「 AI が仕事を奪う」という概念はもう古い─本当に起きている“静かな仕事革命”の正体!

2.カスタムツールと「バイブ・コーディング」の普及

 AI を使ってカスタムソフトウェアをバイブ・コーディング( vibe coging )する能力は目新しいものかもしれない(バイブ・コーディングとは、AI に自然言語で「なんとなくこんな感じのアプリを作って」と指示を出すだけで、AI がコードを生成・修正して開発を進める新しい手法のこと)。しかし、誰でもコーディングできるということが重要であるという概念は、決して目新しいものではない。大昔にパーソナルコンピュータが出始めた頃にも、それは重要視されていたのである。パーソナルコンピューターが初めて登場した 70 年代には、BASIC ( beginner’s all-purpose symbolic instruction code の略) のような習得しやすいプログラミング言語が使われていた。あらゆるユーザーが独自のプログラムを作成できるようにすることが目的だった。19 歳のビル ・ゲイツ( Bill Gates )は、友人のポール・アレン( Paul Allen )とともに、最初の商用パーソナルコンピュータである Altair 8800 に目をつけ、同機で動作するプログラミング言語「 Altair BASIC 」を開発した。2 人はすぐに会社を設立した。それが Micro-Soft である。スティーブ・ウォズニアック( Steve Wozniak )は、スティーブ・ジョブズ( Steve Jobs )と協力して 1 年後にリリースした Apple I 用に独自の Integer BASIC を開発した。Apple II のマザーボード上の ROM チップには、スティーブ・ウォズニアック自身が手作業でアセンブルした Integer BASIC がハードコードされて含まれていた。「朗報、コンピュータを触った経験が全くなくても無問題。届いたその日から独力でプログラムを書き始めることができる」とその製品の広告は謳っていた。

 個々のユーザーに合わせたコンピュータプログラムというアイデアは理にかなっている。Altair 8800 やアップルのマシンを使うユーザーのあらゆる用途を予測することは不可能だからである。例えばビジネスデータの分析に使う人がいれば、レシピを作って保存する人もいるし、宇宙戦争のシミュレーションをする人もいるだろう。だから、ユーザーが自分の用途を自由に決められるようにしたわけである。それは良いことだらけである。しかし、実際には BASIC のような簡単なプログラミング言語でさえ、ほとんどの一般人にとって習得は困難だった。ちょっとしたミスでプログラム全体がクラッシュしてしまう可能性もあった。結局、パーソナルコンピューティングは別の道を辿った。1979 年に創業した Software Arts という企業が、初の電子スプレッドシートプログラムである VisiCalc を開発した。価格は 100 ドルで、フロッピーディスクで提供された。このプログラムは紙の帳簿に比べて圧倒的に優れていた。世界初の「キラーアプリ( killer app )」の誕生であった。6 年足らずで 70 万本以上が売れた。VisiCalc は、一般ユーザーが BASIC でプログラミングできるものよりもはるかに強力だった。これがきっかけで、DIY コーディングよりもプロフェッショナルなプログラムが好まれる世の中になった。巨大で収益性の高いソフトウェア産業が出現し、一般の人々が独自にプログラムを考案するという発想は、生成型 AI が登場するまでほとんど忘れ去られていた。先述の非営利団体の CEO や海運会社の共同オーナーは、カスタムコンピューティングという大昔のビジョンに先祖返りしたと言える。

 私が以前から思っているのは、AI は労働者を置き換えるというよりは、労働者に特注のツールを提供するものだということである。私はその主張を、ビジネスとテクノロジーの関わりについて人気のニュースレター「 The Interesting Times 」を執筆・発信しているコンサルタントのテイラー・ピアソン( Taylor Pearson )に説明したことがある。彼も、人工知能が職場に終末をもたらすという考えには懐疑的だった。例えば、先日開催された中小企業経営者向けのカンファレンスでは、AI が仕事を奪うという話はほとんど聞かれなかったそうである。同様に噂が流布しているものの実際にはそれほど発生していないことがある。それは、チャットボットが簡単な技術的問題を解決するのに役立っているため、IT ベンダーとの契約を解約している企業が出始めているというものである。しかし、バイブコーディングで作成したカスタムソフトウェアがますます普及していることは事実である、と彼は主張する。彼は、引っ越し時等に使われる大型のゴミ箱をレンタルしている企業を例に挙げた。その企業は先日、顧客管理に使用していた市販のプラットフォームを、バイブコーディングで作成したバージョンに置き換えたという。不正検出に非常に優れているという(アメリカでは、ゴミ箱レンタル詐欺が蔓延している。詐欺業者がゴミ箱を大幅割引で提供し、顧客から代金を受け取る。詐欺業者は被害者からお金を受け取ると、実在する正規のゴミ箱レンタル会社に対し、他人の盗んだクレジットカード情報を使って被害者の住所宛てにゴミ箱の手配を行う)。しかし、ピアソンは私の理論が不十分だと考えたようである。ここ数カ月、彼は新しいスタイルの AI コラボレーションについて執筆している。彼はそれが私たちの仕事をなくすとは考えていない。しかし、確かにこれまでの仕事を変革する力を持っているという。