Joe Biden’s Innovative Attempt to Reshape the American Economy
バイデン大統領のアメリカ経済強靭化の革新的な試み
In his State of the Union address, the President will likely emphasize landmark legislation designed to create an ambitious industrial policy.
大統領は一般教書演説で、野心的な産業政策を策定するための画期的な法律を強調する可能性が高い。
By John Cassidy February 7, 2023
ジョー・バイデン大統領(Joe Biden)は、一般教書演説(State of the Union address)で、たくさんのことを話すと思われます。昨年、彼はいくつかの重要な法案に署名し、上院では過半数の議席を死守し、経済下支えに注力して500万人の雇用を増やし、ウクライナを同盟国を主導する形で支援しました。先週には、中国の偵察気球を撃墜するよう国防総省に指示を出しました。しかし、今年の教書演説では、経済政策が主として語られるでしょう。おそらく、野心的な産業政策が掲げられ、製造業の強化、グリーンエネルギーの転換の促進、高賃金の雇用創出、中国に対するアメリカの技術的リーダーシップの確保などについて語られるでしょう。
また、バイデン大統領は一般教書演説の中で、就任後2年間の成果を誇示するでしょう。彼は2年間で3つの画期的な施策を実施したと誇るでしょう。連邦税額控除(federal tax credits)、政府補助金制度(government grant programs)、インフラ整備事業関連(infrastructure projects)で法案を成立させました。昨年のインフレ抑制法(Inflation Reduction Act)には、グリーンエネルギー生産者や電気自動車購入者に対する税額控除など、約4000億ドルのグリーンエネルギー関連支出が含まれていました。また、8月に成立したチップ・アンド・サイエンス法(Chips and Science Act:国内の半導体生産を支援する法率、通称CHIPS法)では、半導体メーカーのアメリカ国内での工場建設を促進するために500億ドル以上を提供し、将来の技術研究に約1,700億ドルを投じられます。この2つの法案は、2021年11月にバイデン大統領が署名して成立した1兆2,,000億ドルの超党派インフラ投資法案(infrastructure bill)を基礎としており、21世紀に相応しい経済発展を遂げるには、老朽化した交通網や公共設備を更新する必要があるあるという考えがベースにあります。
1兆2,000億ドルの支出といっても数年間の合計額であるわけですから、アッメリカのGDPが26兆1,300億ドルであることを考慮すると、バイデン大統領の施策はそれほど巨額と言うわけではありません。しかし、近年のアメリカの経済政策と比較すると、この支出額は決して少ないものではなく、旧来の施策から急激に方向転換したことも確かです。リベラル系シンクタンクのルーズベルト研究所(Roosevelt Institute)のフェリシア・ウォン会長(Felicia Wong)は言いました、「ニューディール政策とくらべたら規模は大きく見劣りします。また、ニューディール政策のように新しい機関が沢山つくられましたわけでもありません。しかし、バイデン政権がしようとしていることは、金融面と財政面のさまざまな政策を組み合わせて総動員し、アメリカ経済を然るべき方向に向かわせ下支えするもので、これまでになかった新たな取り組みなのです。」と。ウォン会長は、グリーンエネルギーやハイテク製造業を推進する取り組みや、製造業の雇用が失われた地域に新しい工場を立地させる取り組みに注目すべきであると主張しています。そうした取り組みの結果、新たな需要が生み出され、アメリカ経済が健全になるかもしれません。
バイデン政権が掲げる経済政策は、その広範さと連邦政府の介入度合いが大きいことが特徴的なわけですが、そうしたことは過去に前例が無かったわけではありません。例えば、FDR(フランクリン・デラノ・ルーズベルト)がテネシー川流域開発公社(Tennessee Valley Authority:略号TVA)等を設立して各地で電源開発を推し進めましたし、共和党政権下でも民主党政権下でも多くの大統領によってマイクロエレクトロニクス(microelectronics:微細電子工学)を中心とした分野の研究開発力を強化するために国防省の研究開発費を増額して活用しましたし、1980~90年代に民主党政権が貿易収支不均衡の修正を求める圧力を同盟国に掛けました。しかし、アメリカ合衆国国家経済会議(White House’s National Economic Council)の委員長であるブライアン・ディース(Brian Deese)にバイデン産業政策の起源を尋ねてみたところ、彼は起源は1791年まで遡ると言いました。当時アレクサンダー・ハミルトン(Alexander Hamilton:アメリカ合衆国建国の父の1人)が連邦議会に報告した製造業に関する報告書(Report on Manufactures)を参考にしたそうです。その報告書には、製造業等の産業育成の重要性が記されていました。ディースは、産業の育成が重要であることはいつの時代も変わらないと主張していました。
