債券市場でパニック売り!新 FRB 議長ウォーシュの“沈黙戦略”は最悪の 4 年間の始まりを意味するのか?

The Financial Page

Kevin Warsh Is Facing More Than a Communication Problem
ケビン・ウォーシュは単なるコミュニケーションの問題以上のものに直面している

The Fed chair’s biggest challenge is demonstrating his independence from Donald Trump.
FRB 議長にとって最大の課題は、ドナルド・トランプからの独立性を示すことである。

By John Cassidy August 3, 2026

 中央銀行のトップの仕事は決して楽なものではない。作家でジャーナリストのニール・アーウィン( Neil Irwin )が 2013 年の著書「錬金術師たち( The Alchemists )」で述べているように、この職​​業の最初の人物は 17 世紀のスウェーデンの金融家ヨハン・パルムストルク( Johan Palmstruch )である。彼は率いていた機関が崩壊寸前になった後、詐欺罪で裁判にかけられ、死刑を宣告された。独裁政権下を除けば、現代の中央銀行のトップが命の危険を感じることはない。しかし、時には厳しい批判にさらされる。1980 年代初頭に FRB 議長を務めたポール・ボルカー( Paul Volcker )は猛烈なインフレに直面して金利を 20% に引き上げた。激怒した大勢の農民によってトラクターで FRB 本部が封鎖された。ボルカーの後任であるアラン・グリーンスパン( Alan Greenspan )は、低インフレと金融規制緩和を両立させながら急速な経済成長を実現した。ゆえにマエストロ( Maestro )と称された。しかし、グリーンスパンが 2006 年に引退した直後の 2007~08 年に世界金融危機( the great financial crisis )が発生した。それによって彼の評判は地に落ちた。上院銀行委員会に呼び出され、民主党議員団より厳しく追及された。

 現 FRB 議長のケビン・ウォーシュ( Kevin Warsh )は 5 月に就任したばかりである。もう既にかなりの批判に晒されている。当然のことである。先週、FRB は政策決定会合である FOMC (連邦公開市場委員会)において、賛成 9 、反対 3 の投票結果で主要政策金利の据え置きを決定した。この決定自体は特に問題となるものではない。しかし、会合後の記者会見で、ウォーシュは FRB のスタンスに関する質問に対し、曖昧な回答を繰り返した。これに反応して債券市場は、連邦政府が巨額の財政赤字を補填するために頼っている長期国債を売り浴びせた。債券価格とは逆方向に動く債券利回りは、2007~08 年の世界金融危機が起こる前の高い水準まで跳ね上がった。

 ある市場アナリストはフィナンシャル・タイムズ( Financial Times )紙に対し、この売り浴びせは「信頼喪失によって引き起こされた」と語った。別の意見もある。調査会社 TS ロンバード( TS Lombard )のエコノミスト、ダリオ・パーキンス( Dario Perkins )は、特に手厳しい。ウォーシュの記者会見は、昨年ドナルド・トランプが「解放の日( Liberation Day )」と呼んだ日に発表した関税や、2022 年にリズ・トラスが首相の座を失う原因となったイギリスの悲惨な大規模減税政策と同等のものであると指摘する。いずれも「重要な地位にある者が完全に手に負えない状況にあり、何をして良いのか分かっていないことが明確になる」瞬間だったという。公の場での発言に慎重な傾向のある元 FRB 理事の中にも、懸念を表明する者がいる。ブルームバーグ( Bloomberg )とのインタビューで、セントルイス連銀元総裁のジェームズ・ブラード( James Bullard )は、ウォーシュの記者会見を「やや不安定( a little bit rocky )」と評し、債券市場の反応は FRB 議長の神経をすり減らすものであると主張した。 2014 年から 2024 年までクリーブランド連銀総裁を務めたロレッタ・メスター( Loretta Mester )は、ウォール・ストリート・ジャーナル紙に対し、「私は FRB が何を考えているのかを理解したい。そうすれば安心できる。何も言わないという彼のやり方は持続可能ではない」と語った。

 確かに、長期債の売り浴びせは、新たな金融危機が差し迫っていることを意味するわけではない。しかし、財務省が新たに国債を発行する際により多くの金利を支払わなければならないことを意味する。既に利払い負担は十分に重い。国防総省の予算に匹敵する額を政府は負担している。住宅購入者はより高い住宅ローン金利に直面する。ウォーシュは自身の信頼性の問題に向き合わざるを得なくなるだろう。昨年、トランプ大統領がジェローム・パウエル( Jerome Powell )の後任の FRB 議長を探していたとき、ウォーシュは低金利を実現すると主張し、自らをインフレハト派( inflation dove )と位置づけていた。当時、インフレは沈静化しているように見えた。その後、トランプ大統領は 1 月にウォーシュを指名したが、その 1 カ月後にイランに対する無謀な戦争を開始した。原油価格が急騰し、インフレ率が上昇した。2 月から 6 月の間でインフレ率は 2.4% から 4.2% に上昇し、FRB の目標である 2% を大きく上回った。利上げすべきか否かという判断が注目されるようになった。

 ウォーシュが初めて政策決定会合に出席した 6 月の FOMC では、FF レートを 3.5~3.75% の範囲に据え置くことが決定された。しかし、彼は FRB のインフレ目標達成への強い決意を繰り返し強調した。ウォール街の大方は彼を根っからのインフレタカ派( inflation hawk )と見なした。彼らの多くは、9 月、あるいはそれよりも早く利上げが行われる可能性があると認識した。ところが先週の会合では、ウォーシュは当たり障りのない言葉や一般論ばかりを述べた。即時利上げに賛成票を投じた 3 人の FOMC メンバーの主張に納得しなかった理由を問われると、彼は質問をはぐらかした。また別の場面では、金融市場が長期金利を押し上げており、FRB のインフレ抑制策の一部を既に果たしていると示唆した。

