Why Walking Helps Us Think
なぜ歩くことが思考に役立つのか
By Ferris Jabr September 3, 2014
1969年の「ヴォーグ(Vogue)」誌のクリスマス号で、ウラジーミル・ナボコフ(Vladimir Nabokov)はジェイムズ・ジョイスの「ユリシーズ(Ulysses)」を教える際のアドバイスを書いている。「ホメロス的、色彩的、直観的な章見出しという下らない指摘をする者が多いが、止めた方が良い。講師はブルーム(Bloom)とスティーヴン(Stephen)が絡み合った旅程を明確に示すダブリン(Dublin)の地図を用意すべきである。」との記載がある。彼は自らその地図を自ら描いた。とても魅力的だった。数十年後、ボストン大学(Boston College)のジョセフ・ニュージェント(Joseph Nugent)教授の研究室が、スティーヴン・デダルス(Stephen Dedalus)とレオポルド・ブルーム(Leopold Bloom)の足跡の詳細を標した注釈付きグーグルマップを作成した。英国ヴァージニア・ウルフ協会(The Virginia Woolf Society of Great Britain)やジョージア工科(the Georgia Institute of Technology)の学生たちも同様に、「ダロウェイ夫人(Mrs. Dalloway)」の多くの登場人物が通ったロンドンの街路を示す地図を作成した。
これらの地図は、ジョイスとウルフの作品で歩くことが登場人物の心情に大きな影響を及ぼしていることを明らかにしています。ジョイスとウルフは、意識の細かな機微を表現する作家だった。そのために、彼らは登場人物を町に繰り出させ、歩き回らせた。街中を歩く時、ダロウェイ夫人は周囲の街を単に知覚するだけではない。彼女は自分の過去と現在に思いを馳せたりしながら、ロンドンを非常に質感の高い心象風景に作り変えている。ロンドンを歩き回り、肌で感じて、新たな発見をし、あらゆる瞬間に心象風景を創造している。
古くはギリシャの哲学者たちが歩き回ることの価値を理解していた。それ以降も多くの作家が、歩くこと、考えること、書くことの間に深い繋がりがあることを直感的に気づいてきた(全くの偶然だが、アダム・ゴプニック(Adam Gopnik)が2週間前に、当誌でウォーキングに関する記事を書いている)。「どこにも出歩かずに、座って書くいてばかりいるのは何とむなしいことか!」と、ヘンリー・デイヴィッド・ソロー(Henry David Thoreau)は日記に書いている。「足が動き出した瞬間から、私の思考は流れ始めるような気がする」。また、トマス・デクインシー(Thomas DeQuincey)が計算しているのだが、ウィリアム・ワーズワース(William Wordsworth)の詩は、山を登り、森を抜け、道路を歩くことで埋め尽くされているが、彼が生涯に歩いた距離は18万マイル(29万キロ)にもなるという。5歳から毎日平均6.5マイル(10.5キロ)歩いた計算になる。
歩くことの何が、考えたり書いたりする際に手助けとなるのだろうか?最初に、身体に化学的変化が起こる。散歩に出かければ、心臓のポンプが速くなる。筋肉だけでなく、脳を含むすべての器官により多くの血液と酸素が供給される。多くの実験で明らかになっているが、たとえ軽い運動であっても、運動後や運動中は、記憶力と注意力のテストでより良い結果が出る。また、定期的にウォーキングをすることで、脳細胞間の新しい結合が促され、加齢に伴う脳組織の衰えを防ぎ、海馬(hippocampus:学習記憶に重要な脳領域)の容積が増加し、新しいニューロンの成長を促進し、ニューロン間のメッセージの伝達も活発になる。
体の動かし方によって思考の性質が変化する。その逆も然りである。運動用音楽を専門に研究する心理学者が、誰もが認識していることを数値化した。テンポの速い曲を聴くと、速く走る気になる。速く動けば動くほど、よりテンポの速い音楽が聴きたくなる。同様に、車を運転する者が大音量でテンポの速い音楽を聴くと、無意識のうちにアクセルを少し強く踏み込む。自分自身のペースで歩くことで、身体のリズムと精神状態との間に純粋なフィードバック・ループが生まれる。その状態は、ジムでのジョギング、車でのドライブ、サイクリング、その他の運動ではなかなか経験できない。誰もが散歩する時、速さは気分や精神状況によっておのずと変動する。同時に、意図的に早足になったり、ゆっくり歩いたりすることで、思考のペースを能動的に変えることができる。
