1 万 1 千ドルの決勝戦チケット!!FIFA はワールドカップを「祭り」から「搾取商品」に変えたのか?

The Financial Page

Is Dynamic Pricing Ruining the World Cup?
ダイナミックプライシングはワールドカップを台無しにしているのか?

Soccer fans and host-city politicians are up in arms about the prices that FIFA is charging for tickets under its new sales system.
サッカーファンや開催都市の首長たちは、 FIFA が新たな販売システムで設定したチケット価格に憤慨している。

By John Cassidy April 20, 2026

 2000 年代半ばにバリー・カーン( Barry Kahn )はテキサス大学オースティン校( the University of Texas at Austin )に通っていた。経済学の博士課程で悪戦苦闘していた。また、彼は同大学の運動部局でパートタイムで働いていた。当時も同大のフットボールチームテキサス・ロングホーンズ( Texas Longhorns )は屈指の強豪だった。本拠地となるダレル・K・ロイヤル=テキサス・メモリアル・スタジアム( Darrell K Royal-Texas Memorial Stadium )はキャンパス内にある。先週私は電話でカーンと話をした。彼が言っていたのだが、テキサス・ロングホーンズの試合のチケットを買うために多くの者がテント泊をし、一部のチケットはスタッフハブ( StubHub )など転売サイトで額面価格よりも大幅に高い価格で売買されていたという。他のプロスポーツチームやコンサートプロモーターも同じ問題に直面していた。「問題は、これを阻止しようとするか、それとも利益の一部を得るかだった」とカーンは語る。

 チケットの転売は、当時でも目新しいことではなかった。カーンが感じたのは、今後ますますネットでの転売が本格化していくだろうということである。そうなれば、スポーツチームやその他のエンターテイメント企業は、需要に関する貴重な情報を得られるようになるだろうと考えた。それは、より多くの利益を得ることを可能にする。しかも、最も忠実なファンを遠ざけることなくである。彼は、スポーツチームがこの機会を活用できるよう支援するソフトウェア会社 Qcue を設立した。Qcue の最初の顧客はサンフランシスコ・ジャイアンツ( Francisco Giants )だった。2009 年からダイナミックプライシング( dynamic pricing )を導入した。Qcue のソフトウェアは、チケットの価格を固定するのではなく、需要とタイミングに基づいて価格を調整する。ファンが試合の数週間または数カ月前にチケットを購入すれば、その時点の価格で固定できる。試合直前まで待てば、価格が上がるリスクを負うことになる。試合への事前の関心が低ければ、価格が安くなるというメリットもある。

 他のスポーツチームもジャイアンツの例に倣った。航空会社やホテルですでに採用されていたダイナミックプライシングが、アメリカのスポーツ界でも徐々に標準となっていった。急成長する体験経済( experience economy )が生み出したこの仕組みにより、チームは再販業者から、経済学者が消費者余剰( consumer surplus )と呼ぶものの一部を獲得することが可能となった。ちなみに。消費者余剰とは、消費者が商品やサービスに対して支払ってもよいと思う最高額(支払許容額)から、実際に支払った価格を引いた差額のことである。

 カーンの計算によると、ダイナミックプライシングの導入により、各チームは個々のチケット販売からの収益を 10% から 30% 増加させることできたという。重要なのは、この新しい価格設定モデルは個々の試合からの収益を最大化することだけが目的ではないということである。プロスポーツチームは、リピーターとなるファンを育成し維持することに注力している。特に安定した収入源となるシーズンチケット保有者を重視する。これらのファン層を遠ざけないために、ダイナミックプライシングを採用したチームは、価格が上がり過ぎないように細心の注意を払った。同時に、シーズンチケット保持者が既に支払った価格を下回らないよう留意した。「この方式を採用したすべてのチームは、ファンとの長期的な関係構築に関心を持っていた」とカーンは述べる。「アメリカワールドカップでの FIFA の姿勢は、全く異なる」。

 この 4 年に 1 度開催されるサッカーの国際大会は、世界で最も視聴されているスポーツイベントである。6 月 11 日に開幕する。北米大陸の 16 都市で試合が行われる。内訳はアメリカ 11 都市、メキシコ 3 都市、カナダ 2 都市である。昨年、サッカーの世界的な唯一の統括団体である FIFA は、チケットを FIFA のオンラインポータルを通じて販売した。ダイナミックプライシングを導入した。また、独自にリセール市場も開設した。ファンはそこでチケットを購入したり転売したりできる。

