7.出生率向上施策は効果が無い
韓国南部の都市カンジン( Gangjin )で、私は喫茶店に立ち寄った。入口に「ここは子供禁止区域です。子供に非はない。問題は子供の面倒を見ない親にある( This is a no-kids zone. The child is not at fault. The problem is the parents who do not take care of the child. )」と書かれた看板がかかっているのを目にした。韓国では多くの店のドアに、同様の看板が掲げられている。ソウルの公共交通機関で見かけた子供は外国人だけだった。韓国でレズビアンカップルで初めて子供をもうけたことを公表している 1 人であるキム・キュジン( Kim Kyu-jin )は、「 5 年前は子供禁止区域について深く考えていなかった。今では差別的であると思っている。必ず事前に電話して、娘を連れて行ってもいいか尋ねないといけなくなった」と語った。ショッピングモールでは、今でも子供が歓迎されている。実際、たくさん子供がいる。ソウル市は「マルチチャイルド ハピネス カード( Multi-Child Happiness Card )」を配布している。特定の遊園地や劇場で割引を受けることができる。導入当初は、資格を得るには子供が 3 人必要であったが、現在は 2 人である。アーティストのダウムはこう言った、「もうすぐ、子供が 1 人しかいない家庭にもマルチチャイルド カードが支給されるようになるんじゃないかと冗談を言う人が多い」。
韓国の数少ない子供に優しい場所の中に、かつての学校があるというのは皮肉でしかない。北部の春川( Chuncheon )市郊外の美しい川沿いの渓谷では、古い小学校がカフェとリゾートホテルに改装され、明るい色の木材とコンクリート打ち放しの高級サナトリウムのような雰囲気を醸し出している。パンフレットには「昔の子供たちの無邪気な笑顔」へのノスタルジックな言及とともに、家族写真撮影パッケージが紹介されている。料金には基本的な修正が含まれているが、「やり過ぎ」はしないと約束している。高級コーヒーを買う余裕のない家族のために、ソウル市は田舎のいくつかの学校施設を家族向けキャンプ場として再利用した。
1 つは 北朝鮮との国境からそう遠くない山の中にある。私が訪れたのは紅葉シーズンの終わりごろだった。でこぼこした駐車場に、低い木の台の上に立てられた黒いテントが何列も並んでいた。古いカフェテリアにはゲーム用テーブルがいくつかあった。ピンクのスウェットスーツを着た少年が、年配男性と球を打ちあっていた。少年の父親は私に、「子供たちと一緒にここに来る理由は、他人の目が気にならなくなるからである」と言った。外では、小雨が降って乾いた茶色の葉が舞っていた。ほとんどの家族がテントを守るために設置されたタープの下に身を寄せ合っていた。1 人の小さな女の子が、プラスチックの釣り竿に取り付けた明るい鳥の形をした凧で遊んでいた。帰る際に、私はヘネムの学校で見たものとまったく同じ、しかしかなり傷んだ松明を持った少年の像があることに気づいた。
各国は人口減少を逆転させるためにあらゆることを試みてきた。ハンガリーでは、4 人以上の子供を持つ女性は生涯所得税が免除される。ジョージアでは、正教会の総主教が、2 人以上の子供を持つ両親に生まれた赤ちゃんに自ら洗礼を施すことを申し出た。一部の国の出生率は低いレベルで安定している。近現代では非常に低い出生率の国において、それが人口置換率まで持続的に回復した事例は 1 つもない。世界で最も出生率向上に熱心な政府は、インセンティブやサービスに巨額を費やし、出生率を約 0.2% 向上させた。補助金支出が出生率を確実に向上させると考える研究者も多いが、子供 1 人あたり 30 万ドル程度でなければ効果はないであろう。
