2.種子カタログは見ているだけで楽しい!
種子やガーデニング用品等の掲載されたカタログを見ると、春の訪れが待ち遠しくなります。見ているだけでワクワクします。春に咲き誇る花、夏にたわわに実るスイカ、みずみずしい芳香を放つレモンなどが頭に浮かんできます。種子を植えると言うと、童話「ジャックと豆の木」を思い出します。他愛もない話で、ジャックが母親に牛を市場で売るように指示されていたのに、途中で会った老人の魔法の豆と交換してしまい、怒った母親が庭に捨てた豆が一夜にして雲の上に届く巨木に成長するというものでした。種子のカタログでは、ジャックが貰った豆を買うことはできません。でも、一口メモや豆知識みたいなことが書いてあるだけですが、なぜかカタログの隅々まで読んでしまうのです。それで、ついついカタログに載っている種子を買ってしまうのかもしれません。
種子のカタログは、会社によって趣が違いますが、多くの種子のカタログの冒頭には、その会社の経営者の写真が載っています。それに続いて経営者の挨拶文が載ってます。毎年のことですので、これが無いとクリスマスに親しい友人からクリスマスカードが届かないような寂しさを感じます。続いて、読者の投書が掲載されたコーナーがあるカタログも少なくありません。ちらっと目を通すと、誰かのご子息が中学2年生になったとか、誰かが羊の毛を刈れるようになった等々が記されています。何だか、ホッとします。今年のカタログでは、多くの人が新型コロナパンデミックの影響から脱して思い切り太陽を浴びるようになっていることが分かり、安堵します。プリンストン・ガーデン・シーズ(Pinetree Garden Seeds)社のカタログの読者ページには、メイン州ニューグロスター(New Gloucester)に住むメリッサ(Melissa)なる女性の投書が記載されており、「昨年、私は癌と闘い、そして克服しました。健康を取り戻した2023年は、これまで以上に充実した1年にします。」と記されていました。サザンエクスポージャー・シーズ取引(Southern Exposure Seed Exchange)社のカタログには経営者の挨拶文があり、「ここバージニア州中部は、例年おだやかな天候に恵まれることで知られているのですが、昨年8月には大雨が降り、少し涼しすぎるほどでした。」と記されていました。オハイオ州マディソン(Madison)のブルーストーン・ペレニアルズ(Bluestone Perennials)社のカタログでは、社長が「私は、トライアスロンの世界大会の年代別代表を決める大会に出場して完走しました。また、3マイル(約5キロ)のオープンウォーターのレースも泳ぎ切りました。」と書いています。「今は家族全員でピックルボール(pickleball:中空で穴の空いた球をパドルで打ち合う)を楽しんでいます。」
種子のカタログには、種子や育った草木や花や実などの実物が描かれています。写真が多いのですが、イラスト(挿絵)もたくさんあります。時には本当にきれいなイラストもあります。時には画家オーデュボン(Audubon)を彷彿とさせるような見事なものもあります。また、種子ごとに、特徴や栽培方法や注意事項が記さてています。3穴のバインダーに蒐集したベースボールカード(baseball card)を保存していた人は少なくないと思うのですが、ベースボールプレーヤーを種子に置き換えたと思えるほど充実した種子カタログもあります(もっとも種子カタログは、ベースボールカードを9枚並べたほどの大きさであるという大きな違いがあるわけですが)。ベースボールカードには、「ムーキー・ベッツ(Mookie Betts):ロサンゼルス・ドジャース(Los Angeles Dodgers)所属。身長5インチのフィート(180センチ)、体重180ポンド(82キロ)、右打ち、右投げ、・・・(中略)・・・ムーキーはドジャース加入以降の活躍は印象的。」などと記されています。一方、種子カタログには、「ミグノネット・レセダ・オドラータ(Mignonette Reseda odorata):コテージガーデン(cottage garden )に最適。