3.子供が少ない状況とは?
子供の出生数が少ない状況は、しばしば子供を産まない者を攻撃する際の材料になることがあった。ローマ帝国( the Roman Empire )の最初の数十年間、アウグストゥス・カエサル( Augustus Caesar )は、退廃的な都市のエリート層が自らを存続させることを明らかに拒否していることを看過できないと感じていた。彼は、貴族階級が「子孫を残さないことで」国を裏切っているし、彼らの祖先の血統が不滅であることを否定することは「殺人よりも悪い」行為だと主張した。西暦 9 年、彼は 25 歳になっても独身でいる身分の高い男性は相続権を失うと法律で定めた。さらに、エリート層は役者( actors )との結婚を禁じられた。彼らの不妊の原因は、おそらく役者との交際ではなく、当時の食器や化粧品やパイプに鉛が含まれていたことにあるだろう。いずれにせよ、彼らの生物学的な遺産は事実上消滅した。帝政ローマの都市住民は、その後のヨーロッパ人にほとんど検出可能な遺伝的痕跡を残さなかった。しかし、欧州全体の人口は増えており全く問題なかった。
蒙古来襲( Mongol invasions )、黒死病( the Black Death ) 、三十年戦争( the Thirty Years’ War )という一時的な出来事を除けば、ユーラシア大陸の人類の数は、その後 2 千年の大半の間、ゆっくりとではあるが着実に増えていった。経済学者トーマス・マルサス( Thomas Malthus )が有名な「人口論」で述べているように、男女が性交して子孫を残そうとする激しい情熱に対する唯一の効果的な抑止力は、子供が餓死するのではないかという恐怖だけであった。当時の家族の大きさは、生まれた赤ん坊のほぼ半数が 5 歳の誕生日を迎えられないという事実を補うのに十分なものであった。1805 年頃に全世界の人口が10億人を突破した。10 億人に達するには人類の全歴史が必要だった。そこからさらに 10 億人増やすまでには、わずか 123 年しかかからなかった。
この人口急増は、奇しくもヨーロッパにおける出生率の下降傾向と重なっている。先駆者はフランスの貴族たちだった。彼らは一族の富と名声を強固なものにするため、結婚時期をますます遅らせ、相続対象となる子孫の数を制限しようとした。これは理にかなっている。しかし、この慣習は模倣を通じて下層階級にも広まった。しかし、これはあまり意味がない。彼らには相続する資産が多くあるわけではないからである。文化が伝染する過程で、本来の意義が薄められるということはしばしば発生する。
20 世紀になると、理論に状況が追い付く形で、多くの子供を生まないことが合理的である状況になった。工業化が進み、子供たちが農作業を手伝う必要がなくなった。女性は自由に働くことができるようになった。同時に、医療と衛生環境の改善により、幼児死亡率は劇的に低下した。子供は価値を生み出す資産となり、教育への投資は健全な利益を生むと理解された。多くのエコノミストは、このことを他の耐久消費財に例えた。つまり、家族が裕福になるにつれ、車を買い続けるだけでなく、より高級な車を買うようになるのと同じであるという。
直観的に考えると、経済的繁栄が出生率を低下させるのであれば、出生率を低下させればその分だけ繁栄が増すはずだと思える。冷戦時代には、人口抑制は一種のマスターキー、つまり社会的・政治的悪に対する万能薬とみなされるようになった。ジェニファー・スキューバ( Jennifer Sciubba )とその共著者たちは、近刊予定の「 Toxic Demography (未邦訳:有害な人口学の意)」の中で、アメリカの多くのエリートは「人口増加は貧困を引き起こし、貧困は共産主義を引き起こすと信じていた」と書いている。リンドン・ジョンソン( Lyndon Johnson )大統領などの指導者は、西側諸国にとって最善の利益は避妊と性教育の普及に補助金を出すことだと断言した。家族計画( family planning )の主な手段が女性の身体だったことは残念なことであるが、避けられないことだったのかもしれない 。20 世紀初頭の進歩主義運動の優生思想に共感して設立された組織であるプランド・ペアレントフッド( Planned Parenthood )の会長は、「個々の女性( individual women )」への過度な配慮は進歩を妨げると警告する。「私たちは、この方法を大規模な集団に適用するという目標を見失ってはならない」と述べた。
その先陣を切ったのが韓国である。朝鮮戦争終了 10 年後の時点では韓国は 1 人当たりの GDP は 100 ドルを下回ってハイチよりも低かった。多くの者が木の皮や茹でた草を食べ、多くの子供が通りで物乞いをした。1961 年の軍事クーデターで誕生した独裁政権はそれまでの経済政策を転換した。人口増大を防ぎつつ国民の教育水準を高めることに注力した。国民総動員でそれに取り組んだ。多くの指導員が農村地域に散らばり、女性に 3 人以上の子供を産まないよう奨励した。政府は避妊具を合法化し、IUD (子宮内避妊具)の使用を強く推奨した。これらの取り組みは、民族的均質性と伝統的価値観の強調とも合致した。そのため、アメリカ軍人との混血児や未婚の母親の子供は養子縁組のために海外に送られた。韓国は世界最大の「赤ちゃん輸出国( exporter of babies )」として知られるようになった。