霧が出た日であったが、私はソウルのオ・セフン( Oh Se-hoon )市長を市庁舎の執務室に訪ねた。そこは SF に出てくる戦艦の船長室を思わせる。市長は主に、人口の約 50% が 1 人暮らしをしているソウルの深刻な住宅不足に焦点を当ててきた。市長は他の取り組みとして、「 87 のサブプロジェクト( eighty-seven subprojects )」を含む出産奨励プロジェクトや、「 28 のサブプロジェクト( twenty-eight subprojects )」からなる「パパママ幸せプロジェクト( Mom and Dad Happiness Project )」を挙げた。市長が私に説明している間、向こうの壁の大きなスクリーンには、将来は人口が増加するかもしれないとほのめかす楽観的な資料のスライドショーが流れていた。人口統計学者の中には人口減少は改善すべき現象ではなく、管理すべき現象だと考えている人もいる、と私は市長に告げた。市長は出生率向上取組みの最大の障害は有権者であるとほのめかした。帰り際に、市長の補佐官 2 人がロビーのカフェに私を案内してくれた。そこではロボットバリスタアーム( robotic barista arm )がエスプレッソドリンクを作っていた。
韓国企業の中には従業員に子供を産む報酬を支払うところもあるものの、今や民間部門は子供が贅沢品である世界に適応しなければならないことを受け入れている。多くのアナリストは、健康な年金受給者のニーズを満たすために、1,600 億ドル規模の「シルバー産業( silver industry )」が生まれると予想している。ある旅行代理店は、甘やかす孫のいない高齢者は、可処分所得をより高価な旅行に費やすだろうと予想している。ヒュンダイ( Hyundai )のようなコングロマリットは、高齢者介護を家族に頼ることができない人々のための高級退職者コミュニティを計画している。かつてマスマーケットに対応していた企業は、プレミアム顧客層に方向転換する必要がある。長い間、サムスン( Samsung )は大型家電製品の販売を結婚時の需要に依存してきた。セレブの消費行動にも詳しいソウル大学校の人口動態研究者のチョは、汎用品の冷蔵庫を多数販売する代わりに、少数の超高級冷蔵庫の販売に軸足を移すという同社の最近の計画を称賛する。新しい製品ラインは、サムスン・ビスポーク( Samsung Bespoke )と名付けられた。(訳者注:bespoke はオーダーメードの意)
アメリカにロボットバリスタ( robotic baristas )が登場する日は近くないだろう。現在の人口激減リスクは人口爆発のリスクと同様に自然と収束するかもしれない。「 200 年後の出生率を予測するモデルを今持っていると思っているのなら、それはグラフに適当に線を引いたものにすぎない」と、社会学者フィリップ・N・コーエン( Philip N. Cohen )は語る。ほとんどの研究者は、人口激減リスクをことさらに騒ぎ立てることは逆効果だと考えている。2022 年の「人口減少と繁栄!( Decline and Prosper! )」という心強いタイトルの論文の中で、ノルウェーの人口統計学者ベガルド・スキルベック( Vegard Skirbekk )は、「低いが、低すぎない( low, but not too low )」出生率は良いことだと改めて主張している。しかし、これには付帯条件が付いている。20 年前、スキルベックは「低出生率の罠仮説( the low-fertility trap hypothesis )」と呼ばれる思考実験の考案に協力し、回復不能な下降スパイラルの可能性を指摘した。極度の出生率低下は赤ちゃんの数がはるかに少ないことを意味する。それは赤ちゃんを産む人、さらには赤ちゃんを知る人もはるかに少ないことを意味する。このフィードバックループは、文化的規範を大きく変化させ、子供を持たないことがデフォルトの選択肢になる可能性さえある。