高さ12(30センチ)インチから24インチ(60センチ)、種子保存可能期間:1年〜2年」などと記されています。とはいえ、種子のカタログで様々な記事を執筆している者たちが影響を受けているのはベースボールカードだけではないようです。子供用のおもちゃのカタログや自動車販売会社のウェブサイトなども参考にしているようです。ボタニカル・インタレスツ(Botanical Interests)社は、「フェラーリ(Ferrai)」という豆を売っています。それには「スポーツカーのようになめらかでスリム!」というコピーが付いています。この会社には、なかなか優秀なコピーライターがいるのでしょう。そのフェラーリとやらをカタログに載っている写真で確認してみたのですが、どこからどう見ても、毛むくじゃらのネコヤナギの花穂にしか見えませんでした。バーモント州ウォルコット(Wolcott)のハイ・モーイング・オーガニック・シーズ(High Mowing Organic Seeds)社は、セイシェル・サヤエンドウ(Seychelles Pole bean)を1オンス(28グラム)を5.90ドルで販売しています。カタログの説明文には、「育てやすく、大収量。サヤは柔らかく長い。サヤの中には豆がギッシリ。」との説明文があります。サヤの中に豆がギッシリなんて表現を見たら、買わずにはいられません。ノースカロライナ州アッシュビル(Asheville)のソー・トゥルー・シード(Sow True Seed)社が販売しているトマトの種子はヒルビリー(Hillbilly:田舎者の意)と名付けられています。種子50個3.25ドルです。カタログを見ると「ステンドグラスの窓のような」という説明文があります。なるほど、写真を見ると果肉の中心部には黄色と深紅色が広がっています。同社のカタログには、ヴィクトリア(Victoria)という名を冠したルバーブの種子も載っていて、種子70個3.25ドルで販売されているわけですが、「ワインの芳香が感じられる」との説明が付されています。また、ジャンボニンニク(elephant garlic)も載っていて、0.5ポンド(227グラム)15.95ドルで販売されています。「ニンニクではなく、リーキの一種です」との説明文が付されています。いや、そんなの誰も知らんでしょ?
テリトリアル・シーズ(Territorial Seeds)社のカタログには、「ピクルス・パーフェクト(pickele-parfect)」という名のキュウリの種子が載っています。「絞り染め(tie-dye)」というサツマイモ、「強く結球(nice puckering)する」というコピーの付いたレタスなども載っています。一方、ボタニカル・インタレスツ社のカタログを作成した者は、カンタロープ(cantaloupe:マスクメロンの一種)を「グレープフルーツ大」と表現するなど言葉遊びが過ぎるようで、ちょっといただけないところもあります。同社のあるトマトには「この種子は寒さにも暑さにも強い」とか「数々の賞を受賞したまばゆいゴールデンオレンジ色のトマトを知る喜び!」といったコピーが付いています。全然、響きませんね。正直に言って、私なら、ソー・トゥルー・シード社のステンドグラスのようなトマトを育てたいですね。
さて、多くの園芸用品販売会社がカタログを発行しているわけですが、全てが種子を扱っているわけではありません。私のお気に入りの種子販売会社のブルーストン・ペレニアルズ(Bluestone Perennials)社では、ココナッツの殻の繊維で作った植木鉢に小さな植物を詰め込んで販売しています。まるでトロピカルカクテルのように色鮮やかで、植えられているのはモレロ(Morello)です。モレロは、鹿の食害に強く、直立するピンクの多年草です(1本15.95ドル)。「筒状の花が渦を巻いて直立し、鮮やかなピンクの花穂がサルビアのように沢山咲きます。」というコピーが付いています。ブルーストーン・ペレニアルズ社のカタログを読むのは、私にとって、言葉の意味は全く分からないけれど、出てくる食事はきっと美味しいだろうと思えるメニューを読むようなものです。ところで、メニューを見ても、材料が分からないので、どんな食材を購入して良いか分からないことに不満を感じている料理好きな人もいると思いますが、種子の専門カタログではイライラさせられることはありません。