ハミルトンが生きた時代、アメリカの主たる産業は農業でした。当時、ハミルトンのライバルの政治家たちの多くは、トーマス・ジェファーソン(Thomas Jefferson)などですが、独立家族小農家が栄える農業を基本とした国を作るというビジョンを掲げていました。そんな中でもハミルトンは、経済と国家安全保障の観点から工業化が不可欠であると主張していました。彼は、国内産業を発展させることで、アメリカを軍事やその他の重要な物資の供給で外国に頼らなくて済むようになると考えていたのです。また、彼は、民間企業の努力に頼っているだけでは、十分に国内産業が育たないと主張しました。そのためには、連邦政府の指導と支援が必要であり、国内産業への奨励金(補助金)を出し、海外の企業との競争から守るために関税を課すべきだと主張しました。
バイデン政権は、保護貿易主義は採用しないと主張していますが(詳細は後述)、アメリカの製造業を強化する必要性について、ハミルトンと同じような主張をしていて、半導体や電気自動車用バッテリーなどの分野を強化するとしています。バイデン政権によれば、3つの事項を念頭において政策を決定下としています。1つめは、中国の台頭です。中国は、主要な経済分野で非市場的手法を駆使して競争力を強化しています。2つめは、新型コロナウイルスのパンデミックです。それによって、アメリカ経済がサプライチェーンの脆弱性によって影響を受けやすいことが明らかになりました。数十年にわたって輸入品に頼ってきたツケを払わされることとなりました。3つめは、気候変動の激化です。エネルギー生産と輸送の急速な変革が必要です。ディースは語りました。「これらのテーマはすべて以前からずっと問題とされてきたわけですが、解決すべく具体的に政策に落とし込まれたのは今回が初めてではないでしょうか。」と。
バイデン政権が国内製造業の強化に舵を切ったもう一つの要因は、ドナルド・トランプがやや強硬な経済ナショナリズムを掲げて政治的成功を収めていたことにあります。バイデン政権は、トランプが導入した関税の一部をそのまま残し、ラストベルトを中心にグリーン産業やハイテク製造業の成長を促進するために膨大な額の支援策を検討しています。その額は、トランプ前政権時代をはるかに凌駕しています。バイデンの産業育成施策は、その大部分は2020年の大統領選の最中に策定されたものです。バイデンの施策は、トランプが掲げて好評であったものをパクっている部分も少なくないのです。
バイデン政権の目新しい大胆な施策に対しては、批判の声もたくさんあります。欧州各国の政府関係者は、アメリカ国内で組み立てられた電子自動車にのみ税額控除を限定するバイデン政権の電気自動車産業育成施策は、国内産業への補助金や外国企業への差別を行わないというアメリカの公約に違反していると不満を表明しています。12月にはフランスのエマニュエル・マクロン(Emmanuel Macron)大統領が、インフレ抑制法(Inflation Reduction Act)に盛り込まれた補助金措置が欧州企業にとって極めて攻撃的だと非難しました。これに対しバイデン大統領は、欧州各国の懸念を払拭するため、ある程度の微調整が可能であることを示唆しました。ディースは、この紛争をより大きな文脈でとらえる必要があると主張しました。彼は言いました、「インフレ抑制法は、米国が気候変動に関する目標を達成できるよう、米国のグリーン・エネルギー産業を強化することに専ら焦点を当てたものです。そうした姿勢は、欧州各国が長い間とってきたものです。世界では、炭素排出量ゼロのエネルギー生産は少なく、炭素排出量ゼロの輸送手段も不足しています。アメリカと欧州各国が急速にその能力を高めることが必要です。」と。
バイデン政権の産業育成支援策に対しては、他にもう1つの大きな批判があります。それは主に右派からのもので、その批判はあまり的を得ていないように思えます。新自由主義を標榜するケイトー研究所(Cato Institute)の主席経済分析員のスコット・リンシコム(Scott Lincicome)は、先月の記事で「産業育成支援策は、書類上では素晴らしいものに見え、様々な学術的モデルの予測では印象的な結果を生み出しているケースも少なくありません。しかし、政治家、官僚機構の不具合(あるいは能力欠如)、既存の政策、民間企業や公共セクターからの抵抗、予期せぬ市場の成長によって、最終的には歪められてしまい、結果に繋がらないことがほとんどである。」と。その一例として、リンシコムが挙げたのは、外国製の電気自動車も、購入ではなくリースにすれば、インフレ抑制法が適用されて75ドルの補助金の対象になるという財務省の新しい指針でした。その指針は国内自動車メーカーに打撃を与えるものです。また、アメリカ人がより大きく、より重く、より高価な車を購入またはリースすることを助長することにもなります。それは、安全性や環境面での問題を引き起こす可能性があります。