この事態が起こるのは遠い将来のことと思われていた。だが、すでに韓国で起こっている。私がスキルベックに、他の国々も後に続く可能性があるか尋ねると、彼は「かなりの数になるかもしれない」と答えた。フィンランドの人口統計学者ロトキルヒは、生殖のきっかけは社会的なものだと強調する。「近々行う研究で、『赤ちゃんを抱いたことがあるか』と聞くつもりである」と彼は語った。「フィンランドでは、抱いたことがない人がかなりいると思う」。周りに赤ちゃんがいないからさらに減るという力学は、国家内だけでなく国家間でも展開される。出生率の規範を研究する社会学者ファン・スンジェ( Hwang Sun-jae )は、低出生率が急速に広まった原因の一端を、ソーシャルメディアが世界的なモノカルチャー( monoculture )の促進役を果たしたことにあると主張する。魅力的な旅行先に行けないことや流行の食べ物を食べられないことなど、出産の機会費用( opportunity costs )を知ることは、かつてないほど容易になっている。 「かつて人々は、自分と地元だけを比較していた」と彼は言う。「今では、ニューヨークやイギリス、フランスなどの人々の生活を見て、相対的に自分の生活レベルは十分ではないという喪失感を抱く」。
高齢化と人口減少が進む社会のコストは、より抽象的なものに感じられる。昨年、ネット上に投稿された動画は 10 年後の韓国の伝統的な 1 歳の誕生日のお祝いの様子を描いたものであった。ワールドカップスタジアムで、大統領を含む 1 万人の観衆が祝賀会を開く。動画の中では、日常生活上の様々な不具合が散りばめられている。食べ物を注文するのに 90 分以上かかることもある。実際の不便さは、それほど小さくないかもしれない。2050 年までに、韓国の労働力は現在の約 3 分の 2 になり、食品の配達は過去のものになるかもしれない。チョは、韓国第 2 の都市である釜山では、まもなく人を雇うことが不可能になると、食品メーカー大手の農心( Nongshim noodle company )に助言した。
退職年齢は今後も上昇し続けるだろう。独裁国家では政治家が高齢有権者を無視できるので、子供のいない人々には年金を支給しないかもしれない。世代間、子供のいる者といない者の対立が激化し、リベラルの相互扶養的な概念は崩壊するかもしれない。社会民主主義国の若い労働者は、自分たちが決して受け取ることのない給付プログラムのために支払う税金にますます憤慨するようになるだろう。男性、特に地位の低い男性は、子供を持つとしても、望む数の子供を持つことが現状ではほぼ不可能である。この傾向が続けば、すべての選挙でインセル( incel:異性との交際が長期間なく、結婚を諦めた結果としての独身)の影響力が大きくなるだろう。映画「 Children of Men (邦題:トゥモロー・ワールド)」の P. D. ジェイムズ( P. D. James )による原作小説では、社会秩序は崩壊し人類滅亡の危機が迫る。イギリスは厳格な「国守( Warden )」と呼ばれる人物が善政をしくが、薄暗い老齢の島として描かれる。基本的なインフラは移民の下層階級によって支えられ、高齢者は海中に消えるはしけに鎖でつながれている。ちなみに、数年前、イェール大学の日本人経済学者成田悠輔( Yusuke Narita )は、日本の高齢者に切腹をするよう呼びかけた。
多くの韓国人が私に語ったのだが、競争の少ない社会、つまり、すべての人がより多くの資源を分け合える、より小さいが、より穏やかな世界が待ち受けているという。この図では、人口が減っていることを除けば、未来は現在とまったく同じである。しかし、不平等が拡大する可能性も同じくらいある。大学が一斉に閉鎖されれば、残った大学のランク付けはもっと激しくなるかもしれない。韓国の労働力が基本的な商品の生産と流通を支えられなくなれば(今世紀末までに確実に起こる可能性があるが)、一部の富裕層がすべての商品を蓄えてしまうかもしれない。人口統計学者のディーン・スピアーズ( Dean Spears )は、私たちのニーズや欲求が特殊なものであればあるほど、それが提供される場所は限定的になると指摘する。「専門的な医療が必要な場合、田舎ではそれを見つけられる可能性は低い。大都市では、自分と同じ種類のものを必要としている人が多いからである」と彼は言う。現在の傾向が続けば、数十年後には韓国人の数は大幅に減少し、事実上全員が首都ソウルに住むことになるだろう。そこは荒野と廃墟に囲まれているだろう。可能性は低いが、運が良ければ周りにロボットが稲作する田んぼが広がっているかもしれない。
