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ほとんどの動物は睡眠を必要とするが、その理由を正確に説明するのは困難である。有力な説の 1 つは、睡眠は脳細胞に蓄えられたエネルギーを補充するというものである。また、睡眠は脳の老廃物を除去するという説や、前日の記憶を統合するのに役立つという説もある。睡眠の目的がはっきりわからないわけだが、睡眠に必要な時間もわからない。コウモリは 1 日に 18 から 20 時間眠る。しかし、野生のゾウは夜にたった 2 時間眠るだけである。人間の場合は、8 時間が定説となっている。「私は 8 時間の睡眠が必要である」とフーは言う。しかし、必要な睡眠時間は遺伝子に大きく左右される。
既に明らかになっているのだが、動物が全く睡眠をとらないと、悲惨な結果が待っている。とあるロシアの医師が 1894 年に行った実験が有名である。食事を与えない子犬の集団と、睡眠を与えない子犬の集団の比較をした。睡眠不足の子犬は数日のうちに死亡した。空腹の子犬は生き伸びた。ギネスブックは、「睡眠不足に伴う固有の危険」を理由に、人間が最も長く起きていられる時間の記録をもはや受け付けていない。現在、多くの人々が長い睡眠時間を確保したいと欲している。睡眠の量と質に執着する者が増えたため、睡眠に関する著書が何カ月もベストセラーリストに載り続けている。オーラ( Oura )やフープ( Whoop )などの睡眠追跡デバイスの人気が沸騰し両社の市場価値は数十億ドルまで上昇した。最近では、オルソムニア( orthosomnia )という症状も知られるようになった。これは、ウェアラブル端末やアプリによる睡眠トラッキングデータの数値を過剰に気にするあまり、逆に不眠や不安、ストレスを引き起こす睡眠障害である。まさに現代ならではの病いである。ある科学論文は、最適な睡眠指標の強迫観念的な追求が背景にあると指摘する。悲しいことに、オルソムニアは睡眠を短くし、質も著しく低下させる。
睡眠には 2 つのシステムが関わっている。1 つはいわゆる体内時計( biological clock )である。これによって約 24 時間の睡眠と覚醒のサイクルで体を動かしている。個々人ごとにそれぞれわずかに異なる概日リズム( circadian rhythms:約 24 時間周期で変動する生物の体内時計による生理現象)を持っている。これが早起きする朝型( larks )と夜更かしが好きな夜型( night owls )がいる原因である。2 つ目は恒常的な睡眠欲である。起きている時間が長くなるほど、疲労感が増す。ペンシルベニア大学ハワード・ヒューズ医学研究所( the University of Pennsylvania’s Howard Hughes Medical Institute )の時間生物学者( chronobiologist )アミタ・セーガル( Amita Sehgal )によると、概日リズムと睡眠欲は通常は連動するが、ずれが生じることもあるという。深刻な睡眠不足になると、時間に関係なく寝たくなる。ちなみに睡眠不足に対する反応にも個々人で差があり、そのほとんどは遺伝で説明できるという。同一の DNA を持って生まれた一卵性双生児を 38 時間眠らせないで二卵性双生児と比較すると、反射神経や注意力のテストで、より似た結果が示される。
極端な睡眠パターンを持つ人たちの遺伝子研究に注目が集まり始めたのは 1990 年代のことである。ユタ大学( the University of Utah )の神経科医クリス・ジョーンズ( Chris Jones)が、夕方早めに寝て夜中に起きるという習慣を持つ女性と出会ったことがきっかけである。彼女の孫娘の 1 人も同じ睡眠パターンを持っており、ジョーンズは 2 人の習慣は DNA で説明できるはずであると直感した。彼は UCSF の神経遺伝学者ルイス・プタチェク( Louis Ptácek )と連携した。プタチェクの助けを借りて、原因と思われる DNA 変異を特定することに成功した。フーがプタチェクの研究チームに加わったのは 1997 年のことである。「私は変異を特定するのが得意だった」とフーは私に語った。
プタチェクの研究チームの研究は DNA が睡眠に与える影響に関する研究の魁であった。研究結果が知れ渡ると、いろんなところから情報が寄せられるようになった。ショートスリーパーからの接触も多かった。ショートスリーパーの多くは就寝時間と起床時間が不規則だった。しかし、毎晩の睡眠時間はほぼ一定だった。フーによると、ごく少数だが、非常に遅く寝て非常に早く起きる人もいた。不思議なことに、彼らは不眠症( insomnia )やその他の睡眠障害( other sleep disorders )を持つ人に付き物の症状を訴えていなかった。フーは2009 年にショートスリーパーの母娘を研究した後、覚醒( wakefulness )に関連するホルモンであるオレキシン( orexin )の産生に影響を及ぼす DEC2 と呼ばれる遺伝子の変異に関する論文を発表した。オレキシンの欠乏はナルコレプシー( narcolepsy )の主な原因の 1 つであることが知られている。フーが同じ変異を持つマウスを繁殖させたところ、他のマウスよりも睡眠時間が短くなった。