栽培したいというものがあれば、いつでも必要なものを探して栽培することができます。例えば、ソルトレイクシティ(Salt lake City)にあるキタザワ種子(Kitazawa Seed Company)社では、1917年からアジア料理に使われる野菜やハーブの種子を販売しています。同社の種子カタログには韓国料理ガーデン(Korean Cuisine Garden)という特集ページがあり、「コチュジャン(gochujang)を作るための韓国固有の赤唐辛子やキムチを作るためのハクサイ(Korean cabbage)の種子(28.86ドル。ただし、現在欠品中)が掲載されています。
これらのカタログの内容を具に見ていくと、間抜けな感じの表現に出くわすことがしばしばあります。花の種子を修飾するために優雅な、あるいは淫靡な形容詞を使うのは許せますが、野菜にもそうし形容詞が使われている時は、ちょっとどうかと思わずにいられません。絵文字(emoji)の誤用が多いのが気になるテリトリアル・シーズ社のカタログには、リスターダ・デ・ガンディア(Listada de Gandia)という古来種のナス(8分の1グラム4.45ドル)の種子が載っているのですが、「細長い紡錘形の実は8インチ(20センチ)に達し、繊細でマイルドな芳香を放ち、柔らかく薄い果皮には紫色とクリーム色の縞模様がある」との説明文が付されています。いや、なんかちょっと卑猥な感じが・・・。
1879年にニューヨーク州ロチェスター(Rochester)で設立されたハリス・シーズ(Harris Seeds)社のカタログは、ひと時代前に流行ったカタログと体裁が似ています。平易な文章が使われ、実用的な内容になっています。「頭(蕾)は濃緑色で、きれいな球状で少し小ぶりで、よく育つ。」というのが、同社のアステロイド(星状の意)と名付けられたブロッコリの種子(50粒4.99ドル)の説明文です。「3~5ポンド(1.4〜2.3キロ)の青緑色の球状になり、内部がギッシリ詰まっていて、割れ難い。」というのがブルーラグーン(青い礁湖の意)と名付けられたキャベツの種子(50粒3.91ドル)の説明文です。「一粒一粒に甘い中身がぎっしり詰まり、中身はしっかりとした果皮で守られます。」というのがキックオフ(KIckoff)と名付けられたコーンの種子(250粒11.15ドル)の説明文です。それらの説明文は、メイン州クリントン(Clinton)にあるフェデコ・シーズ&サプライ(Fedco Seeds & Supplies)社のジャカランダ(Jacaranda)というブロッコリーとカリフラワーの交配種の種子(10分の1グラム6.50ドル)の、ぶっとんだ不可解な説明文(下に掲載)とくらべると、非常に差が大きいこととが分かります。
・・・以下、フェデコ・シーズ&サプライ社のジャカランダの説明文抜粋・・・
正に紫色のパニックです。交配種バイオレット・クイーン(Violet Queen)を開発して私たちはブルゴーニュワインを満たしたグラスを傾けたのに、直後に販売できないことが判明したのです。それが、当社の新製品開発基準をクリアできないことが分かったからです。しかし、幸運なことに、私たちは試行錯誤の末、交配種ジャカランダ(Jacaranda)を生み出すことに成功していました。ジャカランダは、茎から枝をたくさん広げて育ち、大きな紫の丸い可食部が高い位置に出来るので収穫も簡単です。ジャカランダは、秋に収穫するのが最適です。ジャカランダは、可食部(蕾)が大きく育ってから収穫しても良く、蕾が小さい内に収穫しても、蕾が大きくなる前に茎のみの状態で収穫することも可能です。蕾が小さい時や茎の段階で収穫した時には、色を愛でることもできますし、生や軽く湯がいて食べるのも絶品です。正しく現代にマッチした野菜です。今こそ1989年の反アパルトヘイトのスローガン「The purple shall govern」を思い出すべきです。このスローガンは、警察がデモ隊に紫の水を浴びせたことから生まれました。
・・・以上、抜粋でした・・・
えっ、待って!これって何の説明文でしたっけ?