2.世帯間格差
現代の老人支配の物語が 18 世紀の若者の偶像化から始まったという点は皮肉なものである。「ナポレオン・ボナパルト( Napoleon Bonaparte )が何もないところから彗星のごとく現れたことがきっかけである。若者が年長者を無視して世界を支配できるという希望が初めて世界に広く行き渡った」とモイン教授は書いている。「老人支配」という言葉は、ナポレオンの崇拝者であったジャン=ジャック・ファジー( Jean-Jacques Fazy )による造語である。彼は、40 歳以上の老齢化した指導者たちが牛耳る復古王政期のブルボン王朝( Bourbon monarchy )支配体制を激しく批判、抗議した。「老人支配への反抗が近代世界を作り出したと言える」とモイン教授は記している。「一部の人々にとって、進歩という概念そのものが、祖先崇拝や変化よりも継続性を重んじる高齢エリート層への反感を意味したのである」。
こうした考え方は、19 世紀から 20 世紀にかけてのアメリカで最も顕著であった。ほとんどのアメリカ人が若々しさを良いことだと捉えていた。若い人たちの進取の精神や活発さを讃えた。ラルフ・ワルド・エマーソン( Ralph Waldo Emerson )は、老いの形態を「停滞、保守主義、既得権益、惰性であり、新しさでも前進の道でもない」と定義づけた。この言葉に多くのアメリカ人が賛同した。若者は若さを保ちたいと願うが、対照的に高齢者は時間を巻き戻したいと願う。そのため、様々なアンチエイジングのノウハウがアメリカ中に広まった。新しい食事療法、エクササイズなどである。フェミニズムもまた、老人支配に反対し、老人とその古いやり方に打撃を与えた。モイン教授は、20 世紀初頭には「旧来から高齢者に向けられてきた敬意の最後の残滓は粉々に砕け散った」と記している。その結果、高齢者を「老いぼれ( old fogy )」と呼ぶことが可能な世の中になった。モイン教授は、若き急進派ジャーナリスト、ランドルフ・ボーン( Randolph Bourne )の言葉を引用している。ボーンは 1913 年に宣言した。「老いは、経験と蓄積された知恵によって若い頃の考えを改善し、合理化するという妄想にとらわれているが、実際には、多かれ少なかれ、より大きく、それらを損なうだけである」。
若さが重視されるようになる過程において、多くの似非科学が蔓延った。長い間、朝食用シリアルが長寿の秘訣だと信じられていたのは、その 1 例である。しかし 20 世紀には、医学の進歩によって、より健康的なライフスタイルと長寿が実現した。「禁煙やスタチンの服用、ベータ遮断薬や血圧降下剤の服用、そして万策尽きた際の冠動脈バイパス手術、言うまでもなく食事と運動への取り組みなど、これらすべてが多くの人々にとって当たり前のものとなった」とモイン教授は記している。若さの時代は、奇妙なことに、新たな高齢層の誕生で頂点を迎えた。
この過程の様々な段階で、多くの研究者が高齢化の政治的・経済的影響について推測を巡らせてきた。彼らは、社会の多くの側面が、より短い寿命を前提として設計されているように見えることに気づいた。例えば、裁判官は終身制で任命されることが多い。平均寿命が延びるにつれて、裁判官の任期も長くなっている。ちなみに最高裁判事の平均在任期間は 1970 年以前には 15 年だったが現在では 26 年に延びている。航空機のパイロットや航空管制官などごく一部の職業を除き、連邦議会は 1986 年に定年制を廃止した。定年制は年齢差別とみなされた。2000 年から 2010 年の間に 65 歳以上の大学教授の数は倍増した。 この時期、ハーバード大学の教養学部では 50 歳未満の教授よりも 60 歳以上の終身在職権を持つ教授の方が多かった。今や学術界では、若い世代が年長者を「フランス革命前夜の農奴から見た貴族のような存在」と見なしている。他の数多くの職業でも、同じことが起こっている。
定年制廃止に貢献した全米退職者協会は、おそらく定年制の復活には反対するだろう。しかし、モイン教授は、この点だけでなく、他の多くの点でも今のやり方を変えるべきだと考えている。「社会全体の中で若年層だけに対する差別的な扱いを禁じる法律はない」と彼は指摘する。であるなら、高齢層を差別的に扱うことも違法ではないわけで、年齢が問題になることがあることを認め、高齢の労働者を職場から追い出すことを再開するのも妙案かもしれない。「とにかく政治家の年齢制限は必須である」と彼は主張する。税制や選挙資金の規制の改革も必須である。彼は、有権者全員に投票を義務付ける(オーストラリアでは既に実施されている)ことや投票年齢を引き下げることなど、「若い有権者の政治的発言力を高める」ためのさまざまなスキームを提案している。「代理投票( proxy voting )」も検討すべきだと主張している。これは、若者が自分自身のために 1 回、まだ投票権を持たないさらに若い人のために 1 回、合計 2 回投票するというものである。
モイン教授の著書は時に辛辣なトーンで書かれている。しかし、彼の目的は高齢者を攻撃することではない。彼が主張しているのは、高齢者向けの給付金を拡大し、より快適で安心して引退できるようにする必要があるということである。高齢者が仕事や家、収入を「溜め込んでいる( hoarding )」のは、何十年も固定収入で生活する可能性に対する、至極真っ当な恐怖心が反映したものである。「そこで社会主義の出番となる」と彼は記している。彼の見解では、「世代間ユートピア( intergenerational utopia:すべての世代が理想的に共生する社会)」を創造するには、大きな変化が必要となる。例えば高齢のアメリカ人が自宅で政府の資金援助によって長期介護を受けられるようにすることなどが必要である。私は、2060 年にアメリカ人の 4 分の 1 を占めている 65 歳以上の高齢者に仲間入りする。まだ高齢者の一員でない者も、いずれは、いや、案外すぐにその仲間入りをすることになるだろう。おそらく、若い世代のアメリカ人がベビーブーマー世代を非難するのは、詮無いことである。自分たちが間もなくそうなる高齢者に思いを馳せて、共通の目的を持って議論を始める必要がある。