 ウォーシュはいつも発言を控えている。FRB が市場にフォワードガイダンス(将来の政策方針の予告)を示すべきではないと考えているからである。それによって FRB が望ましくない政策路線に陥る可能性があるからだという。そうした例は実際にあった。インフレ率が急上昇した 2021 年に FRB は素早く対応できなかった。長期間の金利据え置きをフォワードガイダンスで強く約束していたからだと彼は主張する。この主張の是非には議論の余地がある。そして、それは彼が FRB の運営方法を見直すために組織したタスクフォースの 1 つによって議論される予定である。しかし、フォワードガイダンスの提供をためらうことは、彼がたどり着いたと思われる現状のガイダンスを一切提供しないことの正当化にはならない。先週の出来事が示したように、これは混乱、不確実性、そして借入コストの上昇を招くことになる。

 ウォーシュはもっとオープンな姿勢を維持すべきであった。そうすれば、FRB が金利を上げない理由を市場が理解したはずであるし、インフレ対策における自身への信頼を損なうこともなかったはずである。インフレ率は今年上昇しているものの、その上昇の大部分はエネルギー価格の高騰によるものである。インフレ・スパイラルが広がっている兆候はほとんど見られない。さらに、5 月中旬から 7 月上旬にかけてはアメリカとイランが停戦合意に達したことで、原油価格は急落した。6 月の消費者物価指数は 0.4% 低下した。その後、停戦合意は崩壊し、原油価格が再び上昇した。しかし、今後何が起こるかは誰にも予測できない。FRB がインフレ率が下がらない場合に備えて利上げの準備を整えつつ、事態の推移を見守るためにあと数カ月待つのは妥当な判断と言える。

 FOMC ではウォーシュの立場を支持する者が大半であった。8 人が政策金利を据え置くことに賛成票を投じた。なぜ彼がその根拠をより明確に説明しなかったのかは、いまだに謎である。ひょっとすると、FRB の政策の不透明さが高まることで長期金利が上昇することを彼が期待していたのかもしれない。なぜなら、それは市場が投資に伴うリスクを、金利や価格に正しく反映させることを意味するからである。長期的に見て健全なことであると言える。「確かに、市場に不確実性プレミアムを注入することは、過去のどの中央銀行総裁も試みたことのない類のことである」とフィナンシャル・タイムズの記者、トビー・ナングル( Toby Nangle )は指摘する。「しかし、これはウォーシュの発言と行動に、ある程度の内部的な整合性を与えるものである」。

 ウォーシュの最大の目的がトランプ大統領の怒りを買うことを避けることである可能性もある。そうであれば、中間選挙前に利上げするのは避けたいだろう。だからこそ彼は、将来のリスクとなるような軽率な言動を一切避けたがっているのである。例えば、彼や他の理事たちが 7 月と 8 月のインフレ率に基づいて決定を下すと公言したとする。インフレ率が予想よりも高くなった場合には 9 月の利上げを支持せざるを得なくなる。間違いなくトランプに猛烈に非難されるだろう。であるなら、何も重要なことは言わないで、できるだけ多くの選択肢を残しておく方が賢明である。

 ある意味で、ウォーシュは昔ながらの中央銀行総裁と似ているところが多い。意思決定において FRB の独立性を重視しているし、それを損なうような言動をほとんどしない。1988 年のスピーチで、グリーンスパンは「もし私が明確に話したとしても、おそらく私の言ったことが曲解されるだけである」と冗談めかして言った。ウォーシュはグリーンスパンの FRB での「強力かつ安定したリーダーシップ」を称賛している。しかし、グリーンスパンが最終的には率直に話すようになったことには触れていない。グリーンスパンは、フォワードガイダンスを用いて金融市場に影響を与えることのメリットも認識していた。2003 年にグリーンスパンは、景気回復を確実にするため、当面は利上げを急がず低金利政策を続けるというシグナルを市場に送った。これはまさにウォーシュが避けるべきだと考えている種類のメッセージである。

 今月末にワイオミング州で開催されるジャクソンホール会議でのウォーシュの講演は注目されるだろう。彼はこれまでと打って変わって率直な発言をするだろうか。現時点では、読めないところである。彼のコミュニケーション戦略をめぐる騒動の根底には、1 つの疑問がある。それは、彼がトランプから独立しているか否かということである。彼は独立していることを明確に示さなければならない。それができなければ、債券市場やエコノミスト連中は彼の発信する内容、あるいは曖昧な態度に懐疑的な反応を示すだろう。それも無理からぬところである。ウォーシュの FRB 議長としての任期は 2030 年 5 月までである。これまでのアプローチを変える時間はいくらでもある。しかし、彼は以前に主張した FRB の体制転換( regime change )を諦めていないようである。従来のデータ依存型の金融政策や過剰な情報発信を見直し、中央銀行の運営手法や枠組みを根本から刷新したいようである。金曜日( 7 月 31 日)に、ニューヨーク・タイムズ紙が報じたのだが、彼は FOMC の開催回数を現在の年 8 回から減らすことを検討しているという。この案は、彼の透明性を低下させたいという欲求が如実に現れたものである。ウォーシュの任期はまだ 4 年も残っている。残念ながら波乱に満ちたものになりそうである。市場関係者にとって 4 年はあまりに長い。♦

以上