歩くという行為は、特段の努力を必要としない。歩く際には、興味を自由に四方八方に向けることができる。心の中で思い描いているイメージを眼前のイメージと重ね合わせることもできる。さまざまな研究が明らかにしているが、歩いている時のそうした精神状態が革新的なアイデアや洞察力に繋がる。今年初めにスタンフォード大学のマリリー・オッペッツォ(Marily Oppezzo)とダニエル・シュワルツ(Daniel Schwartz)が、歩くことが創造性をどのように変化させるかを測定した。これまでこうした研究が為されたことは無かった。2人は散歩中にこの研究を思いついた。「私の博士課程の指導教官は、ブレインストーミングのために学生と散歩に出かける習慣があった。」と、オッペッツォはシュワルツについて語った。「ある日、私たちは散歩中に急に思いついたんだ」。
オッペッツォとシュワルツは176人の大学生を対象に実験を行った。4種類の実験を各被験者に行った。思考している際の創造性を調べた。座った時、トレッドミルを歩いている時、スタンフォード大学のキャンパスを散歩している時、その時々の創造的思考も調べた。例えば、ある実験では、ボタンやタイヤといった身近にある物の目的外での利用方法を考えさせた。座っている時よりも歩いている時の方が、平均して4〜6個多く新しい利用方法を思いついた。別の実験では、被験者に比喩を考えさせた。たとえば、「繭の羽化( budding cocoon)」という語を見せて、卵の孵化(an egg hatching)のような同等の文法構造で斬新な比喩を考えさせた。散歩に出かけた学生の95%はそれができた。が、座ったままの学生は50%しかできなかった。しかし、歩くことで被験者の実験結果が著しく悪くなる種類の実験もあった。そのテストは3つの単語を示して、全てと結合できる単語を答えるものだった。たとえば、カッテージ(cottage)、クリーム(cream)、ケーキ(cake) の3つの単語であれば、チーズ(cheese)が正解となる。オッペッツォの推測では、歩くことは、興味関心が広がってしまうので、ピンポイントで集中して答えを探すような思考実験では逆効果になるという。 彼は言った、「ある質問に対して1つの正解を探すのであれば、さまざまなアイデアが湧き上がってくるのは好ましくないだろう。」と。
歩く場所も重要である。サウスカロライナ大学(the University of South Carolina)のマーク・バーマン(Marc Berman)が行った研究では、樹木園を散策した学生は、街中を歩いた学生よりも記憶力テストの成績が良かった。人工的な環境では消耗してしまう精神の健全性が、緑地(庭園、公園、森林)で過ごすことで復活させられることを示唆する研究は、少ないながらも増えている。多くの心理学者が、集中力は限られた資源であり、一日中絶えず消耗していることを明らかにしている。歩行者と自動車が溢れ、看板もいっぱいある雑然とした交差点では、人間の注意力は散漫になる。対照的に、公園の池のそばを歩いていると、自然のさまざまな営みを感じ取ることができる。水のせせらぎ、葦のざわめきなど、次々に関心が移っていく。
それでも、都会でも田舎でも歩くことには、歩くことならではの利点がある。都市を歩き回れば、より直接的に刺激が感じられ、心がウキウキしてちょっと羽を伸ばしたくなる。しかし、既に過剰なほど刺激されている場合は、代わりに自然の中に身を置くのが良い。バージニア・ウルフはロンドンの街角で創造的なエネルギーを蓄えた。彼女は日記に、にぎやかな街に出て刺激を受けまくることが好きだと記している。しかし、彼女はまた、自分の心を豊かにするために、サウス・ダウンズ(South Downs:イングランド南東部の沿岸郡にある一連の白亜丘陵)を散歩することも好きだった。青春時代に彼女はしばしば夏にコーンウォール(Cornwall:イングランド南西端)を訪れていた。田園地帯を1人で歩き回って午後を過ごすのが好きだった。
歩くこと、考えること、書くことが深く関わり合っていることは、散歩を終えてデスクに戻ったときに明らかになる。そこで明らかになるのは、書くことと歩くことは、肉体的にも精神的にも非常によく似た行為だということである。街を歩くか、森の中の道を歩くか選ぶとすると、頭の中で行き先の環境を思い浮かべ、どんな場所なのかイメージし、進むべき道を決定し、決めた通りに足を運ぶ。文章を書くことも同様である。自分の頭の中にある風景を認識し、どのような筋書きにするかを決め、その結果生じた思考の軌跡を、ペンを使って書き写す。歩くことは周囲の世界を頭の中でまとめることであり、書くことは思考をまとめることである。結局のところ、ナボコフが描いたような地図は再帰的である。心象が地図に表現され、地図が心象に影響を及ぼす。
以上
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