 FIFA は非営利団体である。本来ならば、サッカーの普及・発展に専念するべきである。FIFA の広報担当責任者であるブライアン・スワンソン( Bryan Swanson )はガーディアン紙( the Guardian )への書簡でダイナミックプライシングについて言及している。「新たなチケット販売方法は同時に 2 つのことを目指して設計されている。1 つは、ファンに良好なアクセスを提供することである。もう 1 つは、サッカーの発展に再分配するために可能な限り多くの価値を保持することである」と書いている。しかし、多くのファンが価格の高さに驚いている。最初に価格が発表されたのは昨年 10 月である。グループリーグの 1 試合めのチケットは 60 ドルと表示されていた。しかし、ほとんどのチケットは数百ドルで、一発勝負の決勝トーナメントではさらに高額となる。その後、多くの試合の価格がさらに上昇するに至っては、広範な怒りが引き起こされた。「ビジネスに長けていない組織が市場に参入した典型的な過ちを犯している。リピーターを増やす重要性を理解できていない」とカーンは語る。「搾り取れるだけ搾り取ろうとしている」。

 チケットは 4 つのカテゴリーに分かれている。今月初めに FIFA は決勝戦の価格が最も高いカテゴリー 1 のチケット価格を 1 万 1,000 ドルまで引き上げた。また、入手可能なチケットで最も安いカテゴリー 3 のチケット価格も 6,000ドルまで引き上げた。大会序盤の試合の価格は、開催場所や対戦国によって大きく異なる。固定価格はない。これがダイナミックプライシングの仕組みである。価格の分かりにくさがファンを怒らせている要因の 1 つである。それが、全体的な価格の比較を難しくしている。しかし、数カ月にわたってこの話題を熱心に追跡してきたジ・アスレチック( the Athletic:スポーツ専門ニュースサイト)のヘンリー・ブッシュネル( Henry Bushnell )記者は、今回のチケット価格は「過去のワールドカップの同等のチケット価格より数倍高い」と指摘する。あくまで彼の推定であるが、チケット販売、放映権、その他収入を合計すると、FIFA は今大会で最大 110 億ドルの収益が見込まれるという。

 ファンを苛立たせているのはチケット価格だけではない。ジャイアンツ( Giants )のゲームやブルース・スプリングスティーン( Bruce Springsteen )のコンサートなど、ほとんどの大規模スタジアムイベントでは、チケットは座席指定である。しかし、今回のワールドカップでは、ファンはチケットを注文する際にスタジアムの色分けされたエリアしか選べない。ブッシュネルが数週間前に報じたところによると、今月初めに FIFA が個々の座席を割りったのだが、多くのファンが好ましくない席を割り当てられた。コーナーやゴール裏などである。カテゴリー 1 のチケットなのに、元々はカテゴリー 2 に色分けされていたエリアを割り当てられた人もいた。不満を抱くファンが多いわけだが、救済策は何もない。チケットをよく見ると細かい文字で利用規約が記されている。FIFA は、スタジアムマップの色分けは「あくまで参考( for guidance purposes only )」であるとの注釈を付けている。

 サッカー熱狂国イギリスでは、キア・スターマー( Keir Starmer )首相が、「 FIFA がのこスポーツを特別なものにしている真のサポーターとの繋がりを失う可能性がある」との懸念を表明した。ブリュッセル( Brussels )では、サッカーサポーター団体と、5 カ国のファンを代表する消費者団体が、正式に欧州委員会( European Commission )に苦情を申し立てた。 FIFA が「過剰な( excessive )」価格設定で「不透明で不公平な購入条件( opaque and unfair purchasing conditions )」を導入したとしている。なお、FIFA は、正式な苦情は受け取っていないとし、ワールドカップの収益はサッカー界に再投資していると回答した。この苦情は、多くの熱心なサッカーサポーターの気持ちを代弁している。その 1 人がイギリスの経済学者ダン・コーリー( Dan Corry )である。私の大学時代の友人でもある。彼は 1982 年以降 11 回連続でワールドカップを観戦している。今年観戦すれば 12 回連続となる。彼はイングランドの試合を観戦したいのだが、今のところ、彼が手に入れることができたチケットは、カナダのバンクーバー( Vancouver )で行われるエジプト対ニュージーランド戦だけである。彼は FIFA の再販サイトでこのチケットを 300 ドルで購入した。別途、手数料 45ドルも負担した。先週、ロンドンに居る彼と通話したのだが、「チケットを手に入れるのも大変だし、移動も大変だし、何もかも大変だ」と、彼は語る。「これまでのワールドカップでは、ファンを楽しませることを最優先していた。チケット価格は手頃だった。ファンフェスト( fan fests:試合前日のファン参加のお祭りイベント )もあった。開催都市はファンを無料でスタジアムに運ぶ方法を考えていた。今回のワールドカップは、ファンが楽しめるようにするという理念が中心にないように感じる。他の様々な課題が優先されているようである」。

