ナビゲーション能力!解明が進む長距離移動する動物たちの能力

ナビゲーション能力はどのようにして機能しているのか

動物はどのようにしてそのようなことを成し遂げることができるでしょうか?グールド夫妻は著書に概要を記しています。それによると、動物が進路を誤らずに維持できている機構がいくつか明らかになっています。まず、タクシス(走性:本能的に特定の刺激が来る方向を感知してそちらに向かう、あるいは遠ざかること)があります。これには、光が刺激となる光走性、音が刺激となる音走性などがあります。また、パイロッティング(記憶したランドマークを目指す)、 方向定位(一定の方位を維持して進む)、 ベクトルナビゲーション(前述の方向定位をいくつも組み合わせて進むこと。例えば、最初に南を目指し、次に南南西を目指し、次に西に向かうといった具合で、それぞれの方向に向かう際の距離は決まっている。ちょうど、向き、長さの異なるベクトルをいくつも組み合わせたように進む)、推測航法(方角、速度、前の場所を離れてからの経過時間から現在地を計算する)もあります。それらの機構が機能するためには、いくつか必須となる能力があります。方角を維持するためには、動物種ごとに必須となる能力は異なりますが、磁気を感じる能力、位置を認識する能力、時間の経過を認識できる能力、記憶する能力、周りの状況から出来るだけたくさんの情報を読み解く能力などが必須です。
 そうした機構の中で最も理解しやすいものは、私たち人間にも備わっている機構によく似たものです。たとえば、ほとんどの人間は、普段は視覚と記憶を駆使してナビゲーション能力を働かせています。そうしているのは人間だけではありません。ある動物行動学者が不思議に思ったことがありました。それは、迷路内を迷わずに進めるように訓練したラットが、迷路を置く位置を変えた途端に迷うようになってしまったからです。調べて分かったのは、ラットは天井の模様を目印としてナビゲーション能力を発揮していたのです。(それは、従来から多くの動物行動学者が支持してきた説、ラットは一連の行動手順を覚えているだけだという説に打撃を与えました。その説では、ラットが覚えているのは、行動する手順、つまり「10歩前進して次に右折して3歩前進すると食べ物にありつける」ということだけだと推測されていました。)人間が保持しているのと同じ能力を他の動物も駆使しています。嗅覚は人間も他の動物も持っているものですが、それを駆使してナビゲーション能力を発揮している動物もいます。他の動物に比べたら人間の嗅覚はかなり貧弱です。回遊する鮭は、1トンの海水の中にある自分が生まれた小川の水1滴を検出することが可能です。聴覚も人間にも他の動物にも備わっているものですが、それを駆使してナビゲーション能力を発揮している動物もいます。単に特定の音に向かう(あるいは離れる)という単純な形だけではなく、特定の音を聴覚でランドマークの代わりとして認識し、目指すべき方角に向かいます。その例として、空を飛ぶ鳥類が挙げられますが、眼下の池のカエルの鳴き声を聞いて、正しい方角を維持し目的地を目指しています。
 多くの動物が私たち人間に備わっていない感覚を使ってナビゲーション能力を発揮しています。ハト、クジラ、キリンなどは、超低周波音を認識できます。超低周波音は空気中を数百キロ先まで、水中ではさらに遠くまで伝わります。また、ウナギやサメは電場を感知できるので、水中で電気信号を読み取りながら自由に泳ぎ回ります。また、カゲロウやシャコやトカゲやコウモリなど多くの動物種は光の偏光パターンを感知でき、その能力を駆使してナビゲーション能力を発揮しています。偏光パターンを感知できると曇りの日でも太陽の正確な位置を特定することができます。
 他にも動物がナビゲーション能力を発揮する際に駆使している有用なツールがあります。人間では思いつかないもので、とても驚かされます。カタグリフィスアリ(サハラ砂漠に生息する食用になるアリ)を何匹か捕まえて、半分のアリの脚は切断して短くし、切った脚を残りの半分の脚に継ぎ足して長くします。その後、全て放してやります。すると全匹が巣を目指して進みますが、脚が長いアリは巣を行き過ぎ、短いアリは手前で止まってしまいます。このことから、カタグリフィスアリは歩数をカウントして距離を計算していることが分かります。ほんの小さなアリの脳の中にスマートウォッチ(Fitbit)と同じような機能が詰まっているのです。(脚の長さが変わったアリは、次に巣から出て行動する際には、きちんと巣に戻って来られます。というのは、行動する度に歩数と距離を再計算しているからです。)ミツバチは向かい風でも追い風でも飛ぶ力を調整して(単位時間当りの羽ばたく回数は不変)、対地速度が時速24キロで一定になるようにしています。ミツバチも羽ばたく回数を数えていて、飛行した距離を計算していると推測されています。
 動物のナビゲーション能力の機構をいくつか例示しましたが、ほとんどの動物種は複数の機構を働かせています。それで、状況に応じて、もっとも有用な機構を選んで使い分けているのです。昼間に機能する機構が夜には機能しないこともあり、移動元の地点で機能するのが移動先では機能しないこともあり、晴れの日に機能するのが雨の日に機能しないこともあります。しかし、ここまでで例示してきたような機構の全てを駆使したとても、グールド夫妻が見つけた経路探索戦略の事例(後述)と比べたら大したことはありません。それはとても人の注意を引きますし、人を当惑させます。真のナビゲーション能力といえます