このプログラムは大成功とみなされた。20 年の間に、韓国の出生率は 6% から置換率にまで低下した。この偉業を、多くのアジアの人口動態研究者が「記録上これまで最も劇的で急速な減少の 1 つ」と評した。この計画の重要な部分は女性の教育的地位向上であり、これを 「世界史上前例のないこと 」と評する人口動態研究者も多かった。この世に生を受けた朝鮮人の数はあり得ないレベルで少なくなったが、生を受けた朝鮮人の生活水準も同様に向上した。飢えを覚えている親世代は、美容整形手術を受ける余裕のある子供を生んだ。
突然、出生率は各国政府が自由に増減させられるという認識が広がった。死亡数と出生数が多い状態から、その両方がはるかに少ない状態への「人口転換( demographic transition )」が起こったわけだが、何の根拠もなく出生率は人口置換率くらいで自然に落ち着くと推測されていた。満員のレストランの支配人が客が 1 人帰ったら 1 人入店させるのと同様に、特にスキルなど必要なく自然と出生率が置換率レベルに落ち着くと想定されていたのである。各国政府がそれまでと逆で出生率を上げる対策をしなければなくなると考える者はいなかった。
ただし、あるオランダの人口動態研究者だけは冷静に事態を分析していた。その人物は「人間の生殖欲求はずっと以前から過大評価されていたのかもしれない」と指摘する。1983 年に韓国で出生率が置換率に近づいた時、政府は政策を見直しすべきだったのかもしれない。しかし、実際には「 2 人でも多すぎる」という新たなスローガンを掲げて、さらに政策が強化された。1986 年までに、韓国の出生率は 1.6 まで低下した。このレベルが約 10 年間続き、その後急激に下がった。現在、韓国政府は現金給付( cash transfers )や育児休暇延長( parental-leave extensions )など、さまざまな出産促進策に約 2,500 億ドルを投じている。効果は出ていない。2 年前、伝説的なフェミニストで法学者のジョアン・ウィリアムズ( Joan Williams )は、ドキュメンタリー製作のために韓国の最新の出生率データを見た。彼女はショックを受け、エドヴァルド・ムンク( Edvard Munch )の「叫び( Scream )」のように口を開け、両手を顔に当てた。そのイメージはすぐにミームになった。
韓国の人口動態崩壊( demographic collapse )は、ほとんどの人口動態研究者が既成事実と考えている。「韓国は 100 年後には消滅すると言われている。そんなことを気にしても意味がない。我々はそれまでに確実に死んでいる」と政治評論家のジョン・リー( John Lee )は言う。韓国がこうなった原因としてよく挙げられるのが、世界でもトップクラスの住宅費と育児費の高さである。韓国では、ほとんどの若者が子育てがやりがいのある楽しいものだという印象を持っていない。ソウルの賑やかな梨泰院( Itaewon )地区にお洒落なカフェで、20 代の綺麗な報道記者に会った。「ここにいる人たちは子供が嫌いなのよ。子供を見て 『うわっ 』って言うのよ」と彼女は言った。こうした不満がそこら中に充満しており、子供を持つ母親を軽蔑する者も少なくない。「子供を育てている母親を「害虫( bugs ) 」とか「寄生虫 ( parasaites )」と呼ぶ人も少なくない。子供がちょっとでも騒げば、周囲から睨まれる」と彼女は言う。彼女は先日ローマで休暇を過ごしたのだが、そこでは大人はバーで酒を飲み、子供たちは暴れまわっていたという。「ここでそんなことをしたら、『あなたは母親なのに何をしているの?』と非難される」と彼女は言った。
人口減少の危機を論じる報道に対するネット上の反応は、「いやいや、もっと下がっても問題ないだろっ 」とか、「たくさん生んでも奴隷が増えるだけだろっ」とか、皮肉ったり、否定するものが多い。私が会った女性報道記者は言った、「このことを書くとしたら、さて、読んで考えを変える者がいるだろうかと思案する。間違いなく 1 人もいないと思う。ここでは子供を欲しがらないことが普通だから」。多くの韓国人がそうであるように、彼女も愛犬を溺愛している。子供サイズの代表チームのユニフォームを探して街中を歩き回ったが、闇市場のコピー商品で妥協せざるを得なかった。しかし、ペットショップはほとんどすべてのブロックにあった。昨年は、犬用のベビーカーの売上が赤ちゃん用を上回った。「犬を子供より大切に思っていると言っているわけではない」と彼女は言う。