実は、リンシコムが指摘しているとおり、過去に連邦政府が行った産業育成支援策を振り返ると、良い面ばかりでなく悪い面もありました。19世紀にアメリカでは製造業が急速に発展したわけですが、それは保護関税や教育やインフラへの大規模な公共投資によって促進されたものでした。また、インターネットを含む国防総省が開発した基礎技術を上手く生かしてシリコンバレーで情報産業が花開いた際にも、連邦政府はアメリカ経済の発展を促進する長年にわたって重要な役割を果たしました。しかし、バイデン政権の施策を支持する者たちは、この施策が非常に野心的なものであり、効果を出すことも、結果を検証するのも容易ではないことをよく理解しています。
フェリシア・ウォン(Felicia Wong)は、「バイデン政権の産業育成支援策には、多くの異なる政府機関が関与し、それぞれがかなりの資金を投じます。すべての資金が有効に使われて効果を出すということは有り得ない。」と指摘しました。雑誌「アメリカン・プロスペクト・マガジン(The American Prospect magazine)」2月号の巻頭記事で、バイデン政権の戦略の問題点が多数指摘されていました。その記事は、1980〜90年代にかけて、戦略的な産業・貿易政策の必要性を訴えていた1人である作家でその雑誌の編集者のロバート・カットナー(Robert Kuttner)によるものでした。半導体の国内生産を支援する”the CHIPS and Science Act(通称:CHIPS法)”を主管する商務省には、政府全体の産業政策を管理する経験も無いし、人材もいないという主張もなされていました。また、カットナーは、バイデン政権の施策の難易度は途轍もなく高いと指摘しています。そもそも産業政策自体が変わってしまうこともあるし、重視する産業自体がかわってしまうことだってあるからです。
バイデン政権内部では、現在、さまざまな施策を上手く機能させることに焦点が当てられています。1月1日に施行された施策が多いのですが、クリーンエネルギー税額控除策などでは、適用対象や実施方法に関する詳細なガイドラインがまだ出されていないものもあります。バイデン大統領は、さまざまな施策を俯瞰して指揮するような特命大臣は置きませんでした。自ら陣頭指揮を執る形で、彼が言うところの”アメリカ投資内閣(Invest in America cabinet)”を立ち上げました。そこには、財務省、エネルギー省、運輸省、商務省、労働省、保健福祉省、環境保護庁等の長官が名を連ねています。この組織の下には、副長官やホワイトハウスの高官からなる省庁横断で組織された常設委員会があり、日常的な調整や業務を行っています。
また、アメリカでは、既に多くの大企業が各地に新工場を建設する計画を発表しています。アメリカ最大の半導体メーカーであるインテル(Intel)は、オハイオ州コロンバス(Columbus)近郊に200億ドルをかけて2つの工場を新設する計画を発表しました。マイクロンテクノロジー(Micron Technology)は、ニューヨーク州シラキュース(Syracuse)に大型施設を建設中です。台湾の大手半導体メーカーのTSMCは、アリゾナ州フェニックス(Phoenix)に120億ドルの工場を一部完成させ、さらに追加で工場を新設する計画を発表しました。グリーンエネルギー分野では、サムスン(Samsung)、シーメンス(Siemens)、フォルクスワーゲン(Volkswagen)などの国際的な大企業が、クリーンエネルギー施設の設備やEV用バッテリーなどをアメリカ国内で生産する計画を発表しています。
こうした発表の多くは、バイデン政権の産業育成支援策が実行されることを見越して行われたものです。ディースによると、多くの企業が前もって設備を増強する計画を立てられたのには理由があります。前もって、アメリカ国内で製造すると広く税額控除が認められるようになり、長期にわたって恩恵が受けられるようになることを知っていたからです。そして、その恩恵は、グリーンエネルギー関連や半導体製造に関連しない分野でも受けられるようになるということも分かっていたのです。彼は言いました、「これは非常に強力な枠組みです。同時に、バイデン政権の施策への主な批判の1つに、連邦政府が成長させる分野を選ぶことは弊害があるというものがあるのですが、その批判をかわすこともできます。連邦政府が産業の基礎を築くのを手助けしているわけですが、どの産業が勝者になるかまでは決めていないわけです。」と。
それでも、ディースは、バイデン政権には今後も大きな課題が残ると指摘しています。彼は言いました、「今一番重要なのは、どのように実行するかという点です。バイデン政権は、掲げた施策を効率的に実施できることを証明しなければなりません。それが、アメリカ経済にとって、この先1年間で最も重要なことです。」と。先週、ディースは国家経済会議の委員長を辞任すると表明したばかりですが、既にバイデン政権の施策には直接的には関与しない立場となりました。彼は、バイデン政権に加わる前には大手資産運用会社ブラックロック(BlackRock)に勤務していました。彼の後任として国家経済会議の委員長を務める人物は、現時点では発表されていません。誰がなるにしても、その人物が成果を挙げるためには最低限2つの能力が求められます。1つは、、
優れた調整能力です。それが無ければバイデン政権の多岐にわたる産業施策を軌道に乗せることはできません。もう1つは、ハミルトンの胸像もしくは肖像画です。♦
以上
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