動倉庫のようなイメージです。いくつもあるエレベーターはクリーンな電力を使ってブロックを持ち上げます。ブロックは1個30トンの重量で、その施設内に積み上げられます。そして、エネルギーが必要な時には、ブロックは再びエレベーターに積み込まれます。エレベーターが重みで下降する際に発電機が稼働し、新たな電力が生み出されます。エナジーボールト社の説明によると、そのシステムはブロックを上方や下方に移動させる際のエネルギー効率を高めたことで、蓄電した際にエネルギーのロスが非常に少ないそうです。とはいえ、EVxは何千もの重いブロックを動かして、大量のエネルギーを蓄え、放出しなければならないので、実用化に向けて改善する点がまだまだあるようです。通常、私たちが使っているエネルギーは、目に見えなくて非常に抽象的なものに感じられるのですが、エナジーボールト社が開発している施設では、エネルギーの量を目で見て確認することができます。ブロックが上部にたくさんあるときは、エネルギーがたくさん蓄えられているわけです。同社の施設は、簡単な物理学の法則を活用しています。
EVxの実証実験は、スイスののどかな山あいの谷間で行われています。近くにはEV1もあります。今年の3月に、ピコニは私に施設内を見学させてくれました。ヘルメット、作業着、安全保護メガネを着けてから、巨大なブロックを作る様子を見学しました。その機械は、青い巨大な鉄の箱のような形で、7,000トンの力で材料を圧縮してブロックを生み出していました。15分ごとに1個のブロックが生み出されていました。ピコーニは、「ウォルマートでは売っていませんよ。」と言いました。
その近くには、EVxのエレベーターまでブロックを運ぶためのトロッコが2台ありました。私は、硬いプラスチックの車輪に手を置いてみました。ピコニによると、トロッコの素材はまだ試行錯誤の段階だということでした。「当社は、施設の効率を上げるために、各素材を徹底的に研究しています。おかげで当社は材料工学についてはとても詳しくなりましたよ。」と、ピコーニは言いました。次に、制御室に向かいました。制御室はコンピューターが沢山備えられた小さな小屋のようでした。そこにはエナジーボールト社のエンジニアリング担当副社長フランク・タイバーが座っていました。シドニーという犬もいました。犬種はオーストラリアン・シェパードでした。タイバーは以前、スペースX(SpaceX)社で発射台等の主任エンジニアを務めていました。タイバーによると、シドニーはロケットの発射に何度も立ち会ってきたので、犬であるにもかかわらず、10から0までカウントダウンした後に何も起こらないと発射が失敗したことを認識して激しく吠えるようになっていたそうです。彼は、エナジーボールト社はスペースX社と似ていると言っていました。どちらの研究開発も大規模で工業的に見えるのですが、最も重要なことは堅牢にして確実に動作させることである点が似ているとのことでした。1つの大きなモニターには、トロッコに載せられた車ほどの大きさの1つのブロックが移動している様子が映し出されていました。いくつものセンサーが、車輪の摩耗や損傷のデータを収集していました。
制御室の外に出て、ピコニと私はモニターに映っていたトロッコを見に行きました。巨大なブロックがたくさん転がっている中を通り抜けていきました。ブロックによって、組成が違うようでした。まるでピラミッドの建設現場にいるような感覚でした。トロッコを操作している検査エンジニアのヴァヘ・ガブチアンがいました。彼はカリフォルニア工科大学で破壊力学を専攻していました。何千キロもの距離を転がり、振動を受けても、トロッコの各部にひびが入らないかどうかを調べていたようです。近くには、I形鋼でできた4階建ての構造物があり、EVxの完成形を小型にしたものでした。その倉庫型の施設が完成すると、ブロックが中を移動します。ソフトウェアがエレベーターやトロッコの動きを制御し、ブロックを加速・減速・上昇・下降させます。
エネルギー業界で働く人たちは、環境負荷を減らすためには、送電網にクリーンな電力を流すことと、蓄電システムを送電網に繋げることが必要だと主張しています。空気鉄電池(空気中の酸素を鉄と酸化反応させることによってエネルギーを蓄え、還元する時に電力を発生させる。将来、リチウムイオン電池の代替品になる可能性のあるものがいくつもありますが、これもその1つ)を製造しているフォーム・エナジー(Form Energy )社のCEOのマテオ・ジャラミロは私に言いました、「送電網に送られる電力は、さまざまな方法で産生されたものであることが望ましいのです。」と。送電網に流れる電力を全て再生可能エネルギーにするには、まだまだたくさんの技術革新が必要です。蓄電システムの開発も必要で、その競争も激しくなっています。エネルギー省のデイズ(DAYS)プログラムのディレクターを務めるスコット・リッツェルマンが言っていたのですが、多くの企業が揚水式水力発電とリチウムイオンバッテリーより優れたものを開発しようとしのぎを削っている状態です。リチウムイオンバッテリーは、作っている企業も多いので供給も多く、広く普及しています。バッテリーに電気を蓄える形を採用せずにエネルギーを貯めておく技術の研究をしているスタートアップ企業もたくさんあります。それらの中には、まだ開発の端緒に着いたばかりのところもありますが、量産化に成功すれば有望と思われるところもいくつかあるそうです。クリーンな送電網を実現するための研究が続けられていますが、まだまだ解決しなければならないことが多いようです。新たな技術が確立されるのを待たなければなりませんし、コストを下げることも普及の鍵となります。実用化するために、現在も実験施設などで実証実験が続けられています。
シカゴ大学の材料科学研究者であるシャーリー・メンは、再生可能エネルギーのさらなる普及のためには、さまざまな種類のエネルギー貯蔵方法が開発される必要があると教えてくれました。現在研究されている全ての方法が上手くいくわけではありませんが、メンは、この分野への投資がまだまだ不十分であると指摘していました。なぜなら、送電網全体を作り変えるほどの投資が必要だからです。スタンフォード大学のクリーンエネルギー関連の研究をしているネイサン・ラトリッジは、送電網がまだ十分に整っていない場所では、エネルギー貯蔵施設は特に重要な役割を果たすと教えてくれました。多くの発展途上国は、化石燃料による電力から脱却し、安価で環境負荷の少ない再生可能エネルギーによる電力にいきなり移行するチャンスを迎えています。しかし、風力発電や太陽光発電の比率が高くなると、発電量が減った時に備えて、より多くの蓄電容量が必要となります。ラトリッジは言いました、「環境負荷の少ない貯蔵施設が開発されれば、発展途上国にとっては福音となるでしょう。1970年代、80年代、90年代に先進国では送電網が整備されたわけですが、発展途上国ではそうした今では時代遅れとなった施設を作る必要がなくなるかもしれません。いきなり、21世紀の最新のテクノロジーを導入できるかもしれません。」と。
エナジーボールト社の主任工学エンジニアのアル・ソハンヴァリもいました。彼は30年以上、米航空宇宙局(NASA)や国防高等研究計画局(DARPA)で航空宇宙関連プロジェクトに携わってきました。ラスベガスのベラージオ・ホテルにある噴水の建設も手伝いました(ピコーリは、「あの噴水は実に素晴らしい!」と言っていました)。ある意味、EVxの建物は噴水と似ている点もあります。水の代わりに重いブロックが中を循環しています。電力をたくさん貯める時には、倉庫の上層に何トンものブロックを積み上げ、電力が必要な時にはブロックは下層に降ろされます。ソハンヴァリは言いました、「重りのブロックの移動を容易にできるような施設にしなければならないのです。それこそ、意のままに操れるようなレベルでないといけないのです。」と。