2009 年以降、フーの研究チームは睡眠必要量の減少に関連する 5 つの遺伝子における 6 つの変異に関する論文を発表した。なお、フーによると、さらにいくつかの遺伝子を研究中とのことである。オズモンドとその姉妹は、グルタミン酸( glutamate )の受容体に影響を及ぼす遺伝子の変異を持っている。グルタミン酸は興奮性神経伝達物質で脳の様々な機能に関与している。2019 年には父親と息子の 1 人に別の変異を持つ親子が見つかった。フーの研究チームがこの変異をマウスに導入し睡眠不足の状況に陥らせる実験を行った。しかし、睡眠不足のマウスに通常見られる記憶障害は見られなかった。
ショウジョウバエ( fruit flies )の睡眠を研究しているセーガルは、フーの研究には関わっていないが、これらの遺伝子が特定の睡眠プロセスや脳の経路によって結びついていないように見えるという事実に興味を持った。「何か特定のことが際立っているわけではない」と彼女は述べる。神経生理学者で遺伝学者のメディ・タフティ( Mehdi Tafti )は、ショートスリーパーの未解明の謎は、睡眠の仕組みに関する人類の無知さを如実に示すものであると述べる。タフティは不規則な睡眠パターンを持つ数百人の被験者を調べて DEC2 遺伝子の変異がないかを調べたが、何も見つからなかったという。フーは、ショートスリーパーは効率的な睡眠のための独自の方法を発達させていると考えている。セーガルは別の説を主張している。ショートスリーパーは身体が起きている間にそれほど多くのダメージを蓄積しないのかもしれないと推測している。
理論上、ショートスリーパーに特有の遺伝子変異、そしてそれらが影響を及ぼすと思われる経路は、睡眠の必要性を副作用無しに減らす薬剤の標的となる可能性がある。オレキシンがナルコレプシーと関連しているという発見は新たな医薬品研究を活発化させた。昨年行われたオレキシン阻害薬の臨床試験では、不眠症に効果が期待できることが明らかになった。オレキシンを増加させる実験薬は、ナルコレプシー患者の覚醒時間を延ばす効果も期待できる。しかし、私たちをオスモンドと同様の人間に変えてしまうような薬の開発は決して容易ではないだろう。フーが語ったのだが、ショートスリーパーの遺伝子の変異があることが判明してから、特定の遺伝子の変異に関する研究が集中的に行われるようになったが、ひょっとすると他の遺伝的要因を見逃している可能性があるかもしれない。英国バイオバンク( the U.K. Biobank )で研究チームが約 20 万人分のサンプルを精査したところ、特定の遺伝子の変異が単独でショートスリーパーを出現させることはないことが判明した。睡眠は非常に重要であるため、フーは薬剤開発者に慎重に開発を進めてほしいと主張する。「最悪なのは、薬を開発してもひどい副作用が出ることである」と彼女は述べる。「睡眠時間が短くなると、5 年後にアルツハイマー病を発症するリスクが高まる」。
タフティによると、睡眠時間が少なくても健康で過ごせることを希望している者は少なくないという。それは、質の良い睡眠をとること、睡眠に十分な時間をとること、この 2 つの目標を達成することが難しいことを誰もが認識しているからである。良い睡眠衛生( sleep hygiene )、たとえば毎日同じ時間に就寝し同じ時間に起きることなどには、仕事や家庭での責任に境界線を引くことが必要である。たとえば、パーティーを早めに切り上げる、アルコールを控える、夜食を控え、スクリーンタイム( screen time:テレビやスマホや TV を見て過ごす時間)を少なくすることなどである。賢明な行為であるわけだが、残念なことにあまり楽しいとは言えない選択をする必要がある。もちろん、そんな我慢をするくらいなら薬を飲むほうがマシだと考える者もいるだろう。残念ながら、タフティは「睡眠の必要性をなくすことはできない」と語る。かつて、多くの臨床医がモダフィニル( modafinil )などの中枢神経刺激薬( central-nervous-system stimulants )が、副作用なく睡眠時間を短くするのに役立つと期待した。しかし、それは間違いであったことが証明されている。覚醒剤を使ってもそれは無理である。カフェインと同様に眠気を抑制するが、なくすことはできない。次善の策は、どれくらいの睡眠時間が必要かを自分で確かめることかもしれない。睡眠研究者によると、そのための 1 つの方法は休暇を取ることである。それで、疲れたときだけ眠り、身体が休まったと感じたときに起きるようにする。そうすれば、睡眠のニーズを過不足なく満たした状態に近づくことができる。