2.バブルには生産的バブルと非生産的バブルがある
いつのバブルでもレバレッジ取引が急増する現象が共通して見られた。また、バブルは長続きしないという警告の声があがるのもバブルの常である。1872 年 8 月のネイション( Nation )誌の記事が指摘したのだが、鉄道会社 350 社の公開されている財務諸表を調査したところ、配当を出しているのは 100 社にも満たなかったという。エコノミスト( Economist )誌の編集者ウォルター・バジョット( Walter Bagehot )は、アルバート・グラントらが推奨しているような投機的な投資を避けるよう多くの友人に警告した。ヨーロッパ最大の金融グループであるロスチャイルド( Rothschild )のドイツ支社の責任者、マイヤー・カール・フォン・ロスチャイルド( Mayer Carl von Rothschild )は、フランクフルトからイギリスのパートナーに宛てて、「すべての新規銀行株における無謀な投機が、依然として主な話題となっている」と書き送った。そして、多額の資金を吸い上げる、こうした新たな投機計画を嘆いていた。
過去のバブルには共通の傾向がある。それは、傍観者の予想よりも長く続くということである。傍観者は、ギリシャ神話に登場する悲劇の予言者カサンドラ( Cassandras )のように、手遅れになるまでほとんど無視される運命にある。1873 年のバブル崩壊は、当時は大国であったオーストリア=ハンガリー帝国( Austro-Hungarian Empire )の首都ウィーン( Vienna )で始まった。直前の数年間、この国際都市では不動産と株式への投機が急増していた。その多くは信用取引だった。このブームによって、中心部の大通沿いに宮殿のような邸宅を建てる新興富裕層が誕生した。彼らは大通りの名にちなんで「リングシュトラーセ男爵( Ringstrasse Barons )」と呼ばれた。1873 年 5 月 9 日、いわゆる「暗黒の金曜日( Black Friday )」に株式市場が暴落した。証券取引所のフロアで乱闘騒ぎが起こった。取引所は閉鎖を余儀なくされた。1 週間後に再開したが、その頃にはレバレッジの力は逆方向に働いていた。多くの投機家が破産し、彼らに融資していた銀行も同様に深刻な状況に陥った。ある著名な銀行家が、高層階から飛び降りて自殺した。
ウィーン発の衝撃波は、ロンドンを含む他のヨーロッパの金融センターにも瞬く間に拡がった。しばらくの間、アメリカは影響を受けていないように見えた。しかし、夏になると、大富豪ジェイ・クック( Jay Cooke )が身の丈に合わない投資をしていたことが明らかになった。ノーザンパシフィック鉄道に多額の自己資金を投じていたのだが、大陸横断鉄道プロジェクトが多額の資金を要する遅延に見舞われていた。9 月 18 日、ジェイ・クック・アンド・カンパニーのニューヨーク支店は、突然閉鎖した。ほとんどの銀行がこれ以上の融資を拒否したからである。このニュースが伝わると、ニューヨーク証券取引所でパニック売りが引き起こされた。取引所は閉鎖を余儀なくされた。10 日後に再開した時には、株価は急落していた。多くの銀行はパニック状態の預金者が預金を引き出そうと必死になるのに対応しなければならなかった。
当時、2008 年のように、経営難に陥った銀行に流動性を提供する準備が整った連邦準備制度は存在しなかった。そこで、金融システムの全面的な崩壊を防ぐため、民間銀行が集って協会が組織された。ニューヨーク・クリアリング・ハウス( the New York Clearing House )である。そこで救済策が固まって、加盟銀行が現金準備金をプールして、経営難に陥った銀行に担保付き短期融資を提供することとなった。この救済策で、銀行業界は救われた。ほどなくして鉄道バブルが弾けたわけだが、それに巻き込まれた騙されやすい者たちに対する救済は何もなかった。「 5 年以内にニューヨーク証券取引所に上場された 22 億ドルの鉄道債券の半分以上がデフォルトした。損失を被った投資家が膨大にいて、損失額の合計は 6 億ドルに達する」とアハメドは書いている。
このバブル崩壊には、良い面もあった。それは、約 3 万 5,000 マイルの線路が敷設されたことである。アメリカの鉄道網の規模も倍になった。これにより輸送コストが削減され、新たな市場が開拓され、経済全体の成長が促進された。昨年、アマゾンの創業者であるジェフ・ベゾス( Jeff Bezos )は、AI ブームは最新の生産的バブルであると主張した。あるいは彼が言うところの「よい産業バブル( industrial bubble )」であると主張した。彼が主張したのは、こうした局面では、人々は非常に興奮しているので良いアイデアにも悪いアイデアに資金が投入されるということである。真の勝者と敗者が分かるのは、騒ぎが収まってからになるという。「今回も同じことが起こるだろう」と彼は語った。「今はその真っ只中であるが、AI が社会にもたらす恩恵は計り知れないものになるだろう」。
なるほど、そうかもしれない。しかし、ベゾスは利害関係のない傍観者ではない。彼の主張に懐疑的な声も少なくない。その 1 つは、鉄道の線路や車両は何十年も使用できるのに対し、AI チップやその他の AI ハードウェアはすぐに摩耗したり陳腐化したりするため、必ずしも永続的な価値を持つとは限らないというものである。また、エコノミストの中には、ベゾスが言及したような恩恵は主に彼のようなテクノロジー界の大物に集中すると指摘する者もいる。また、AI によって多くの労働者が職を失う可能性があるとの指摘も多い。マスク、ジェンセン・フアン( Jensen Huang )、サム・アルトマン( Sam Altman )、ダリオ・アモデイ( Dario Amodei )と同様に、ベゾスも AI ブームの影響から逃れることはできないだろう。もちろん、万が一 AI バブル崩壊が起きた場合も逃れることはできない。
1870 年代も今と同様、株式や債券を購入した者のほとんどは裕福だった。彼らは株式市場が暴落した際に、一番最初に影響を受けた。しかし、その余波はすぐに他の者たちにも拡がった。工業生産は落ち込み、失業率が急上昇した。食料品を含む商品の価格暴落は、多くの農民を苦しめた。「価格の下落が社会構造を圧迫するにつれ、好景気時代の高揚した楽観主義は、蔓延する悲観主義へと取って代わられた」とアハメドは書いている。ジェイ・クックは、かつて南北戦争の戦費調達で称賛された人物であるにもかかわらず、マスコミから攻撃され、多くの裕福ではないアメリカ人から貯蓄を騙し取ったと非難された。彼は破産したと公表し、フィラデルフィアのすぐ北に建てた 53 部屋を有する大邸宅を売り払い、娘の家に転がり込んだ。しかし、彼が莫大な財産の一部を隠匿しているという噂は根強く残った。アハメドは決定的な事実を明かした。「そうした噂が裏付けられたのは、1880 年代初頭のことである。彼はユタ州の金鉱で 200 万ドルを短期間に稼いだと主張して、豪邸を買い戻したのである」。♦
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