5.様々なエネルギー貯蔵施設の研究が進んでいるが、どれが有力かは分からない
エネルギー貯蔵技術の開発にはリスクが伴います。クイドネット社とは異なり、エナジーボールト社は株式を公開しています。時価総額は10億ドル以上ですが、その将来は不透明な部分もあります。同社の技術はまだ開発の初期段階であるにもかかわらず、同社に対する期待は異常に高まっているのです。それは、同社のPRの巧みさに依存している部分が多く、必ずしも実現可能性が高いわけではありません。EVxのような施設はこれまで誰も作ったことがなく、その施設には可動部品がふんだんに使われているため、想定以上に故障が発生する可能性があります。アクセスを統括しているベンカット・スリニバサンは、リチウムイオン電池の方が持ち運びができる点と信頼性が高い点で優れていると指摘しています。彼は、「送電網に組み込んで運用するわけですから、信頼性が最も重要になります。」と言いました。電力会社が必要としているのは、信頼性のある設備と取引先です。少なくとも10年分くらいのデータが出揃っていて信頼性が担保されないかぎり新たな蓄電設備の導入はしないでしょう。現在、多くの投資家が新エネルギー関連企業に多額の資金を投資しています。しかし、彼が言うには、中には投資に値しないような企業も少なからずあるそうです。理由はさまざまあるそうで、技術的に問題がある場合もあれば、企業の実行能力に問題がある場合もあるそうです。
リチウムイオン電池は、欠点はあるものの、技術は既に確立されています。しかし、エナジーボールト社が研究開発している方法は、まだ確立したものではありません。「重力蓄電」と呼ばれる方法を研究開発しているのは同社だけではありません。スコットランドのグラビトリシティ( Gravitricity)社は、最近、実証実験を終えたところです。タワーの中で50トンのブロックを一気にかなりの高さまで引き上げます。現在は、使用されていない坑道内で千トンの巨大なブロックを上昇、下降させる施設を研究中です。カリフォルニアのグラビティ・パワー(Gravity Power)社とハンブルグのグラビティ・ストレージ(Gravity Storage GmbH )有限責任会社は、巨大な錘を坑道の底に置き、その下に水を注入して錘を持ち上げる施設を研究しています。エネルギーを生み出す際には、錘によって水が下方に押されてパイプを通ってタービンを回します。モントリオールにあるレー・エナジャイズ(RheEnergise)社の施設は、独自に開発したR-19という水の2.5倍の密度を持つ流体を使うことが特徴です。その流体が傾斜の上部と下部に設置したタンク間を移動する設備を研究開発しています。同社は、現在クラウドファンディングで資金を募っている段階です。
ブロックを空中に浮かせることで位置エネルギーを蓄えることができるのと同様に、物体を温めることで熱エネルギーを蓄えることができます。多くの企業がその技術を研究していて、溶融塩や火山岩や他の物体などに熱を蓄えています。また、再生可能な化学反応を利用した巨大なバッテリーも利用され始めています。流動電池(または、フロー電池)も実用化が進んでいます。電気活性成分が電池それ自体の外に流体の形で保持されるため、どんな量のエネルギーでも貯蔵可能です。水素吸蔵合金を使って蓄電する技術の研究も進んでいて、電気分解によって水中の水素と酸素を分離し、水素は気体または液体の形、あるいはアンモニアの一部として、地中もしくは地上のタンクに貯蔵されます。燃料電池内でその水素を酸素と再び結合させると、水が生成されると同時に電気が産生されます。
スリニバサンは、そうした新たな技術について非常に関心を持っていて、時には詳細を調べることもあるそうです。それで、この技術は素晴らしいとか、再生可能エネルギー普及の障害の一部が解決されるかもしれないと思うことがよくあるそうです。しかし、米国エネルギー省のリッツェルマンが指摘していたのですが、それらの技術の中には、低コストで、大量生産可能で、エネルギー効率が高いという普及のために必須となる3つの条件を全て満たしているものはないそうです。どの技術が優勢になるのかは現時点では予測がつきませんが、それぞれの技術が進化を遂げていき、それぞれ異なる問題を解決するのに役立つような気がします。いくつかの技術は”Dunkelflaute”(曇天で無風)の時の問題を改善するでしょうし、他の技術が送電網の混雑を緩和したりするでしょう。また、エネルギーを蓄えておく技術も進化して、エネルギーの売買は活発になるでしょう。また、ある技術は、電圧や電流のブレを最小化し電力の品質を高めるのに役立っています。はずみ車 (回転速度調節用)を活用して、電流や電圧を一定にする技術も確立されつつあります。それは結構進化していて、重さ1トン以上の金属の巨大な塊を磁力を利用して空中に浮かせ、電気モーターの力でそれを1分間に数万回回転させます。そして、その回転速度を減速させて、エネルギーを回収します。
リッツェルマンは、いずれより効率的な蓄電システムが開発されることによって、脱炭素化のためのコストは劇的に下がると信じています。しかし、それほど簡単ではないことも認識しています。リッツェルマンの同僚の1人は、「送電網事業者は顧客ではない」とよく言っています。蓄電システムの本当の顧客は、独立系発電事業者、電力会社、工場やデータセンターを運営する企業などです。重要なのは、誰が何にお金を払うのかを見極めることです。また、開発された蓄電システムを電力網の中に組み込み問題なく稼働させることも重要です。しかし、それは多くの要因に左右されます。鉄空気電池製造メーカーのフォーム(Form)社のジャラミロは言いました、「ある蓄電システムを他のものと比較して、どちらが効率が良いかを判断するのは簡単なことではありません。仕様書をつぶさに見ても無理でしょう。効率はさまざまな要因に左右されるからです。」と。フォーム社は、気象や市場に関するデータを基にしたコンピューターモデルを駆使して、自社の技術がどういった場合に優位性を発揮するかを調べています。ジャラミロは、たまたま神学の修士号をもっているのですが、この知識が蓄電システムを理解する上で驚くほど役に立ったと言っていました。彼は言いました、「どの蓄電システムにも一長一短があります。人間だって同じです。私は完璧にはほど遠い人間ですが、結婚してとても幸せに暮らしています。私が幸せなのは、妻が私の欠点を普通の人ほど気にしない傾向があるからです。」と。大切なのは、いろんな技術を上手く調和させて、それぞれの利点を生かすことなのかもしれません。
蓄電施設の研究開発に多額の補助金が投じられていて、政治的な支持も得られているわけですが、それは蓄電施設が送電網全体を強化するからでもあります。カリフォルニア大学サンタバーバラ校の政治学者のリア・ストークスが私に言ったのですが、エネルギー貯蔵技術は、化石燃料によって産生された電力でも再生可能なエネルギーによる電力でも、どんな種類の電力でも貯蔵することができます。将来、エネルギー貯蔵施設が普及して再生可能エネルギーの比率が大幅に増えて化石燃料の使用が限定的になる可能性があります。そうなリ始めると、共和党に巨額の献金をしている化石燃料採掘事業者や供給事業者はロビー活動を活発化させるでしょう。そうすると、共和党はエネルギー貯蔵施設の普及を遅らせようとし、民主党と対立する形となるでしょう。それは表面的にはイデオロギーの対立に見えますが、実際には献金元が違うから対立しているだけなのです。当面の間、共和党へのロビー活動が奏功してエネルギー貯蔵政策はなかなか固まらないでしょう。新しいテクノロジーが普及する際には、避けられないことですが、莫大な利益を得る者が出るでしょう。それが誰になるかは現時点では判明していません。また、必然的に敗れ去る者も出るでしょう。