長い間、経済の繁栄は、人口増加による生産量の増加、需要の増加、新しい市場の創出に依存してきた。脱成長の提唱者は、こうした数世代にわたる無限連鎖講( pyramid schemes )は明らかに持続不可能であると指摘しているが、その崩壊はおそらく平和的なものではないだろう。たとえば、世界最大の資産クラスである中国の不動産市場が崩壊すれば、世界経済全体が揺らぐ可能性がある。17 〜18 世紀に疫病と白人の侵攻で勢力が弱まったイロコイ族( Iroquois )の、近隣部族に対する「哀悼戦争( mourning wars )」を思い出す。イロコイ族は、捕虜を略奪して人口を補充するための襲撃を激化させたのである。同様に、ロシアのウクライナ侵攻も、祖国のロシア系住民の数を増やしたいというウラジミール・プーチン( Vladimir Putin )の願望が一因である。
グロテスクな方法ではあるが、映画「マッドマックス( Mad Max )」の描くシナリオは、心地よいファンタジーに感じられる。古いラジエーターとアタリ( Atari )社製のプリント基板で作られた戦闘車両があるスチームパンク( steampunk:蒸気機関が主流の未来世界を舞台にしたSF)の世界は、少なくとも活気のある世界である。しかし、人口の少ない世界は、実際には静寂を特徴としているだろう。経済のダイナミズムと若者を結び付ける文献はいくらでもある。大胆な発想とリスクに対する強い欲求を持つ若者が、起業活動の大部分を牽引している。イーロン・マスク( Elon Musk )とその支持者にとって、子供は新技術を生み出す確率を高めるものである。遺伝子操作された赤ちゃんが増えるかもしれないが、そうして生まれた赤ちゃんが機能的なワープドライブ( warp drive )エンジンなどを発明するか否かはわからない。ある出生促進論者( pro-natalist )は言った、「私たちは消費するためだけに存在しているのではない。そして、どこもかしこもフロリダの隠居村のようになることは望んでいない」。
出生促進主義の最も説得力のある側面は、人口増加によって理論的に得られるかもしれない利益ではなく、人口減少によって失われる利益を強調している。進化人類学者ジョセフ・ヘンリック( Joseph Henrich )は、約 1 万年前にオーストラリア本土から切り離されたタスマニア先住民の例を挙げる。彼らの人口は少なすぎ、分散しすぎていたため、専門知識を伝承できず、複雑な骨の道具の作り方、暖かい衣服の作り方、さらには魚釣りの仕方さえ忘れてしまった。しかし、ここで問題なのは数の少なさだけではない。文化が進化するには、さまざまな人々が必要である。つまり、突飛な提案をする頑固で変人も必要なのである。最も突飛な人々は、ほとんどの場合、子供たちである。
多くの人口統計学者が、SF の空想を参考にし過ぎるべきではないと主張する。政府が意図せずして厳しい措置を採用するきっかけになるのではないかと心配しているのかもしれない。人口統計学者のレスリー・ルート( Leslie Root )は、人々がどうして子供を生まなくなったかを理解することは難しいと主張する。「人間は進化の過程で賢くなりすぎたのかもしれない。他の種々雑多なことに興味がいき、種族を存続させるために十分な数の子供を作らなければならないという義務を忘れてしまったのかもしれない。まったく理解できないが、たぶんそうなのだろう」と彼女は言う。「安定した人口を維持するにはどうすべきかを考えることがある。いつも結論は同じである。社会を変革する必要があると感じる」。