実録!米空軍の無人戦闘機開発はここまで進んだ!んー、こんな現状では実戦投入はまだまだ先になりそう?

2.人工知能が人間のパイロットに圧勝

 DARPAは、空中戦ができるアルゴリズムを考案する取り組みの一環として、ソフトウェア開発企業8社を選んで、2020年8月に3日間の公開イベントを行うことにしました。それは、”AlphaDogfight Trials”(アルファドッグファイト・トライアル)と名付けられ、人工知能の性能を公開で競うもので、クライマックスは人工知能が操る戦闘機同士の空中戦(シミュレーション)でした。賞品は、昨年までDARPAに出向していて、空軍に復帰するまでACEプログラムの責任者を務めていたダン・ジャヴォルセック大佐が着用していたフライト時用ヘルメットでした。空中戦はネバダ州のネリス空軍基地周辺で行い、観戦可能にする予定でしたが、パンデミックの影響で現地観戦は不可となりました。それで、ジョンズ・ホプキンス大学応用物理学研究所が主催する形となり、DARPATVというYouTubeチャンネルで中継されました。かつて米空軍でF-16のパイロットをしていたジャスティン・モックが実況解説を担当することになりました。彼は、中継時に言いました、「ルールは至って簡単です。”殺る”か”殺られる”かです。」と。

 各チームのAIエージェント(事前に定義された目標を達成するためのコードまたはメカニズム)は、それぞれ微妙に開発の方向性が異なりました。カリフォルニア州パウエイに拠点を置く防衛関連事業者”EpiSci”(以下、エピ・サイ社)は、元空軍のテストパイロットであったクリス・ジェンタイルを中心に開発を進めました。同社は、解決すべき課題をいくつかに分解し、要因ごとにジェンタイルのパイロットとしての知見や専門知識を活かして解決していきました。ジェンタイルは私に言いました、「私たちは一から人工知能Iに覚え込ませていきました。最初はどうやって始動するかというところから始めて、離陸するところ、左右に方向を変えるところなど、1つずつ進めていきました。そうして積み上げていって、最終的にはどうやって戦闘するかというところまで自律的に出来るようになります。」と。

 カリフォルニア州パシフィカにあるPhysicsAI(以下、フィジックスAI社)は、戦闘機の空中戦についてほとんど何も知らない4人の科学者によるチームでした。ニューラル・ネットワーク(人間の脳のしくみから着想を得たもので、脳機能の特性のいくつかをコンピュータ上で表現するために作られた数学モデル)を活用して、空中戦の成功パターンを学習させ、良い結果が得られる確率を最大限にする作戦を数学的に導き出すことに成功ししていました。「私たちの弱点は、4人全員が空中戦の経験が無く、その知識に乏しいということです。空中戦では瞬時に判断をして操縦桿を動かしたり攻撃をしなければなりません。AIは、人間のパイロットがそうした行動をする際と同じように反応して行動できないといけないのです。しかし、私たちはそうした行動のことをあまり知らないのです。」と、フィジックスAI社の主任研究員であるジョン・ピエールは言っていました。

 アルファ・ドッグファイト・トライアルで空中戦が行われる際には、各戦闘機は10分の1サイズの飛行機の形のアバターで表示されて、F-16戦闘機さながらの動きでスクリーン上を動き回っていました。映画「トップガン」ほどの迫力はありませんが、かなりの迫力があり、1年前のAIエージェントでは実現できなかった動きを見ることができました。アルゴリズム同士がリアルタイムで交戦し、自律的に戦術を調整することが可能になっていました。激しい空中戦が繰り広げられていましたので、解説をしていたモックは、「電話ボックス内でのナイフを使った喧嘩」のようだと評しました。

 3日目に行われた決勝戦は、バージニア州にある人工知能に特化したソフトウェア開発企業”Heron Systems”(以下、へロンシステムズ社)が開発したAIエージェント”Falco”(ファルコ)と、米国最大の防衛関連事業者である”Lockheed Martin”(以下、ロッキード・マーチン社)が開発したAIエージェントの対戦となりました。その対戦は、ダビデゴリアテの戦いに例えられました。ダビデ(ファルコのこと)は、コンピューター上で繰り返し繰り返し膨大な数の空中戦をこなしてきました。その回数は、優秀なパイロットが31年間毎日訓練を続けた場合に匹敵するものでした。数回の激しい戦いの後、ヘロンシステムズ社のファルコが勝利しました。しかし、それが最後の戦いではありませんでした。最後に、長年F-16を操縦してきたベテランパイロットがファルコに挑むことになりました。

 オリーブグリーンのフライトスーツに身を包んだパイロットは、背もたれの高いゲーミングチェアに座って、バーチャルリアリティ用ヘッドセットを被っていました。彼は、「バンガー(爆竹の意)」と呼ばれていました。彼の名前や身元はセキュリティー上の理由で秘匿されていました。彼は事前にこの対戦に備えて操作の訓練を受け、操縦する術を学んでいました。VR用ヘッドセットで相手の攻撃ベクトルを追跡していました。

 バンガーがコックピットから目にしている光景は、スクリーン上の分割された画面の1つに表示されて、視聴者は見ることができました。他のスクリーンでは、空中戦の状況を視覚的に分かりやすく把握できるようになっており、バンガーの機体は黄色、ファルコは緑色で表示されていました。両機は激しい戦いを繰り広げていました。空中戦が開始されて1分ほど経ったところで、両機の動きは激しくなりました。バンガーは1万フィートまで降下し、ファルコの人工知能による追跡を回避しようとしました。ファルコは回り込んで攻撃し、何発かが命中しました。バンガーのライフが1つ減りました。

 結局、バンガーは5回の交戦で一度も生き残ることができませんでした。彼は言いました、「ここ数年で人工知能は目覚ましく進化しました。人工知能は人間よりも速く思考し、どんな環境でも人間より速く反応できることが明らかになったと思います。」と。また、バンガーは別のことも指摘していたのですが、人工知能は人間のパイロットが避けるべきとされていた操作を実行することができます。たとえば、敵機への極度の接近、人体への負担が大きい高速度での飛行、急上昇や急降下などの操作などです。彼は言いました、「私は、自分の操縦している戦闘機を敵機に極端に接近させることはできません。衝突するリスクを避けなければならないと考えるからです。しかし、人工知能は、私がそうしたことを出来ないことを認識していて、それを利用して攻撃してきたのです。」と。

 解説をしていたモックは、対戦の結果を見て満足しているようでした。彼は観戦していた人に向けて言いました、「人工知能が5勝して、人間のパイロットは1勝もできませんでした。戦闘機のパイロットは、常に現実を正確に捉えようとします。その際には、確実な情報だけを参考にします。今日の対戦を見て導き出された結論は、今日と同じ条件であれば、間違いなく人工知能は人間のパイロットよりも機能するということです。」と。この時のYouTube動画は、その後50万回視聴されました。

 ヘロン社を率いているブレット・ダーシーによると、同社はファルコを使ってドローンの自律的飛行の実験を行っているそうです。実験は74回行われ、墜落事故は1件も発生していません。しかし、現実世界で起こりうる全ての事象に対して、ファルコが対応できると証明できたわけではありません。人工知能の処理速度は、人間が思考するよりも格段に速いでしょう。しかし、予想していない状況に適応するための認知的柔軟性は人工知能には無く、人間だけに備わっているのです。ACEプログラムに関してアドバイザーを務めている認知心理学者アンナ・スキナーは言いました、「人間は不確実性に直面しても、経験をもとに合理的な行動をとることができます。戦場などでは、不確実性が常につきまといますので、特にそうした能力が重要なのです。」と。