 議題の中には政治的なものもある。昨年 12 月に FIFA 会長のスイス人弁護士ジャンニ・インファンティーノ( Gianni Infantino )は、トランプ大統領に新設した FIFA 平和賞を授与した。先週、ニュージャージー州のミッキー・シェリル( Mikie Sherrill )知事は、FIFA に費用の負担を求めた。7 月 19 日の決勝を含む 8 試合が同州イーストラザフォードにあるメットライフ・スタジアムで行われるが、ファンの輸送費用の負担を求めたのである。彼女は X で自分の主張を投稿した。「 FIFA は 110 億ドルもの利益を上げている。なぜ、ニュージャージー州の有権者が費用を負担しなければならないのか」。金曜日( 4 月 17日 )にニュージャージー州運輸局が、試合のある日のペン・ステーションから同スタジアムまでの往復運賃を引き上げると発表した。通常 12.90 ドルを 150 ドルに引き上げる。この発表は一種のパフォーマンスだと思われるわけだが、2018 年に締結された当初の開催都市協定には、ファンの試合会場への往復交通費を無料にするという条項が含まれていた。2023 年にこの協定は修正され、ファンの移動は実費にすることができるとされた。FIFA の広報責任者は、こうした経緯を指摘し、「ニュージャージー州知事のやり方には非常に驚いている」と述べた。同州運輸局がファンを狙い撃ちする大幅な運賃値上げを発表した直後に、FIFA 幹部の 1 人は、「これはワールドカップの盛り上がりに冷や水をかける行為である」と述べる。

 これは FIFA が直面している唯一の課題ではない。数年前、インファンティーノ会長は開催都市に対し、「特別な何かの一部になりたい」と願う何十万人もの訪問者が見込まれると伝えた。しかし、チケット価格をめぐる論争が影響を及ぼしているようである。フィナンシャル・タイムズ紙( Financial Times )が先週報じたのだが、一部の開催都市のホテルは、予約が事前の想定より少ないため大会期間中の料金を引き下げ始めている。「今後需要が増える可能性もあるが、現時点では FIFA が約束していたような状況にはならないだろう」と、ニューヨーク市ホテル協会会長のビジェイ・ダンダパニ( Vijay Dandapani )は同紙に語る。FIFA は、チケットの需要は前例のないほど強く、約 650 万席に対して 5 億件以上の申し込みがあったと主張する。実際、直近で一部の試合のチケット価格を引き上げており、チケット購入者が不足していないことを示唆している。しかし、私が数日前に FIFA のウェブサイトで確認したところ、グループリーグのほとんどの試合のチケットがまだ入手可能だった。6 月 12 日にロサンゼルスで行われるアメリカ対パラグアイのチケットも入手可能だった。

 空席がたくさん出そうな雰囲気が漂っている。放映権獲得や協賛で大金を投じたテレビ局やスポンサーは不安になっているだろう。試合のチケットがすぐに完売しなければ、FIFA はチケット価格を大幅に引き下げる可能性もある。そうなれば、私は昔を懐かしんで 1 枚か 2 枚買うかもしれない。1986 年の夏のメキシコ開催で、私はコリーともう 1 人の友人との 3 人で、ヒューストンからモンテレイまでバスで移動した。イングランドがグループリーグを当地で戦っていた。私たちはチケットなど持っていなかった。でも、スタジアムで手頃な価格で買うことができた。そこから私たちはグアダラハラ( Guadalajara )に移動した。北アイルランドとブラジルの試合を観戦した。最後にメキシコシティへ行った。アステカスタジアム( Azteca Stadium )でチケットを購入し、イングランドのラウンド 16 のパラグアイ戦での勝利と、準々決勝でのアルゼンチン戦の敗北を見届けた。天才マラドーナに完膚なきまでに叩きのめされた。マラドーナは悪名高い神の手( Hand of God )ゴールと、文句のつけようのないゴールを決めた。当時、オンライン購入は存在せず、見せ方・関連イベント・演出等も今ほど綿密に企画されていなかった。しかし、ワールドカップはまさしくサッカーの祭典として捉えられていた。決して消費者余剰を掠め取る機会ではなかった。もちろん、もう昔に後戻りすることはできない。ファンも、サッカー界も昔とは違うし、そもそもより規模が大きくなった体験経済が縮小することはあり得ないだろう。先日、サイモン・クーパー( Simon Kuper )の話題の新著「ワールドカップ・フィーバー( World Cup Fever )」を読んだ。1990 年以降の 9 回のワールドカップ観戦体験を綴っている。印象的な一文がある。「ワールドカップは世界を変えない。しかし、世相を映し出している」。♦

以上